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ご令嬢たち5

 少女が連れていた馬に乗せられ、ソフィアは夜道を行く。ソフィアが連れていた馬は大人しく少女に手綱を任せて後ろから歩いてきていた。


 少女は名前をリサと名乗り、エカテリア帝国に来てまだ半年だと言った。必死に勉強したのか、教師が良かったのか、エカテリア公用語は流暢で、言葉遣いも美しい。

 聞けば、今日は森の中でウサギ狩りをしていて遅くなったらしい。

 こんな時間まで、親は心配しないのか、と尋ねると、リサは親はいない、と答えた。

 そして、今は領主様の家で暮らしているのだと言う。

 ソフィアが少女に連れられて来たのは、家ではなく、屋敷でもなく、城だった。

 王宮ほどではないが、公爵家ですら、ここまでの大きさの家ではない。

そして、思い出す。


 エカテリア帝国オスカ領主ゴールトン辺境伯。

 エカテリア帝国では皇帝に次ぐ爵位者。

 辺境の地においては、皇帝以上に権力を持つという。



「旦那様!」


 リサがはしゃいだ声を上げた。

 大きく手を振って合図をする。


 ウォーレンほとではないが、大柄な男が松明を掲げて立っていた。

 リサを探しに来たのだろう。


 リサは男に駆け寄る。

 男は近くにいた使用人らしき者に松明を預けた。

 男は険しい顔のまま、左の手のひらをリサの前に出した。リサが自分の右手を男の左の手のひらに重ねる。


 途端、びくり、と体を震わせて後ずさろうとしたリサの腰を男が強く抱き寄せた。重ねている手を強く握ったところを見ると、恋人同士の逢瀬のようだ。


「ごめんなさい」


 泣きそうなリサの声が聞こえる。

 男はリサを解放すると、後ろから来た女性の使用人にリサを任せた。リサが何度も振り返りながら城へ入って行く。

 使用人と男がこちらへやって来た。


 男が軽く馬の前足に触れる。馬は前足を折ってソフィアを下ろしてくれた。


 男はソフィアの前にして、片足を地面につき、胸に拳を当て深く頭を下げた。エカテリア帝国古式の礼だ。これはこの男が宮廷儀礼に通じている、つまり領主あるいは領主の血筋であることを意味する。


「お初にお目にかかります、異国の姫。我が主、辺境伯レヴィ・エイトキン・ゴールトンは声を発することが出来ません。ご無礼をお許しください」


 頭を下げたままの男の隣で松明を持った使用人が口上を述べた。


「いえ、こちらこそ。

タルヴィティエ王国ワイズリー侯爵家ソフィアと申します。道に迷ったところ、こちらのリサ様に助けていただき、まことに感謝しております」


 辺境伯が顔を上げ、立ち上がるとソフィアに向かって腕を差し出した。

 そっと手を乗せると、ゆっくりと歩き出す。


 馬は馬屋番なのか、小柄な少年が二頭とも引いていく。


「馬は休ませますのでご安心ください、ソフィア姫」


 使用人が口を開いた。


「お手間をおかけします」


 ソフィアの歩調に合わせて城の中へと3人が入る。

 明々と松明に火が灯り、女性の使用人達が頭を下げて主人を迎えた。

 リサの姿は見えない。


「まずはお食事をご用意いたしますので、こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 夕げには遅い時間だが、お腹が空いているのも確かだ。言葉に甘える。


 通された食堂はこじんまりとした、可愛らしい空間だった。

 既に小さな男の子とリサが並んで座っており、上座に近い場所に長身長髪の男性が座っていた。


「レヴィ様のご子息ルロイ様と、レヴィ様のご婚約者のリサ様、レヴィ様のご友人のキアラン様です」


 主人の代わりに全員を紹介する使用人はとても手慣れている。声を発することが出来ないのは、上に立つ者として不利だが、これほど出来る使用人がついていると心強いだろう。


「お初にお目にかかります。

タルヴィティエ王国ワイズリー侯爵家ソフィアと申します。突然の来訪に関わらず、厚かましくもご家族様、ご友人様の歓談の場に同席させていただきますこと、お許しください」


 軽く頭を下げると、キアランと紹介された男性が歩み寄ってソフィアの手を取る。タルヴィティエ王国流の貴族の挨拶だ。エカテリア帝国の挨拶とは違うはずだが、その所作に不自然な点は何もない。


