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初めての舞踏会6

 クリスに連れられてウォーレン達がいるソファに近付く。一番外側にいたジョシュアと目が合う。すぐに目を逸らされてしまった。皆が黙っていて、真ん中のソファには難しい顔をしたウォーレンがそっぽを向いて一人で座っていた。


 異様な空気に、何かがあったらしい、とソフィアは祖父の腕を強く掴む。

 祖父が、反対の手でソフィアの手を軽く叩く。


 気配で気付いたのか、ウォーレンがこちらを見た。クリスが言葉を発する前に立ち上がり、大股にソフィアの前にやって来るとソフィアの両肩を掴んだ。


「処女でないというのは本当か!?」


 隣の祖父が息を飲むのが分かった。ウォーレンの後ろで、勝ち誇ったような笑みを浮かべているプリシアと、青い顔をしているが嬉しそうなオーネリーが目に入る。


 そういうことか、とソフィアは納得すると、ウォーレンの顔をまっすぐに見つめ返した。

 とても綺麗な青色だ、とまた思う。ウォーレンは真剣な顔で、ソフィアの肩を全力で掴んでいる。ソフィアは顔を上げたまま、「本当です」と答えた。

 ウォーレンの手に力が入る。ソフィアはそれでもウォーレンの目を見返した。


「私は処女ではありません」


 ウォーレンから目を逸らさずに答えると、プリシアが大きな声で「本当にお恥ずかしいことでございます」と言った。


 ミランダが、きっ、とプリシアを睨むのが見えた。プリシアはそれに気付いているのか、いないのか、余裕のある笑みを浮かべている。


「母親として監督が不行き届きで、申し訳ございません。ソフィアは殿下には相応しくないのです。ですが、オーネリーにはそのような真似はさせておりません。ソフィアとは違い、わたくしどもの管理下で純潔を守り、殿下に嫁がせることが出来ますので、ご安心ください」


 オーネリーは頬を染め、顔を伏せると小さくお辞儀をした。


 ミランダは不快そうに顔を背け、ジョシュアは気まずそうに身動ぎする。


 そして、オーネリーとプリシアが最も見て欲しかった人物はソフィアから目を離さずに、


「そ、その男とは? 別れたのか? いや、今、恋人はいるのか? 婚約者は? いるのか?」


 ガクガクとソフィアの肩を揺さぶりながら、矢継ぎ早に質問をぶつけた。


「恋人も、婚約者も、おりません、ウォーレン様、目が、回り、ます……」


 ソフィアはふらふらと祖父の腕にすがり付く。


 その時になってウォーレンはソフィアの隣にいるグレゴリー・ノリス男爵に気付いたようだ。


「ノリス、先生‼」


 ウォーレンはソフィアの肩に手を置いたまま、絶句した。


「ご無沙汰しております、ウォーレン殿下」


 嫌味な笑みで、祖父が礼を取るのを、ソフィアは初めて見た。


「何故、先生がここに」


 ウォーレンが呻く。


「孫娘の初めての舞踏会でして」


 祖父がソフィアの腰を抱くと、ウォーレンが慌ててソフィアから手を離した。


「ソフィアの?」


「はい、祖父です。初孫でして。孫というのは子供と違い、目に入れても痛くないものなのですよ。

残念ながら、娘は侯爵と離婚しましたが、ソフィアは優しい子で、こうしてお爺ちゃんにも付き合ってくれるのですよ」


 祖父はプリシアと戦うつもりなのだ。

 現に今、祖父はプリシアを全く見ていない。オーネリーの存在も無視している。

 

