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ほのぼのファンタジー詰め

あなたのいぬ間に髪をかざる

作者: 八島えく

 こう、春の終わりごろの夕方は、何だか昔のことを思い出します。といっても、わたくしのことではなく、わたくしのお仕えする京子(きょうこ)お嬢様のことなんですけれどね。


 久米家のご令嬢であらせられる京子お嬢様の、九年前のことでございます。お嬢様ともう一人の方から聞いたお話ですので、これからお話することは、少しだけ事実とは異なるかも知れませんが、ご容赦くださいませ。


 その時のお嬢様は六歳、小学校に上がったばかりの頃でしたね。お嬢様の髪は美しく透き通った銀色でございます。これは生まれつきのもののようで、九年経った今も銀色です。

 

 わたくしや現在絶賛行方不明中の旦那様と奥様、そしてもう一人の方はそんなこと思いもしていないのですが、この国ですと銀髪というのは良くも悪くも目立つわけです。今でこそお嬢様はさして気にしておられませんが、その頃はとてもコンプレックスに感じておられるようでした。


 同級生の子達からよくからかわれ、髪を引っぱられ、泣かされたと聞きます。救いだったのは、お嬢様がそれをわたくしに打ち明けて下さったことでしょう。ひとりで抱え込むことがなくてほっとしておりました。


 して、そんなお嬢様を気づかったのが、わたくしの同僚――ドイルさんです。ドイルさんは今でこそ落ち着きのあるダンディな殿方ですが、九年前といいますとまだ十八歳の青少年でございます。ぼさぼさの灰色髪もまだ落ち着いており、目にも若さから見出される輝きを持っておりました。


 そんなドイルさん、お仕えするお嬢様がいつも泣いて帰ってくるのに心を痛めたようで、わたくしに相談したのでございます。

『なあ、メイナード。小学生の女の子はどんなアクセサリーが好きなんだ?』

 小学生をとっくに卒業したわたくしもわかりかねましたので、その時は二人で雑貨屋さんに出かけ、店員さんにあれこれと聞きまくった覚えがございます。ちなみに申しおくれましたが、わたくしはメイナードと申します。


 使用人として未熟なわたくしたちでございましたが、店員さんの協力あって、どうにかお嬢様にお似合いの髪飾りをゲット致しました。それをプレゼント致しましたところ、お嬢様はたいそう喜び、『大切にするわ』といとおしそうにそれを撫でてくださいました。そしてその後、わたくしとドイルさんの肩を叩いてくださって、とにかくその時のお嬢様ったらいじらしくてかわいらしくて、わたくしどうにかなりそうでしたわ。



 これでお話が終わればよかったのですけれど、そうならないのが悲しいものですわね。ここからは、わたくし実際に見ていないので、多少事実と食い違いが起こってしまうかも知れません。


 その日、お嬢様の小学校は短縮授業となっておりまして、いつもより二時間ほど帰りが早くなるはずでした。ところがいつもならとっくにお屋敷にお帰りになるはずのお嬢様が、夕方になっても帰って来られません。


 心配になったわたくしとドイルさんは、お嬢様を探すことに致しました。ちなみにこのころから旦那様と奥様は行方が知れない状態です。九年経った今も行方不明中です。実は数年前、わたくし当てに旦那様からのお手紙を頂いたのですが、その手紙によるとお嬢様には秘密にするよう仰せつかっておりますので、これは内緒にしておいてくださいませね。


 わたくしはお屋敷のお留守番と、お嬢様の行きそうなお店や同級生のお宅へかたっぱしからお電話致しました。もちろん学校にも電話をかけたのですが、その時にはすでに下校していたとのことでした。

 ドイルさんはその足でお嬢様の行きそうな場所を探しました。


 思い当たるところすべてに電話をし終えたころは、もう日も暮れかけておりました。どうしたものかと悩んでおりますと、ドイルさんがお嬢様を連れてようやく帰ってきてくれました。


