ご令嬢たち3
「もう一度、おっしゃって、お姉様」
こめかみに青筋を立てたオーネリーが、ひきつった笑みでソフィアを見る。
「ローズ様に会いに行くわ」
「お姉様!」
オーネリーがぎりぎりと睨み付けてくる。
この時期しかないことは、オーネリーも理解してくれている。まだ婚約者だが、結婚してしまえば、手紙のやり取りすら難しくなる。
動けるのは、今しかない。
だが、今、何か起これば全て侯爵家の責任。領民を預かる身としてはそう簡単に問題になりそうな行動を見過ごすわけにはいかないのだろう。
オーネリーは良い領主になる。
だからこそ、だ。
「今がどんな時期かお分かりなの?」
「分かっているつもりよ。ワイズリー家に不利益なことは」
「違うわ! お姉様に何かあれば、王家が動くという話!」
オーネリーはソフィアとの間にあるテーブルに、書類を叩きつけた。
ソフィアは素早く目を通す。
二枚の書類は、どちらもソフィアに早く帰るよう促す文面。
ウォーレンと王太子だ。
「わざわざ別々の馬で届いたわよ! お姉様が眠っている間にね!」
ウォーレンからの手紙は予想していたが、なぜ王太子から届くのか。
しかも焦っていたのか、文章が少しおかしい。字が乱れていないのはさすがだが。
「侯爵家のことを言うのなら、とっくに被害は被っているの。お分かり?」
オーネリーも怖い。
「ごめんなさい」
「それで、どうしてローズ様なの? それこそ、ノリス男爵に頼めば王宮でも会えるはず」
そうだ。時間をかければ、祖父に頼んで、祖父の立ち会いのもと、ローズには会える。
王宮に詰めているノリス男爵を心配して、娘のローズが会いに来ることは出来るし、そこへ王宮にいるソフィアが通りかかることはあるかもしれないのだから。
「どうしても、必要なの?」
「ええ。オーネリー、お願い。私に、味方して」
オーネリーの瞳を見つめる。しばらく睨みあっていたが、先にオーネリーが目を逸らした。
「分かったわ。絶対にへまはしないでね、お姉様」
もちろん、とソフィアは頷いた。
ワイズリー家に迷惑をかけない、王家の弱みにならない。この二つは両立する。だからこそ、今動くのだ。
応接室の扉がノックされ、ケントが顔を出す。
「ソフィア様、準備整いました」
「ありがとう、ケント」
ソフィアは立ち上がる。
「まさか、もう出るの?」
「ええ」
ソフィアが歩き出すと、ケントが付き従う。
「きちんと伝えてくれた?」
「はい。半額は前金で本人に渡しておりますし、残りは今、自宅へ運ばせております」
「ありがとう。何かあったらお願いね」
「何もないことをお祈りしておりますよ」
ケントの軽口にソフィア笑みを浮かべる。
「確かにそうだわ。何もない可能性のほうが高いもの」
何もなければ、ご令嬢の気まぐれで済む。
玄関先に馬車と御者がいた。馬車は家紋も何もついていない。そして、初めて見る御者。
「急で悪いけど、お願いしますね」
ソフィアは御者に片手を差し出す。
御者は慌てて帽子をとると、握手を返してくる。
かなりの高齢の、かさついた手のひらだ。
ケントが馬車の中を確認し、ローズへの土産と花を載せる。
それから、ソフィアがケントの手を借りて乗り込んだ。
「ソフィア様!」
叫ぶようなジーナの声に、ソフィアは窓から顔を出した。
馬を駆ったジーナが飛び込んできた。
「これを、姫殿下からお預かりいたしました」
手紙と、懐剣だ。
「必ず、ソフィア様に手渡すように、と」
馬上からソフィアに手渡す。本来なら無礼と言えるが、時間が惜しいということが皆に分かったのだろう。誰も何も言わない。
「確かに、お渡ししました」
息を弾ませたジーナがソフィアに向けて言う。
「ええ、確かに受けとりました。ありがとう、ジーナ」
ソフィアは手紙と懐剣を胸に押し当ててると、馬車の天井を軽く叩く。
「いってらっしゃいませ」
ケントが外で頭を下げ、その後ろに怒ったような泣きそうな顔をしたオーネリーが立っている。
馬から降りたジーナの美しいおじきに見送られ、ソフィアの乗った馬車は屋敷を出発した。