出陣式と2つの晩餐会4
神官の長い祈念の言葉が終わると、セシリアが申し訳なさそうな顔でやって来た。
「ソフィア様は大丈夫ですか?」
「ええ。これからどうしたら良いのかしら」
「これから晩餐会の会場に入って、軍の主だった人達をもてなすんだよ。僕がエスコートするから大丈夫」
王太子がにこにこと腕を差し出してくる。見ると国王と王妃も退場しようとしている。
「あの、マトリョーナ妃殿下は?」
「侍女達がついているから大丈夫」
さあ、と促されて、その腕を取るしかないか、と思ったところに、急に日差しを遮る大きな影が現れた。
「王太子殿下のお手を煩わせることはございません。ソフィアは私の妻ですから、私がエスコートします。おいで、ソフィア」
ソフィアは王太子に一礼するとウォーレンの隣に立つ。
その様子を見た王太子はおかしそうに声を立てて笑った。
「噂通りだね、ウォーレン。良い顔をするようになった」
そのまま踵を返して国王の後ろに続いたため、ウォーレンとソフィアもセシリアに礼を言ってから歩き出す。
「そのドレスも良く似合っている」
「ありがとうございます、ウォーレン様。あの、マトリョーナ様が倒れてしまわれて」
「ああ、運ばれるところを見ていた。クリスに状態を確認させよう」
「はい、お見舞いに行きとうございます」
見上げて言うと、ウォーレンは、分かった、と言うように頷いた。
晩餐会の会場には既に料理が用意されていた。楽隊が最後の調整をしており、会場係の侍従達がグラスの数を確認している。
王族の席が用意され、それぞれの椅子の後ろに侍従か侍女が一人ついている。ジーナの姿を見つけ、自分の席はあの辺りか、とソフィアは見当をつけた。
テーブルの中央に国王と王妃が並んで座り、王妃の隣に王太子が座り、その隣は空席だ。
ウォーレンは国王の隣を1つ空け、その隣の椅子をソフィアに引いてくれる。礼を言って腰を下ろすと、ウォーレンも国王とソフィアの間に収まる。
会場内が落ち着き、侍従長が国王へ何かを耳打ちした。
「皆を中に」
国王の声と同時に扉が開け放たれ、ジャックがまず入って来た。続いて立派な体格の男達が続々と入って来る。
あらかじめ席が決まっているのか、皆が迷わず空席を埋めていく。ジャックが一番、ソフィアの席と近かった。
マトリョーナの席以外、全て埋まった。
国王が立ち上がり、乾杯用のグラスを掲げたため、皆がそれを真似する。
「これが勝利の前祝いとなることを確信している。皆、今日は存分に楽しんで欲しい。タルヴィティエ王国の勝利に!」
「タルヴィティエ王国の勝利に!」
乾杯の挨拶はまるで怒号のようだったが、ソフィアは笑顔で耐えて、最初のグラスを空にした。
国王の着席と同時に音楽が始まり、皆が比較的自由に席を離れて、歓談している。
ウォーレンは国王と何かを話しているし、ソフィアは特に話に行く相手もいない。
末席の方では食事がメインになっている若者もいるし、食べてみようか、と目の前の料理の皿に手をつけた。
美味しい。
見た目も美しいが、味も良い。びっくりした。
今まで食べた中で一番、二番を競う味だ。
最高級の食材を最高級の腕の料理人が扱うとこうなるのか、とソフィアは純粋に感動した。
と、急にテーブルの上が暗くなったので顔を上げると、ジャックが立っていた。礼儀としてソフィアも立ち上がるが、身長差はあまり縮まったような気がしない。
「ソフィア様もお食べになるんだな」
「は?」
「いや、細いから食べないんだと思っていた」
また、言われてしまった。
やはりジャックもソフィアの貧相な体つきを笑う側なのか。
少しでも仲良くしてもいいと思った昨夜の自分はどうかしていたのではないか。
「人間ですから、食べないと死にます」
むすっとして答えると、ジャックが笑った。
「そりゃそうだ。悪かったな」