 玄関でお二人を見つけた時、安堵したのと同時に驚愕も憶えました。なにせお二人とも、川に流されでもしたのかと疑うほどに、全身びしょぬれだったからでございます。



 話を聞いたところによると、お嬢様は下校途中で同級生に髪のことでからかわれ、あろうことかお気に入りの髪飾りを盗られてしまったのだそうです。

 それを追いかけて追いかけて、ようやく追いついたと思ったら川に落とされてしまったということです。幸運だったのは、その時の季節が春の終わりごろで暖かかったことでしょう。


 お嬢様は髪飾りを拾うため、その川に飛び込んでずっと探していたのだそうです。そのため、お帰りが遅くなってしまったのだとか。

 ドイルさんが見つけた時のお嬢様は、大泣きしながら川をあさっていたといいます。小さな体で、川幅二メートル深さは五十センチと子供にとっては深くて広い川の中、宝物を見つけ出そうとずぶ濡れになっていたと。


 ドイルさんはお嬢様を見つけるや否や陸に上げ、事情を聞いたそうです。色々と察したドイルさんが代わりに探すことにして、奇跡的に見つけたころには夕方すぎだったそうですわ。


 ずぶ濡れのお嬢様とドイルさんを玄関に向かえた時、わたくしは有無を言わさずお風呂にいれました。お風呂からお二人が上がってから、以上の顛末を耳にすることになったのでございます。



「そういやさあ」

 夕方のお茶のお時間、ドイルさんは紅茶を飲みながらそうこぼされました。

「なに」

 お嬢様はのんびりと、分厚い本を読んでおいでです。お二人は向かい合って席に座っております。

「ちょうどこのくらいの季節じゃなかったか? 二人して川に飛び込んでアホみてーに宝探ししたのって」

「ああ、髪飾りの。あの頃はあんなものでも宝物だと思えたくらいには、私も子供だったわね」

「まあ今でも子供だけどな、お前」

「お黙り駄犬」

「まあまあ。あの時は本当にびっくりしましたわ。一体何があったのかと」

「頭の悪い同級生に理不尽なからかいをうけてしまったのよ。ま、今の学校じゃそんなことないんだけどね」

 お嬢様はそこそこ有名な女子高へ通っておられます。

「心残りは、キョーコを川をあさらせる元凶作ったガキ共をとっちめてやれなかったことなんだよなあ」

「そんなのいらないわ。今にして思えば、私をからかって遊んでいた同級生全員、あなたが手を出すほどの価値もないんだから」

「ああ……それは俺を心配してくれるのか。優しいなキョーコ」

「飼ってる犬の価値は下げたくないからね」

「だから犬じゃねーって」

「お黙り」

「へいへい、お嬢様。……そういやそん時以降、お前あの髪飾りつけなくなったよな。アレどうしたんだ? 捨てちまったか?」

「言うまでもないでしょう。一緒に買ってくれたメイナードには申し訳ないけど、いっくら磨いても錆が取れなくてね。つけようにもつけられなかったし」

「おい俺は? 半分は俺が金出したんだぞ」

「あなたの価値なんてインク切れのボールペン以下よ」

「生意気言うか小娘」

「そのうるさい口を閉じなさいよ馬鹿犬」


 あらあら。こうなると口喧嘩はわたくしが介入してもしばらくは止まりませんわね。こういう時、わたくしは大人しく引き下がり、空っぽのティーカップをそそくさと片づけてお部屋を後にするのでございます。


 お部屋を出ると、どうしてもわたくし、笑いがこみあげてしまいますの。


 だってわたくし、知ってるんですのよ。

 お嬢様、お部屋でこっそり、錆びた髪飾りをつけて、鏡の前で微笑んでいらっしゃること。


 もちろんお嬢様には絶対口外するなと強く口止めされておりますので、ドイルさんにはお話しませんけれど、ね。

以前書いた「雨のなかのあなたを待つ」の世界観で、またメイナードに語ってもらいました。

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