王宮での生活7
カレンを呼びつけたウォーレンは「スカーレットは元気か?」と切り出した。
「はい。お変わりなく」
「そうか。スカーレットはソフィアを気にしているようだな」
「はい。姫様はわたくしに、ソフィア様に王宮での生活を好きになってもらい、早く王宮に馴染んでいただけるように励めと仰せになられました」
カレンが笑顔になる。
満足そうな笑みに、ソフィアはほっとすると同時に、寂しさを感じる。
カレンはもう、ソフィアの世話係ではないのだ。カレンにはカレンの十年があって、今がある。ソフィアにモリーがいてくれるように、カレンはもう、スカーレット姫殿下の侍女なのだ。茶器まで融通してくれるのだから、カレンのことを大切にしてくれるお姫様なのだろう。
――カレンにあまり、わがままを言ってはいけないのね。
子供のように拗ねたり甘えたりは出来ないのだ。ソフィアはもう大人で、カレンは王宮の侍女なのだから。
ウォーレンは難しい顔のまま、ソフィアを見て、カレンに向き直った。
「ソフィアは大丈夫だと思うか?」
話の流れが分からず、ソフィアは首を傾げてカレンを見たが、カレンは笑顔のままウォーレンに向かって頷いた。
「ソフィアお嬢様なら、何の心配もございません。姫様も一刻も早くお会いしたいと申されております」
「そうか」
ウォーレンは茶器を睨み付けていたが、やがて顔を上げた。
「カレン、手間を掛けるが、スカーレットに伝言を頼む。明日、温室でソフィアを交えて茶会をしよう。俺も同席する」
「かしこまりました、殿下」
カレンが頭を下げる。
ウォーレンはジーナを見た。
「かしこまりました、殿下」
ジーナも頷いた。
「二人とも外せ。ソフィアに話がある」
ウォーレンが言うと、二人は黙って頭を下げ、部屋を出て行った。ジーナは廊下で、扉のすぐ側に立っているだろうけれど、部屋には本当にウォーレンとソフィアの二人だけになった。
「ソフィア、明日、俺の妹と会ってくれ」
「はい」
「名前はスカーレットという。生まれた時からその存在を秘匿されてきた姫だ。王宮の隅に小さな屋敷があって、ずっとそこに一人で住んでいる。今年、九歳になった」
一人とは言っても、侍女や侍従はいるだろう。さすがに九歳では、完全に一人にされては生きていけない。
「ソフィアは創国の伝説を聞いたことは?」
「ございます」
創国の伝説とは、この国、タルヴィティエ王国初代王にして軍神のマーリー様誕生から建国までの壮大な物語だ。
マーリーは七歳の時に神から啓示を受け、国を創る決意をしたのだと言う。
三つ目の馬、角のある鳥、翼の生えた狼を仲間にして、マーリーは大地を支配して人々を虐げていた大蛇を倒し、タルヴィティエ王国を築いた。
実際には、タルヴィティエ王国に三つ目の馬や角のある鳥はいないので、後世の創作だろうと言われているが、初代王の名はマーリーで、大層戦に強かったことは確かだ。
この創国の伝説は、タルヴィティエ国の民が生まれて初めて聞かされる物語で、子供達はマーリーの冒険譚が大好きだ。
マーリーに付き従った獣は三聖獣と呼ばれ、タルヴィティエ軍の旗に象られている。馬は騎兵隊の、鳥は弓兵隊の、狼は歩兵隊の、それぞれ隊旗になっている。
「倒した大蛇を、マーリーが食べたという説を聞いたことは?」
「ございます」
マーリーと三聖獣は、大蛇を倒し、地に平和が戻った祝宴を三日三晩続けた。その中のメイン料理が大蛇の肉だったのだ。
ソフィアは蛇を食べたことはないが、共に暮らす侍従は軍にいた頃に食べたことがあるらしい。パサパサした、鶏肉のような味だと言っていた。
それがどうかしたのだろうか、とソフィアはウォーレンを見る。
ウォーレンは少し考えていたが、ゆっくりと口を開いた。
「スカーレットは大蛇の呪いを受けている」