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風と共に、1

 男性使用人と辺境伯の後ろについて歩きながら、ソフィアは考える。


 小さなご令嬢と大柄な女性、で思い付くのはスカーレットとミシェルの組み合わせだが、スカーレットなら、使用人は『小さなご令嬢』ではなく『ベールのご令嬢』と言うのではなかろうか。


 と言って、他に知り合いは思い付かないし、今ここにソフィアがいることを知っているのはローズと、ローズから連絡を受けた祖父ぐらいだろう。祖父から父やウォーレンに連絡は行くだろうが、まだ時間が掛かるはずだ。


 スカーレットにはソフィアの考えを全て話しておいたから、予測通りにソフィアが襲われたことを知ってすぐに王宮を出ればここにたどり着けるかもしれないが。


「姉上!」


 応接室に入った途端、スカーレットが飛び付いて来たのでソフィアの考えは全て彼方へ飛んで行った。


「姉上、よくぞ無事であった! 我はもう、心配で心配で!」

「スカーレット、ありがとう。でも、まずは辺境伯にご挨拶を」


 諌めると、スカーレットは慌ててソフィアから離れた。

 ベールを()()()、淑女の礼をとる。


「お初にお目にかかります。ソフィアの義妹(いもうと)のスカーレットと申します。こちらはわたくしの侍女のミシェルにございます」


 辺境伯は胸に手を当て、軽く頷く。使用人が例の口上を述べると、スカーレットは辺境伯をまっすぐに見詰めてから、最敬礼の跪礼をした。


「此度は姉を助けていただき、ありがとうございました。家の者も皆、伯に心より感謝しております。追って正式な使者が参りますが、取り急ぎ、手の空いていたわたくしがお礼にと参じた次第にございます」


 王族は跪礼をされることはあってもすることはあまりない。だからこそ、その礼は価値のあるものとなる。


 スカーレットの礼を受け取った辺境伯が何かを書き付けて使用人へ手渡す。


「スカーレット嬢、頭をお上げください。あなたの大切なご家族を助けられたことを光栄に思います。私は席を外しますので、どうぞご家族でお過ごしください。食事のご用意が出来ましたら、お声を掛けさせていただきます」

「ご好意、感謝いたします」

「伯、ありがとうございます」


 ソフィアとスカーレットに頷いて、辺境伯は部屋を出て行った。

 ソフィアはその場に座り込む。


「スカーレット! 呪いが解けたのね」


 ベールを上げて現れたのは、普通の白い肌に、ウォーレンと同じ青い瞳の少女。蛇姫などどこにもいない。あれはあれで可愛らしく神秘的だったのだけれど、スカーレットにとっては忌まわしいだけだっただろう。


 だが、振り返ったスカーレットはどこか困った顔をしてソフィアを見る。


「それはそうなのだが。同時に困ったことが起きたのだ」

「困ったこと?」

「ああ」


 ソフィアが立ち上がるのにミシェルが手を貸してくれた。

 ソファに並んで座る。


「前に、呪いが解けた者の記述が見当たらないと言ったのを、覚えておるか?」

「ええ、もちろん」

「忘れるからじゃ」

「忘れる?」

「そう。呪いが解けた者のことは、誰一人覚えておらぬ。だから記述がないのだ」

「私は覚えているのに」

「王国内の人間は皆、忘れてしまった。カレンですら、我を見て名前が出なかった」


 スカーレットの一番側にいたカレンが、スカーレットを忘れた。

 ソフィアはゾッとして、スカーレットの肩を抱き寄せる。


「辛かったでしょう。怖かったでしょう。どうしてこんな残酷なことばかり」

「確かに辛い。でも、これで良かったのじゃ。これで誰も死ぬことはない」


 スカーレットはソフィアを見て、はっきりと笑顔を浮かべた。

 清らかで、優しい心。スカーレットは自分よりも周りの幸せを心から喜べる人間だ。ソフィアなどには真似出来ない、格上の人格者。


「それにな、姉上。ミシェルは我のことを覚えておるのじゃ。理由は分からぬ。な、ミシェル」

「はい。私が上得意様のことを忘れるはずはございません!」


 胸を張るところが違う。さすがミシェル。


「ミシェルは異国の出らしいからの。そのせいかもしれぬ。この先、忘れるかもしれぬし。だが、ミシェルが覚えていてくれたおかげでここまで来れたのじゃ。ミシェルの弟子として、検問を突破した。このまま、ミシェルの弟子として、あちこち旅をしてみようと思うておる」


 そうだ。王国内の人間が誰も覚えていないということは、王国内にスカーレットの居場所がないということ。スカーレットの振る舞いや口調は庶民的ではないから、民として暮らすには無理がある。


「スカーレット」


 細い体を抱き締める。言葉が出なくなってしまう。

 こんな小さな女の子に、世界はなんと残酷な道を用意するのだろう。

 見知らぬ場所で、親からも引き離されて。


 いや、親からも、存在を忘れられているのだ。側にいたとしてもより辛いだけなのかもしれない。


「あなたの門出を祝うべきなのでしょうね、スカーレット」

「ああ、姉上。我はとても嬉しい」

「でも、寂しいわ」


 スカーレットの背中を撫でて、本音を呟く。スカーレットは少し困った顔をした。


「我は本当はとても悪い子であった。他人の不幸を喜ぶような、より酷い目に遭うことを願うような悪い子供だった。もう二度とそんなことは思わぬ。皆が幸せで、日々を穏やかに過ごしてくれることをずっと祈って生きてゆくことを誓う。

姉上も、ウォーレン兄上を幸せにしてやってくれ。ウォーレン兄上は本当はとても臆病で、姉上から嫌われることを極度に怖れておる。だから折に触れて好いていることを伝えてやってくれ」


 ソフィアはしっかりと頷いた。

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