「ジャック、また失礼なことをしたのか」
ウォーレンがソフィアの後ろに立っていた。国王と王妃は退席している。皆、見送っていないが、今日は楽しんで欲しい、という言葉の中に、こちらを気に掛けずに、という意味も含まれていたのかもしれない。
「仕方ないだろう。俺は貴族じゃない。軍人だ」
「男爵位は貴族扱いだぞ? 不服なら子爵に上げてやるが?」
「やめろ! 貴族なんて堅苦しいもん、ごめんだ。俺は自由と貧乏を愛してるんでね」
「自由と女を、だろう。女性の数を減らすように俺から言ってくれと、お前の従卒が泣いていたぞ。いい加減、落ち着いたらどうだ」
「うるせー」
軽口の応酬になっている。
仲が良いのだろう。
「そろそろ礼儀をわきまえろ、ジャック。副将なら貴族の令嬢やら夫人やらと懇意にならないときもあるだろう」
「こんな顔で懇意になどなれるか、よく見ろ」
「むさ苦しい顔を近づけるな」
もう犬がじゃれあっているようにしか見えない。巨大な猟犬で、二匹というよりは二頭と数えてしまいそうだが。
「あのう、すみません。大将閣下のご婚約者の方ですか?」
恐る恐る話し掛けられて、ソフィアは振り返る。
先程、末席で美味しそうに食事していた若者二人だ。こうして見るとソフィアとそう年齢も変わらないようだし、それでこの将軍に近い地位まで上がってくるというのは、余程優秀な軍人なのだろう。
「はい、ソフィアと申します。よろしくお願いします」
「あ、はい、こちらこそ。あの、どちらのご出身で?」
そう聞かれて、相手の意図が分からない。マトリョーナのように異国の姫だと思われているのかと思い、「この国の生まれですわ。生家はワイズリー侯爵家です」と答えた。
「ああ、ほら、見ろ、バカ」
「なんだよ、お前だって」
何やらひそひそと言い合いを始めてしまった。
「どうかしたか?」
困っているとウォーレンがソフィアの肩に手を置いた。
見上げると、深い青色の瞳がこちらを見つめている。
「いえ、こちらの方とお話をしていただけですわ」
「閣下、あの、失礼しました!」
ウォーレンを見ると、二人はあたふたと離れていった。
軍隊の話を聞けるかと思ったが、駄目だった。残念だ。
「なんだ?」
「ああ、実はな。ソフィア様はウォーレンが無理矢理よその国からかっさらって来たお姫様なんじゃないかって、噂されててな。ほら、軍神マーリーの伝説にあるだろ、他国の姫を拐って妻にしたって話」
愉快愉快、とジャックが大きな声で言った。
「ちょっと話して来る」
ウォーレンが笑っていない目でソフィアを置いて行こうとするので、ソフィアは思わずウォーレンの袖口を掴んで引き止めようとした。が、それに気付かなかったウォーレンが歩みを止めなかったため、引っ張られる形でソフィアはウォーレンの体にしがみついていた。
「ソフィア?」
ウォーレンが驚いた顔で見下ろしている。
「あ、あの、ごめんなさい」
ソフィアは急いでウォーレンから離れた。
「あの、先程の方には、きちんと自己紹介させていただきましたから、きっと大丈夫です」
「そ、そうか」
ウォーレンが口元を手で隠してそっぽを向いている。
「おーおー、見せつけてくれるねえ」
ジャックが一際大きな声で言った。周りを見ると、皆がこちらを見て静まり返っている。
「あ、の、ウォーレン様ごめんなさい。はしたない真似を」
「いや、問題ない」
会話も全て聞き耳を立てられているような気がして続かない。
くくく、と笑い声がしてそちらを見るとやはりジャックだった。
「はっはっは。いいねえ、本当に。ウォーレン、男にしてもらえよ」
「ジャック!」
ウォーレンが顔を赤くしてジャックに食って掛かろうとする。
ウォーレンは既に立派な大人の男であるのに、ジャックは何を言っているのだろう、とソフィアを首を傾げた。




