王宮での生活5
ウォーレンを見送ってすぐに、部屋の扉がノックされた。
入って来たのは、ジーナとカレンの二人だ。
ジーナの顔には怒りがある。
何をしてしまったのだろう。
昨夜、寝間着に着替えさせてくれた時に、ソフィアが何か気に障ることをしてしまったのだろうか。
「ソフィア様」
ジーナの静かな声に、ソフィアは小さく、はい、と返事をして体を固くする。
「起きられたら呼び鈴を鳴らしていただければ、直ぐにわたくしどもが身仕度のお手伝いをさせていただきますので」
やはりだ。
寝間着のまま、ウォーレンに会ったりしたらダメだったのだ。
「ごめんなさい、今後気をつけます」
しゅん、としたソフィアを見かねたのか、カレンがパン、と手を打った。
「さあ、ソフィアお嬢様、着替えはいかがいたしましょうか」
「着替えも貸していただけるの?」
「もちろんですとも。先に顔を洗ってしまいましょう。体も流してしまいますか?」
カレンに先導されて、ソフィアは湯を使うことになった。昨夜も一度流してもらったようだが、記憶にないので、朝からお湯を使えるのは嬉しかった。
貴族の特権として、屋敷の離れにあるソフィアの部屋にも浴室はあるが、一日に一度、体を流すぐらいで、湯に浸かるのは週に一度だ。
カレンに手伝ってもらい、湯船に身を浸す。
「湯加減はいかがですか?」
「大丈夫よ、ありがとう。カレンに背中を流してもらえるなんて、子供に戻ったみたい」
「お屋敷では湯浴みはお一人で?」
「ええ。いつもは流すだけだし。湯に浸かる時も、湯船の用意はしてもらうけど、体ぐらいちゃんと自分で洗えるもの」
もう子供ではないのだ、と少し誇らしくなる。子供の頃の泣き虫ソフィアしか知らないカレンに、大人になった自分を見てもらえるのが嬉しい。
残念ながら、大人になっても泣き虫は治らないし、胸もほとんど成長していないが。
「ソフィアお嬢様? 何か気になることでも?」
「いいえ、何でもないの。そろそろ上がるわ」
「はい。あら、着替えがまだ届いておりませんね。持って参ります」
カレンは慌てて出て行き、ソフィアは自分で体を拭くと脱衣室へ移動する。
新しい下着だけが置かれていて、先程まで着ていた寝間着も回収されていた。手早く下着を身に付ける。
今まで着たことのないような上等な絹だ。型も何となく上品な感じがする。
そしてやはり少し胸が余った。
誰もいないことをいいことに、ソフィアはその場に這いつくばって項垂れる。
下着にまで凹まされてしまった。
いっそ、自分で自分の下着を作ってしまってはどうだろうか。下着の大きさが胸だけ合わないという屈辱に、涙ぐむこともなくなるだろう。
けれど、その作成中に人が来たら、かなり恥ずかしい。
モリーなら笑って見逃してくれるだろうが、プリシアやオーネリーに見つかったら、笑い者にされるだけで済むだろうか。
いや、あるかどうかも分からない未来のことではなく、問題はこれだ、とソフィアは立ち上がり、自分の胸元を見た。これはどうすれば見苦しくないだろうか。
前にモリーがソフィアの胸を見ながら、寄せ集めれば谷間は無理でも多少高さは出ますかねえ、と言っていたが、何をどうやって集めれば良いのか。
――寄せるってどういうこと? 集めるって何を?
「お待たせして申し訳ありません、ソフィア様」
ジーナがやって来て頭を下げる。少しやつれたように見えるのは気のせいだろうか。
ジーナはソフィアの前までやって来ると、薄絹の肌着を着せてくれた。胸元のリボンを結ぶと、下に着けていた下着の胸元が隠れたので、いらぬ恥をかかずに済み、ほっとする。
「こちらへ」
ジーナに連れられて寝室に戻ると、きちんと整えられ、カバーを掛けられたベッドの上に、四着のドレスが用意されていた。
ベッドを囲むように、カレンの他、四人の侍女が控えている。
「四着ご用意いたしました。お気に召しますでしょうか」
ジーナが言った途端、部屋の空気がぴりぴりとソフィアの肌を突き刺す。固唾を飲む、というのはこういうことを言うのだろうか。侍女達は皆、何も言わずに控えているのに、ソフィアは気押されたように動けない。
しばらく無言の時間が過ぎたが、ソフィアが動きださないことに痺れを切らしたのか、ジーナがさっと前に出る。
「別のものをお持ち」
「待って、全部素敵だから迷ってしまったの。今日はこちらをお借りするけれど、機会があれば残りの三着も着てみたいから、衣装箪笥に置いておいてほしいの。良いかしら?」
ソフィアは早口に言って、一番手前にあったドレスを掴んだ。
一人の侍女がにやりと笑い、カレン以外の三人は一瞬、笑みを浮かべた侍女のほうを見たが、すぐに澄ました顔で前を向く。カレンはその様子を見て、やれやれとため息をついた。
侍女達はカレン以外はかなり若く見える。十代半ばから二十代前半ぐらいだ。
侍女頭はジーナで間違いないようだが、ジーナも三十は越えていないだろう。
皆、手際良く着替えを手伝ってくれた。
「ソフィア様」
「はい」
「今朝、ウォーレン殿下がお部屋にお見えになったとか」
「ええと、」
何気なく切り出したにしては雰囲気が怖いジーナに、ソフィアは視線を泳がせる。
部屋に来た、というより、あれは窓に小鳥がやって来たようなものなのだが、問題になるのだろうか。
「あの、朝起きて、カーテンを開けたら、ちょうどウォーレン殿下が通りかかって、それで、挨拶を」
「では、ウォーレン殿下は、ソフィア様のお部屋には入られなかったのですね?」
「ええ、窓のところで少しお話ししただけ」
ジーナは、そうですか、と言って無表情に戻った。
良かっただろうか。今の返答で正しかっただろうか。
ウォーレンの評判に傷を付けてはいけないから、かなり気をつけて言葉を選んだのだが、本当に大丈夫だろうか。
ウォーレンに後で聞いておかなければ、とソフィアは一人で頷いていた。