 事情を知り、ソフィアの味方をしてくれる祖父が側にいてくれて良かった、とソフィアは祖父の顔を見上げる。


 祖父の養子に、という話は前々からあった。その度に、侯爵は態度を曖昧に、結論を出さずにいたが、これはもう、祖父は強引に話を進めてしまうかもしれない。

 プリシアはソフィアを貶めたととられてもおかしくないことをしてしまったのだ。

 祖父も爵位はあるが、男爵位は世襲ではないので、純潔であることにそこまでこだわることもないらしい。


 何故、侯爵が自分を早く養子に出してしまわないのか、ソフィアはずっと不思議だった。


「ソフィア、私にもお祖父様を紹介してくださらない?」


 ミランダがソフィアの隣に立つ。


「失礼しました、ミランダ様。私を産んだ母の父である、グレゴリー・ノリス男爵です。お祖父様、ヘイリー公爵家のミランダ様です」


「お初にお目にかかります。ミランダと申します、ノリス卿。ソフィアの友人ですわ」


 ミランダは自ら手を差し出す。ソフィアは、祖父がその手の甲に額を押し付けるように礼をするのを、嬉しく思う。

 プリシアにもオーネリーにも形ばかりの挨拶しかしなかったミランダが、下位の爵位である祖父を認めてくれたのだ。祖父の偉大さが誇らしかった。


「ウォーレンからノリス卿のお噂はお聞きしておりました。お会い出来て嬉しく思います」


「ウォーレン殿下から? それは光栄ですな。一体、どのようなお話がお耳に入りましたかな」


「それは」


「ミランダ!」


 ウォーレンが焦ったようにミランダを呼び、ひきつった笑顔を見せた。


「1曲踊らないか?」


「いやよ。貴方、自分勝手なんですもの」


 ミランダはつん、と顔を反らしたが、その横顔には少し意地悪な笑みが浮かんでおり、ふと見ると祖父も同じように笑っていたので、これは似た者同士なのかもしれない、とソフィアは思う。


 二人掛かりでからかわれて右往左往するウォーレンの姿が新鮮でソフィアはじっと見つめてしまう。

 つい先ほど、ソフィアを力強くリードしてくれた王子とはまるで別人のようだが、ソフィアにはどちらのウォーレンも好ましい。

 そう思って、ソフィアはあらためてウォーレンを見る。

 ちょうどこちらを見たウォーレンと目が合う。

 急に息が苦しくなり、ソフィアは祖父の腕に掴まって顔を隠す。が、やはりウォーレンの様子が気になってしまい、そっと覗き見る。


 ソフィアを見ているウォーレンがまだそこに居て、ソフィアは小さく悲鳴を上げる。


 ウォーレンが傷付いた顔をするのと、ミランダが「あら、可愛い」と笑い声を立てるのが同時だった。


 ジョシュアが、「ミランダ、いい加減にウォーレンをからかうの、止めてあげなよ。心が折れちゃうよ」と言って、ウォーレンに止めを刺す。


 ウォーレンは苦笑いしながらソフィアの手を引き、ソファに座らせた。ミランダもジョシュアと祖父に勧められて腰を下ろす。


 ミランダは近くで見ると、本当に美しい女性だ。オレンジのような濃い色の髪は頭の上でまとめられ、遅れ髪もきちんとカールされて品良く首筋に流れている。鮮やかな赤い口紅で塗られた唇は少し大きめで華やかだった。

 鳶色の瞳がきらきらと光って、目が合う度にドキドキしてしまう。


 ――これが恋なのかしら。ジョシュア様はきっとこんな気持ちでミランダ様を見ているんだわ。


 楽しい、と思ったのもつかの間、プリシアとオーネリーが、取り残されていることに気付く。

 が、ソフィアから彼女達に歩み寄るのは違うような気もする。

 ソフィアも聖人ではないのだ。蔑まれたら傷付くし、意地悪をされたら悔し涙も流れる。

 あの二人は時々、ソフィアになら何をしても許されると思っている節がある。それをソフィアがどうとも思っていないと、本当に思っているのだろうか。


 この場に呼ぶのも気が進まない。ミランダもウォーレンも嫌がるだろうし、そもそも祖父が許さないだろう。

 言い争いにでもなって、陛下のご不況を買うことになったら、侯爵にも悪い。

 積極的に助けてはくれないが、育ててくれた恩まで忘れられるほど、世間知らずではないつもりだ。


 どうしたものか、ソフィアは悩んで、ウォーレンを見た。

 青い目がソフィアを見下ろし、しばし見つめ合う。

 ウォーレンはため息をついて目を閉じると、ソフィアの前に膝をついて手を取った。


「俺が戻るまで帰るなよ」


 ソフィアが頷くと、ソフィアの指にキスをして、立ち上がる。


「先生、少し席を外します」


 祖父が呆れた顔で肩をすくめた。


 

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