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王宮での生活6

 朝食は部屋へ運ばれ、ジーナとカレンに見守られて食べ、特にしなくてはならないこともないようなので、ソフィアは本を読んで過ごした。

 部屋の中には主にジーナがおり、一時だけ、カレンが代わったが、すぐにジーナが戻ってきたので、王宮にいる間はソフィアの世話をするのはジーナらしい、とソフィアは思う。

 ジーナは昨夜、クリスから名指しで仕事のことを訊かれていたので、侍女の中でも相当責任ある役職についていると思われるから、そんな忙しい人を拘束するのはどうかと思うのだが。


「あの、ジーナ」


 ソフィアは本を閉じると、扉の脇に控えていたジーナと向き合うように、ソファから立ち上がった。


「何でしょうか」


「貴女のお仕事は、大丈夫? 忙しいなら、ここにいなくても、私なら部屋から出ないし大丈夫だから、あの、大丈夫、なので……」


 何だか分からなくなってしまった。


「わたくしの役目はソフィア様のお側にて、ソフィア様が心地好くお過ごしになることのお手伝いをすることでございます」


 ジーナは静かに答えた。


「ええと、じゃあ、あの、私が座って何かしている時は貴女にも座っていて欲しいの。その方が落ち着くから」


 言うと、ジーナは片方の眉をぴくりと動かした。


「っ!」


 思わず、ごめんなさい、と言いそうになって堪えた。

 まだだ。まだジーナは謝罪を求めてはいない。謝るのは、求められてからだ。


「椅子を持って参ります」


 ジーナが頭を下げて部屋を出て行った。

 ソフィアはよろよろとソファに座り込んだ。


 ウォーレンの話によれば、ソフィアはしばらくここに滞在するようなので、ジーナとは仲良くなっておきたい。本当にウォーレンの妻になったり妾になったりするのなら、この部屋を出ても王宮内で顔を合わせることがあるだろう。その時に名前ぐらいは呼んでもらいたいのだ。素通りなどされた日にはきっと泣いてしまう。


 戻ってきたジーナは椅子を扉の脇に置くと、背筋を伸ばして腰を下ろした。もう出来れば本を読んだり刺繍をしたりして時間を潰していて欲しいのだが、それは何となくジーナの職業倫理に反するような気がして、ソフィアは言わないことにした。


 昼過ぎにノックがあり、ジーナが対応した。

 ジーナは扉を少し開けたまま、ソフィアの側に来ると


「ウォーレン殿下がお茶をご一緒したいと仰せです」


「はい、分かりました。問題ありません」


「では、お茶のご用意をいたします。お着替えはどうされますか?」


 一瞬、ジーナが何を言っているのか分からなかったが、すぐに「このままで問題ありません」と答えた。


 ジーナが頭を下げ、一旦、部屋を出て行った。

 すぐに戻ってきて、扉の脇の椅子に座る。


 高貴な女性は一日に三度、ドレスを変えるのだと聞いたことがある。確か、ミランダからだ。あれが面倒でしょうがない、とこぼしていた。

 朝起きて一度目の着替え。

 お茶の前か後に二度目の着替え。

 そして晩御飯の前に三度目の着替え。

 眠る前に寝間着に着替える。


 ソフィアは二度目と三度目の着替えはあまりしないが、プリシアはこだわって毎日行っていた。オーネリーも、プリシアを真似て着替えている。

 ソフィアが着替えをするのは、温室で過ごして服の汚れが気になる時ぐらいだ。


 プリシアに言わせると侯爵家の令嬢にあるまじき態度らしいのだが、ジーナはどう思っただろう。

 訊いても大丈夫だろうか。


「ジーナ、王族の女性は頻繁に衣装をお変えになられるの?」


「そういう方もおられます。全くされない方もおられますので、良いのではないでしょうか」


「そうなの」


「ご心配でしたら、ウォーレン殿下にご相談されるのがよろしいかと」


「ありがとう、そうするわ」


 ソフィアは笑顔で頷いた。

 ジーナは無表情だが、とても頼りになる。うら若い身で人に指示する人物は格が違うのだ。


「ソフィア」


 ノックと同時に扉が開き、ジーナが音を立てて椅子から立ち上がり、不動の姿勢を取る。

 ソフィアも立ち上がり、軽く礼をした。


「待たせた。退屈はしていないか?」


 足早にやって来たウォーレンはソフィアの手を取り、キスをすると、ソフィアを促して一つのソファに腰を下ろした。


 ウォーレンは執務服なのか、黒の上着を片手に持ち、白いシャツに細いタイを弛く結んでいた。きちんとした服装だが、首から胸にかけてボタンはいくつか止めてないし、袖は捲られている。一歩間違えばだらしない格好だが、鍛えられた肉体のせいか、妙に色気のある格好になっている。

