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初めての舞踏会2

 ウォーレン王子の靴は、つかつかとこちらへ向かってくるとソフィアの目の前で止まった。

 頭を下げ続けているソフィアにはその大きな靴しか見えないが、この国の第二王子ウォーレンは、15歳で初陣してからこの5年間で、立て続けに戦功を上げた戦士だった。国一番の立派な体格、初代王にして軍神のマーリー様の生まれ変わりとも言われている。

 少し暗めの黄金の髪に、王族特有の鮮やかな青い瞳、日に焼けた肌に、整っているが全く甘さのない線の太い造作の第二王子は、貴族女性から『男らしくてカッコいい』と大人気で、オーネリーも、この舞踏会で王子の目に止まることを目標に、頑張って着飾ったのだ。


 一方、第一王子はレオナルド王太子といい、第二王子とは反対に、国王と同じ淡い銀色の髪に、どこか儚げな憂い顔。戦など話を聞いただけで倒れてしまわれるのではないかと思ってしまうほど線の細い美男子で、燃える緋色の瞳が赤薔薇のよう、と婦女子の人気を博していた。が、昨年結婚したせいか、現在の人気度合いは第二王子にわずかに劣る。


 噂話を仕入れてくるのが得意なモリーは確かそんなことを言っていた。


 ――何故、その人気者がここに?


 踊っている最中にソフィアが見かけたウォーレン王子は、オーネリーや両親と一緒に話をしていたはずだが、それは終わったのだろうか。それとも、オーネリーが何か失敗したのだろうか。もしかしたら、ソフィアが気付かないうちに失敗していて、それをお叱りに見えたのだろうか。ソフィアのせいなら侯爵夫妻からの仕置きは想像を絶するほど恐ろしい。


 考えれば考えるほど悪い方へ行くのは、もうソフィアの趣味なのかもしれない。


 頭を下げたまま固まっているソフィアの肩に、ふんわりと布が掛けられた。慌てて顔を上げ、自分の肩を見る。ドレスと同じ色の、絹の肩掛けだった。隅に小さく、王家の紋章が刺繍されている。


「殿下、この」


「さっき小さく震えていただろう? 寒いのではないか?」


 王子の豊かなバリトンの声は、ソフィアの体の芯に波のように響く。


「あ、ありがとうございます」


 更に深く頭を下げ、ソフィアは必死に思いを巡らせる。


 ――さっき、と言うのはいつ?


 外へ出た時には確かに寒さを感じて身震いしたが、あの時は周りに誰もいないことを確認したはずだ。


 となると、その前か。

 そういえば、侯爵夫妻とオーネリーについて国王陛下夫妻と王太子殿下夫妻、そしてウォーレン王子に挨拶をした。その時、緊張のあまり手が震えてしまった。必死に隠したのだが、あれかもしれない。ソフィアは当たりをつけると改めて礼を述べる。


「私のような者に殿下のお心遣い、もったいのうございます」


「この程度、何もしていないのと同じだ」


 微かに笑いを含んだ声に、どう答えて良いか分からず、ソフィアはただただ恐縮して頭を下げる。


「顔を上げてくれないか、ソフィア。ただでさえ身長差があるのに、これでは話にくくて仕方ない」


 ソフィアは恐る恐る顔を上げる。屈み込んでこちらを見ていたウォーレン王子と間近で目が合う。青い瞳が鏡のように自分の姿を映しているのが見えた。

 その青さに見覚えがあるような気がする。思い出そうとして、ソフィアは首を傾げた。


 ――本当に綺麗な色の瞳。部屋の明かりが映りこんで、夜の湖に月の光が反射しているみたい。


「ソフィア?」


 声を掛けられて、はっと我に返る。


「失礼いたしましたっ」


 飛び上がるように後退り、頭を下げる。


 ウォーレンの笑い声が上から降ってきた。


「ソフィアは子猫のようだな」


「申し訳ございません。ご無礼、何卒ご容赦くださいませ」


 王族の顔を凝視するなど、不敬極まりない。臣下は常に頭を垂れてかしずくのが決まりだ。 


「気にするな。……いや、許さない」


 ソフィアはウォーレン王子の言葉に身を固くした。


「罰として、お前に、俺を名前で呼ぶことを強要する」


「殿下、」


「ウォーレン、だ。ソフィア、お前は王族の命に逆らう気か?」


 あまりのことに泣きそうになりながら、ソフィアはウォーレン王子を見る。

 威圧的な言葉とは真逆の、穏やかな表情のウォーレン王子を見て、ソフィアは己がからかわれていただけだと知った。


「俯いてばかりでは分からないことだらけだぞ、ソフィア。俺に顔を見せてくれ」


 顎を持ち上げられて頬が赤くなるのが自分で分かってしまい、ソフィアは逃げ出したくなった。


「それとも、見るのも嫌になるほど俺のことが嫌いか?」


「いいえ ……ウォーレン、様」


 何とか声を絞り出すと、ウォーレン王子は満足したように頷いてから、そっと顎から手を離し、代わりにソフィアの肩を抱き寄せた。


「あの、」


 ソフィアの戸惑いを楽しむように、ウォーレン王子はソフィアの耳元に口を寄せて話し掛けてきた。


「コストナー公爵家のショーンとのダンス、見事だった」


 顔を背けて、赤くなっているのを隠したいが、少しでも動くと王子に触れてしまいそうになる距離に、ソフィアは微動だに出来ない。それでも、強張る口元に何とか微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、ショーン様のリードが良かったからですわ」


