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初めての舞踏会7

 ソフィアが見ていると、ウォーレンは足早にプリシアとオーネリーに歩み寄り、何か言葉を交わしている。


「ソフィアは優しいのね。でも、あまり甘いことばかりしていると、良いように利用されるだけよ」


 ミランダが言った。


「そうでしょう? 貴女がウォーレンと親しくならなければ、オーネリーはウォーレンに名前を覚えてもらうことすらなかったの」


 ソフィアが見ている前で、ウォーレンはオーネリーに腕を組まれ、躍りの輪に入っていく。それを見送るプリシアの顔は満足そうだ。


 曲に合わせて動き始めたウォーレンの顔に、笑みはない。


「あの、私は、ウォーレン様にご迷惑を」


「ウォーレンはそんなこと気にしないけどね」


 ジョシュアが言って、ミランダと顔を見合せる。


「ウォーレンも甘いんだから。ノリス卿、ウォーレンに剣術の稽古をつけていらしたんでしょう? 戦士とはあんなに甘くて大丈夫なのですか?」


 ミランダの問いに、偉大な戦士だった祖父が笑った。


「強さというのは色々な種類がありますからな。甘さを貫けるのなら、それもまた強さの証でしょう」


 ミランダは頷いて聞いているが、ソフィアには良く分からない。


「ただ、ウォーレン殿下は今一度、鍛練しなおすべきかと」


 祖父が邪悪な笑みを浮かべた。

 ミランダも一瞬身を引いたが、すぐに、「まあ、ノリス卿、怖いことをおっしゃらないでくださいませ」と、上品な笑いに変えてしまった。


 祖父も、ハハハと笑っているが、絶対に本気で鍛練させるつもりだと、皆が分かっているはずだ。


 曲が終盤に差し掛かると、ミランダがソフィアの手を取った。


「あのね、ソフィア。貴女、今日はうちへ泊まりにいらっしゃいな」


「ヘイリー公爵様の家へ、ですか?」


「そう。貴女をワイズリー侯爵家に返したくないのよ。ノリス卿の家でも良いわ。とにかく、家に帰ってはダメ」


「そう言われましても。侯爵のお許しが出ないことには」


「ワイズリー侯爵には私が話すわ。ノリス卿、よろしいでしょう? ソフィアを返したくないのです」


 ご令嬢の我が儘として済ますには真剣な表情で、ミランダはソフィアの祖父に尋ねる。


「侯爵よりも、ウォーレン殿下がお許しになれば、という話になりそうですが」


「え?」


 予想していない答えだったらしく、ミランダが聞き返す。


「なるほど、そんな感じですね、ノリス卿」


 男二人は納得して頷き合っているが、ソフィアは訳が分からず、ミランダを見る。ミランダも首を傾げていた。


「ソフィア!」


 曲が終わった途端、ウォーレンが駆け寄って来た。ソフィアの前に膝をついて、また手を取ると軽く口付けてソフィアを見上げる。


「本が好きなのだと聞いたが」


 確かに本が好きだ。時間があれば本ばかり読んでいる。


「はい、物語が好きで、よく読んでおります」


 オーネリーに聞いたのだろうか。それより、オーネリーはどうしたのだろう。


「俺のために本を選んでくれないか? 本はあまり読まないから、何が面白いのか分からなくてな。おまえが読んで面白いものなら、読んでみたいのだ」


「はあ、では、何か見繕って参ります」


 後日、お届けに、と言う前に、ウォーレンはよし、と自分の膝を叩いて立ち上がる。


「クリス、ソフィアを書庫へ案内してくれ」


 今から? とソフィアはウォーレンを見た。クリスと話しているウォーレンが気付いてくれないので、ミランダを見た。

 ミランダも困惑したようにウォーレンを見て、やはり気付いてくれないので、ソフィアを見る。お互いの顔に同じように戸惑いが浮かんでいるのを見て、ミランダは口を開いた。


「ちょっと、ウォーレン。今からでないとだめなの?」


「ああ、ミランダ。ちょうどいい。1曲、俺と踊ってくれ。俺達が踊らない限り、帰れない連中がいるからな」


「それは別に構わないけど、ソフィアは」


「ソフィア様、書庫へご案内いたします。こちらへ」


 クリスがやって来て、ソフィアを急かす。


「私も行こう、ソフィア」


 祖父が差し出す手を取って、戸惑いながらも立ち上がる。


「では、ミランダ様、ジョシュア様、行って参ります」


 ソフィアは、クリスを先頭に祖父と並んで廊下に出た。

 会場内が明るいから気にもしなかったが、かなり夜も更けてきたようだ。廊下の全ての燭台には火が灯され、人工的な明るさが廊下を照らす。だが、やはり足元の暗さはどうにもならず、ぼんやりと浮かび上がる自分の爪先とクリスの踵を見ながら、歩みを進める。肩掛けがあって助かった。


 王宮の書庫は子供の頃に一度だけ来たことがあった。

 王宮内でも書庫と食堂だけは、貴族であれば自由に中に入ることができる。王宮内から本を持ち出すことは禁止されているが、王宮内であればどこで読んでも構わない。


 貴族の子供は7歳になると、一度王宮へ挨拶に行かなければならない。そこで初めて貴族の子女として登録される。その挨拶を終え、大人達が難しい話をしている間、王宮の侍女が王宮の食堂に連れて行ってくれた。大抵の子供は食堂の甘い物に食いつくらしいのだが、その頃から食の細いソフィアは興味を示さず、侍女は困った顔をして、それなら書庫の本を庭で読みましょうか、と言ってくれた。そして、食堂と書庫なら入っても良いこと、但し書庫では静かに過ごすことを教わった。

 午後の優しい風の中で、柔らかい侍女の声が紡ぐ夢物語。

 楽しい時間はすぐに終わり、物語は途中で打ち切りになってしまう。本の続きが気になって、ソフィアは本が欲しい、とわがままを言った。

 侍女は困り顔でソフィアに「次に来た時の楽しみにしましょう」と諭し、ソフィアと約束をしてくれた。次に王宮に来た時に、本の続きを読んでくれる、と。

 本が王宮外持ち出し禁止であることは、その日の帰り道、侯爵が教えてくれた。


 ウォーレンはソフィアとは違う。王宮で暮らしているから、当然、部屋で読んでも問題がない。


 少しウォーレンが羨ましい。


 ソフィアは何度か、父親である侯爵に王宮書庫へ行きたい、と頼んでいた。

 だが、侯爵は首を縦に振らなかった。その代わり、沢山の本を取り寄せてくれた。

 それはそれで嬉しかったのだが、手当たり次第に取り寄せたのか、同じ本が2冊あったり、続きものの真ん中の巻だけがあったりした。


 だから、自分で見て、読む本を選びたいと思ったのだ。


 王宮書庫がだめなら、町の本屋でも良い。


 だが、供がいても屋敷から出ることは許されなかった。

 唯一、買い物で許されたのが、このドレスの手直しに、ミシェルの店を訪れることだけ。

 それまでは、ミシェルが屋敷に来て、形や色を話し合い、寸法を測って帰って行き、出来上がったものを持って来てくれる、なんとも贅沢な買い物しか、したことがなかった。


 このドレスは色々な初めてを連れて来てくれた。幸運のドレスだ。やはり、ミシェルの店に飾ってもらおう、とソフィアは呑気に考えていた。

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