「初めまして、ソフィア姫。少し失礼いたします」


 ソフィアの服の袖口にキアランの指先が触れた。

 体がふわりと軽くなる。

 うわあ、とルロイとリサが声を上げた。服の汚れが落ちている。


「私は帝国魔術宮に所属しております。そのご様子、何か不測の事態があったとお見受けいたしますが、まずは腹ごしらえにしましょう。ここは帝国内でもっとも食の豊かな土地です」


 領主からエスコートを引き継いだキアランがソフィアを椅子に座らせた。


 魔術宮、とは何か分からないが、服が綺麗になったのは事実だ。物語の中でしか聞いたことのない魔法だ。本当にあった。凄い。


 そして食卓の上に次々と運ばれる料理の数々。量の多さにも驚いたが、使われる野菜の種類の多さに目を見張る。

 一品ごとに料理人が材料と調理法を説明し、タルヴィティエ王国にない材料と調理法の場合はキアランが説明を付け加えてくれる。


 まだ幼いルロイが「その野菜嫌い」「苦い」「それはお皿に山盛りにして」など、一々注文を付けているのが微笑ましい。


 侯爵家ではマナーが優先されたため、幼いうちは両親と同じ食卓では食べられなかった。いつも家庭教師の先生が見張る中で食べていた記憶がある。

 見たところ、異国から来たというリサもカトラリーの扱いが拙い。ルロイはまだフォークしか使えない。それでもキアランは冗談を交えながら話しているし、領主も柔らかな眼差しで二人を見ている。


 王宮での晩餐を思い出した。

 国王も王妃も、ただ親として子供たちと食事を楽しんでいた。

 それと同じ空気を感じる。


 先ほどまで森の中で泣きそうになっていたのに、そんなことすら忘れるほど、楽しく居心地の良い食卓だった。


 食事を終えて、眠くなったルロイを女の使用人が部屋へ連れていく。残った大人の前に、芳ばしい香りの強い飲み物が出された。

 初めて見る色の濃い飲み物だ。


「豆茶です。少し癖のある味かもしれません。お口に合わなければおっしゃってください」


 キアランが言ってくれたので、おそるおそる口をつけてみる。

 言われてみれば、豆を炒った時のような香りがする。味は美味しいとは思えないが、不味くもない。


「豆をお茶にするんですね」

「帝都では割と飲まれているんです。長生き出来るお茶として売りに出されたのが、広まったそうですよ」


 普段は帝都におり、何年かに一度遊びに来るというキアランは、本当に博識だ。帝国だけでなく、タルヴィティエ王国のことにも詳しい。


「王宮では普段、どんなものを飲まれてるんですか?」

「普段は紅茶を。王宮だけでなく、王国全体ですが」


 残念ながら茶葉の製法などは分からない。

 まだまだ勉強不足だ。

 領主が立ち上がり、リサの隣に腰を下ろした。紙に何かを書き付け、それをリサの前に置く。


「ソフィア姫、答えていただける範囲で構いませんので、質問をお許しください」


 おそらくは領主の言葉を、リサが声に出す。


「何なりと」

「どちらへ行かれるご予定だったのですか?」

「ノランの村です」

「ノランならここから馬車で半日ほどです。早馬で手紙を届けさせましょう」

「ありがとうございます」


 領主は顔を上げ、使用人に軽く頷いて見せた。使用人が一礼して食堂を出ていく。


「お一人で都からここまでいらしたのですか?」

「実家から馬車で途中まで来たのですが、細い崖の道で矢を掛けられ、御者が」


 彼の死を悼む間もなく逃げてきた。ソフィアは死ぬわけにはいかないのだ。もともと、最悪の場合は死ぬかもしれないと言って雇った者だった。その分の報酬も彼の家族に先に渡すようにしたが、死んでも良かったわけではない。


「馬だけ連れて逃げ出したのですが、方向も場所も分からなくなってしまって」

「矢を掛けられたのなら、物取りではなく、あなたの命を狙ったのかもしれない。ソフィア姫、お心当たりがおありですか?」


 キアランの問いかけに、ソフィアは奥歯を噛みしめる。

 クリスはあり得ない、理由がない、と言った。ソフィアにだって理由は分からない。何の旨味もない話だし、もっと早く確実にソフィアを社交界から、ワイズリー家を貴族社会から追い出すことが出来たのに。


「あります」


 ソフィアが答えると、領主とキアランが目を合わせる。


 理由が分からない。けれど、首謀者はヘイリー公爵令嬢ミランダだ。

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