 言いながら、ソフィアは何とか体を離そうと、手摺に置いたままのグラスに手を伸ばして、ウォーレン王子の腕から逃げ出した。


 第二王子は喉の奥で軽く笑ってソフィアの隣に立つ。挨拶をした時には想像もしなかったが、ウォーレン王子は王族ながら随分と気さくな方らしい。


 これでモリーとミシェルへの土産話が出来たわ、とソフィアは肩の荷を下ろす。

 モリーなら、第二王子から話し掛けられたドレスは縁起物として額に入れて飾ろうとか、言いだすかもしれない。いや、ミシェルの店に飾ったほうが良いのだろうか。


 それにしても、ウォーレン王子が自分の名前を覚えていることは予想外だった。次から次へと訪れる招待客の挨拶の都度、全員の名前を記憶していたのだとしたら、王族とはやはり選ばれた人物が、なるべくしてなるものなのだろう。


「次は俺と踊ってくれないか、ソフィア」


 思わぬ誘いに、ソフィアは自分の耳を疑った。


「ショーンほどではないが、俺もお前の足を踏まない程度の腕前はあるぞ」


 冗談めいた口調に、またからかわれているのだろう、とソフィアは微笑む。


 曖昧に濁すソフィアの心を探るように、ウォーレン王子の視線がソフィアの目を射る。

 心臓を掴まれるような感覚に、体が小さく震えた。


「ダンスは嫌いか?」


 ウォーレン王子はソフィアの肩掛けの位置を直しながら、言葉を掛ける。

 身に余り過ぎる光栄に、ソフィアはほとんど倒れそうになっているが、自分の立場を知らないはずもない第二王子は、ソフィアのそんな気持ちには知らん顔で、ソフィアの答えを待っている。


「いえ、ダンスは好きです。ウォーレン様は?」


 問い返すと、ウォーレンは一瞬、目を見開き、ソフィアを見つめた。


「考えたこともないな」


 ウォーレンは手摺に肘を置き体重をかける。夜会用の真っ白い手袋に包まれた両手の指を組んで親指同士をコツコツと打ち合わせる。手袋の白さが夜の闇に浮かび上がっている。


「ダンスは交渉事の前哨戦だからな。上手いに越したことはないから練習は怠らないが、好きも嫌いも考えたことがなかった」


 社交用のダンスはパートナーとの会話を楽しみながら、とはソフィアの家庭教師も言っていた。それを前哨戦と言ってしまうウォーレン王子はやはり王族で、ソフィアとは物の見方も考え方も、まるきり違うのだと思い知る。


「申し訳ありません。ウォーレン様のお立場も考えず」


 ウォーレン王子は目を細めてソフィアを見る。


「優しいな。誰にでもそんな言葉を掛けるのか?」


 ウォーレン王子の言葉の意味を図りかねて、ソフィアは首を傾げた。


「おまえとならダンスを楽しめるかもしれない」


 独り言のように呟くと、ウォーレンはソフィアの正面に立ち、膝を少し落とすと左手のひらを自分の胸に当て、右手を背中に隠した。

 紳士が淑女にダンスを申し込む時の正式な礼の姿勢だ。今では簡略化された礼が主流で、この形をとるのは国賓などを招いた大規模な舞踏会で、かつ、自分より位が上の女性にダンスを申し込む場合の時だけで良いとされている。

 第二王子がこの礼をとらなくてはならない相手はこの国では王妃と王太子妃、前王后だけだ。

 ソフィアは止めさせようと慌てて手を差し出した。ウォーレンはそのソフィアの手を恭しくとり、手の甲に口付けを落とす。ソフィアが手を引こうとするのを感じたのか、ウォーレンはソフィアの手を握る指に力を入れた。


「どうか美しい貴女のお相手に、わたくしめをお選びいただけませんか、愛しい姫君」


 見上げてくるウォーレンの青い瞳に、思考力を根こそぎ奪われて、ソフィアはぼんやりと頷く。その瞬間、ウォーレンの顔に喜色が広がった。周りの空気の色まで変わったような気がして、ソフィアは瞬きを繰り返す。

 ウォーレンはそれについては何も言わず、ソフィアを促して会場の中へ戻った。

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