ご令嬢たち6
「その者の名前は言えませんが、首謀者は分かっています。私の馬車が襲われたことを王国に伝えられれば、王国側で犯人は捕まえてくれますので、ご迷惑をお掛けすることはないかと」
「どうしてですか? どうしてソフィア姫が命を狙われるのですか?」
リサが身を乗り出した。
領主がリサの手を握る。リサが領主を見て、それからソフィアを見た。
「王子様のご婚約者様?」
今度はソフィアがリサを見て、領主を見て、キアランを見た。
「タルヴィティエ王国からエカテリア帝国に、第二王子殿下のご婚約のお話は入っております。お相手の方のお名前も」
キアランがソフィアの疑問に答える。
「ご成婚間近のこの時期に、何かご事情があることは推測出来ますが、リサが貴女を見つけて本当に良かった」
「本当に、リサ様には感謝してもしきれません。あの、リサ様は」
「リサの手にはレヴィの手に触れるとレヴィの考えが分かる呪いをかけたのですよ」
「のろい? 魔法、ではなく?」
「ええ。のろいです。ああすると、レヴィにはリサの考えが分かります。双方に作用しますし、残念なことにお互いに隠し事は出来なくなるのです。
たとえば、レヴィは前の妻に『田舎しか知らないつまらない男だ』と言われて離縁されていますが、それもリサには分かってしまいますし、リサの腹痛はレヴィにも痛みとして感じられます」
便利だが不都合もあるから、呪いという言葉を使ったらしい、とソフィアは理解した。
「タルヴィティエには魔法はありませんので、とても不思議です。それはキアラン様に教えを請えば、私にも使えるようになるものですか?」
「いいえ。魔法には持って生まれた素養と長い年月の修行が必要になります。私は32歳になりますが、それこそ30年経っても本当に使いたい魔法はまだ修行中です」
2歳から修行など、やっと文字を覚え始める頃ではないか。
「そんな子供の頃から、修行なさるのですか?」
「ええ。魔法の素養は、生まれ落ちた瞬間に分かります。素養のある者はすぐに帝都の魔術宮に引き取られるか、魔術師が派遣されて修行に入ることになります」
貴族の教育よりもずっと厳しそうだ。
「その、魔術師をお金で雇うことは出来るのでしょうか?」
「もちろん」
「一族に掛けられた呪いを解く方法はありますか?」
「一族ですか」
「百年近く前に掛けられた呪いなのです」
ソフィアの脳裏にはスカーレットの顔が浮かんでいた。呪いという言葉で思い浮かぶのは、ソフィアにとってはスカーレットだけだ。
「難しいと思います」
「そうですか。率直なお言葉に感謝いたします」
多額の報酬を吹っ掛けてスカーレットの身柄を要求し、結局無理だった、ということも出来るのに、それをしようとしなかったキアランに感謝する。
同時に、では、スカーレットはあのままなのだ、と思うととても悲しく思う。
確実に誰よりも早く死を迎える運命の少女。何とかしてやりたい。皆がそう願う、心優しい少女。
「でも、そうですね。今の貴女には、その呪いの影響らしきものは見えません。もしかしたら、解けているかもしれませんよ」
「え?」
「貴女の言う呪いは、恐らく王家に掛けられた呪いのことでしょう。その話はここエカテリアの魔術宮に届いております」
秘密のはず。それこそ、侯爵家にすら知らされていなかったのに。
キアランが唇の前に指を立て、それから天井を指差した。
短剣と1輪の薔薇が、天井からぶら下がっていた。
「短剣と薔薇の下に。母親が子を思う気持ちというのは、どんな制約も越えて行くものです」
短剣と薔薇の下に話された内容は、ここだけの話とされる。外で話せば死よりも重い罰が与えられるという。
「私は帝都ではそこそこ知られた魔術師なのですよ、姫」
王妃陛下は帝国にも助けを求めていたのか。スカーレットを助けるために、たとえ売国婦と言われたとしても、王国の裏切り者と言われたとしても、娘を救おうとしたのか。
そしてその思いを汲んだエカテリアの魔術師は救えないまでも秘密は洩らさないと、短剣と薔薇の下にタルヴィティエ王国の呪いを置いた。
政治的に影響がないと判断されたのかもしれないが、切実な願いを誠実に返してくれたキアラン達魔術師は、もしかしたら、王国内の人間よりも信じるに値する友人達なのかもしれない。
「エカテリア帝国の皆様に、深い感謝と敬意を」
頭を下げるとリサが口を開いた。
「畏まらないでください、ソフィア姫。私たちはタルヴィティエ王国の善き隣人でありたいだけなのです。
春になればまた、共にゴチクの脅威に晒される者同士。手を結ぶことは難しくとも、敵の敵は味方であることは出来るはず。そんな思惑もあるのです」
テーブルの上で互いの手を重ね、同じ表情でこちらを見るリサとレヴィは、似合いの夫婦になることだろう。
いつかソフィアとウォーレンもそうなりたいと思う。文字通り苦楽を共にすることになる二人を少し羨ましく思った。
部屋の仕度が出来た、と使用人がやって来て、ソフィアは中座させてもらう。
ノランの村にいるローズに手紙を書いた。
家名は書かずに名前だけを書いた。封蝋で侯爵家のソフィアだと分かるだろう。そしてこの手紙を読んだローズなら、必ず祖父、ノリス男爵に事態を知らせてくれる。そして、ノリス男爵からウォーレンに、そして侯爵家に。
全員の性格を分かっているからこそ、無謀とも言える賭けに出た。
負ければ死。だから勝つつもりで来たが、勝っても地獄だ。
ヘイリー公爵家への沙汰、そして国として筆頭公爵を失う損失は大きい。
それをどう埋めていくのか。
帰れば解決すべき問題は山盛りで、ウォーレンの怪我も、スカーレットの呪いも心配で、ソフィアはちっぽけな力しかない。そして相談相手のミランダには、もう相談出来ないときた。
使用人に手紙を預け、ノランの村のグレゴリー・ノリスの娘ローズに渡すようにお願いした。
生き延びたからこその苦難ではあるけれど、何故悪い方向にばかり転がるのだろう、とソフィアはため息をついた。