 ソフィアは思わず目を伏せる。まともに見てはいけない気がする。


「本を読んでいたのか」


「はい、さすがに王宮の書庫は、蔵書の数が違いますね。初めて目にする本ばかりです」


「そうか」


 そこへ、カレンがお茶のワゴンを押してやって来た。

 カレンはお茶係なのだろうか。


 侯爵家も屋敷では、配膳と掃除の使用人は違うが、ソフィアの離れには人数が少なく、モリーはいつも走り回って配膳も片付けも掃除もこなし、ソフィアの世話までしていたのだから、「ちょっとお嬢様、テーブル拭いといてもらえます?」とか言われるのも仕方ないと思う。

 ジーナが聞いたら激怒しそうな話だ。


 カレンはいそいそと二人の前にお茶とお菓子を用意すると、頭を下げて出て行った。


「ジーナ、今の者は?」


「カレンと申します。王宮に来る前にワイズリー邸で、雇用されておりましたので、ソフィア様の身の回りを担当させております」


「どうりで見覚えがないと思った。ソフィアはカレンを覚えているのか?」


「はい。私のお守りをよくしてくれました。幼い頃は母親のように慕っておりました」


「そうか。なら良い」


 ウォーレンはカップを取り上げ、お茶を飲む。


「ああ、いい味だな」


 ソフィアも口に含む。思わず笑みが溢れる。ソフィアが子供の頃に好んで飲んだお茶だ。

 カレンはちゃんと覚えていてくれたのだと思うと、心の中がじんわりと温かくなる。


「これは、異国の茶器でしょうか? かわいらしい絵柄ですね」


「ああ、アッシャーロ国の物だな。マトリョーナ様が輿入れされてから、色々な物が輸入されるようになったから」


 マトリョーナ様は王太子妃殿下だ。アッシャーロ国の第三王女で、神秘的な顔立ちの方だった。


 カップを掲げるように見ていたウォーレンが言葉を止めた。

 ソフィアの体に緊張が走る。何か問題があったのだろうか。


 茶器はポットとカップで同じ絵が描かれており、物語のようになっている。

 小人が三人、大きな葉の下に隠れていたのを巨大な手が葉を捲ったので見つかってしまい、走って逃げ出し、また葉の下に隠れる、そして巨大な手が葉を捲り、と終わりのない話になっている。小人の表情が生き生きとしていて、今にもカップから飛び出してきそうなほどだ。


 少し子供っぽいかもしれないが、友人を招いた楽しいお茶会にはぴったりだと思うのだが。


 もしや、ウォーレンは友人ではないから、もっと上品な茶器でもてなしたほうが良かったのだろうか。

 カレンはおそらく、ソフィアが好むものを用意してくれたはずだ。まさにそれは大当たりなのだが、ウォーレンは自分が軽んじられたと思ったのだろうか。


 誤解だ。カレンはそんなことはしない。


 ソフィアは何と言って良いか分からず、ウォーレンを見る。だが、ウォーレンは難しい顔でカップを見ながら「ジーナ」と言った。


「カレンは、スカーレットの侍女か?」


「左様でございます。昨日の舞踏会で人手が足りず困っておりましたところ、姫殿下が何名か侍女を貸してくださいまして、カレンはその中の一人でございました」


 ソフィアが王族で名前を知っているのは二人の王子だけだ。ウォーレンとジーナの口振りから、カレンが仕えているスカーレット姫殿下はどうやら王族の、かなり高い地位にある女性だと知れた。

 そんな方から侍女を借りて大丈夫なのだろうか。いや、王族の姫なら、侍女をたくさん抱えているから、一人ぐらい問題ないのだろうか。でもカレンの立場は大丈夫なのだろうか。他の侍女達から何か言われたりしないだろうか。

 こんなことなら、カレンから話を聞いておけば良かった。

 再会があまりに嬉しくて、ソフィアときたら自分のことばかり話してしまって、カレンのことなどろくに訊きもしなかった。なんて自分勝手でわがままなのだろう。


 ソフィアが自己嫌悪から涙ぐんでいるのにも気付かずに、ウォーレンは「カレンを呼べ」と言った。

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