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それでもあの人は走り続けた

この物語はフィクションであり、登場する人物名、団体名等は

全て創作上のものです。

(いつもは殆どすべて創作しますが、

地名等を今回に限り実際の名称をいくつか使わせていただきます。)

また作者は陸上未経験かつ消防関係者でもないため、

その辺りに関して一部不自然な描写があるかもしれませんが、

お許しください。

「先頭で鶴見中継所に到着したのは蔵澤大学2年生菅野!

今、先頭で2区を走ります、4年生の杉内に襷を渡しました!!

今年度の1区区間賞は蔵澤大学菅野勇人!!!

3冠を目指す、蔵澤大学幸先のいいスタートを切りました。


ただ連覇を狙う甲洋大学藤浪、今年こそ優勝を狙う清治大学前田も5秒ほどの差で、

襷渡しを終えました!!

2区でも3強によるデットヒートが続きそうです。

その後は少し空いてしまいましたが・・・、

2号車の摂津さん!!」


「はい、こちら2号車です!

やはり最後は差をつけられてしまいましたが、

3強のエース格のランナーを相手に40秒差ほどで止めた、

永井の粘りは見事の一言に尽きます!!」




「ああ、やっぱりトップとはそれなりの差はついてしまうんか。

先輩さん、残念やったね。」

「アホか!元々の持ちタイムが違うわ!!

前の3人は1万メートル27分台のトップランナー。

健介さんのベストタイムは29分台。

はい、20km走った場合、

単純計算で何分の差が付きますか?」

「そっちこそ、教員なめんなや!

4分に決まってるやろ!!・・・あれ?」

「実際の1区の距離は21.3km。

実際についた差は40秒。

つまり健介さんは?」

「めっちゃ頑張ったってことか!!

ようやったで主将さん!!!」

「分かったんならそれでいい。」



先頭が襷渡しを終え、

再度健介さんが画面に写し出されたんだが、

全く事情を理解していないお袋が

なぐさめの言葉なんか言いやがったため、

さっきのお返しという訳ではないが、

思わず突っ込んでしまった。



近年の箱根駅伝では最初の1区からトップ校は差を付けてやろうと

エース級の選手を投入することが多く、

中位以下の大学は始めから大きな差を付けられてしまうのだ。


その中で健介さんは十分に今後詰められるレベルの差で

襷渡しを終えようとしており、

順位も4位をキープしている。

決してエース級ではない健介さんがこの結果を出したことで、

他に回った本山学院大学のエース級への負担は大きく軽減されるだろうし、

それ以上に1区から主将が気迫の走りを見せて、

他のメンバーが燃えないはずはないのである。


突出した速さはないが、

周りを安心させる安定した、

意思に満ちた走り。

それがチームを鼓舞するのは

今回だけでは決してない。


あの全てが崩れ去った3月11日。

同時に崩れかけていた俺たちの心を支えてくれたのも、

やはりあの人の走りだったんだ。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






津波の被害から『色々』あって何とか無事だった俺たちは、

その後ずっと走り回っていた。


寮生以外にもその他の生徒や先生たち、

加えて沿岸部の人たちが多数避難してきたことで、

寮の中は大わらわになっており、

辻監督の指示のもと、

毛布や備蓄された食料を彼らに配るなど、

陸上部員は生徒たちの中でも特に忙しく

作業を手伝うこととなった。


親と連絡がつかない奴も多く、

そんな状態で生徒をこき使うなんてという声も後にはあったらしいが、

正直津波で町が飲まれていく衝撃的な光景を目の当たりにした俺たちとしては、

何か動いていてそのことを忘れられる方がよっぽど有難かった。

それに元消防士である辻監督が俺たちの何倍も動き回って、

全体に指示をだし、不安に駆られる人たちを励ましている姿を見て、

非常に勇気づけられ、

消防士の息子としてはやるしかないという思いにも駆られていた。

今思うと夜遅く手伝いを終えて同室のみんなとぶっ倒れて寝てしまうまで、

津波の恐怖を感じる余裕すらなかったのは、

現実を直視せずにすんだひと時の休息ですらあったのかもしれない。



しかしそんな時はいつまでも続きはしない。

夜の闇が続いて、光が差さないなんてことは、

決してなく、朝は必ずやってくる。

普段なら希望をもたらす筈の日の出も

その時は絶望をもたらす使者でしかなかった。


疲れていても習慣で明け方に目が覚めてしまった俺は、

昨日の『あれ』が全て夢だったらいいのにと思って、

窓の外に目をやったのだが、

そこにあったのは・・・













全てが洗い流された、

まさに『地獄』だった。










「オウ・・・」

俺が外の風景を呆然と見ていると、

同室だったケニア人留学生カリキの

唖然とした呟きが耳に入ってきた。


他の連中も概ねポカンとした感じで、

泣いている奴はいなかった。

いや、正直ショックすぎて

涙すら出なかったんだろう。

全国大会を目指すトップランナーとはいえ、

所詮は高校生。

昨日のドタバタの中では

何とか気を張っていられたが、

一晩たって現実が白日の下にさらされたとき、

それをまともに受け止められる奴など誰もいなかった。


昨日『大立ち回り』をやらかし、

亡き親父の友人たちから阪神大震災の悲惨な話や

他の災害現場の過酷さなんかを耳にタコが出来るほど

聞かされていた俺ですら、

目の前の現実に押しつぶされかけて、

みんなに何も言うことが出来なかった。



それでも一番耐性のあった俺は

何とか意味あるものを見つけようと

必死に窓の外に目を向けた。

今思うと間違ったら打ち上げられた

遺体なんかを見てしまう可能性があったわけで、

褒められた行動ではなかったのかもしれないが、

俺は何かにすがりたくて窓の外から目を離すことができなかった。



良く立ち寄っていた和菓子屋も、

毎日そこを渡って学校へと走って行った橋も、

ロードワークでの目印にしていた一本松も、

全てがなぎ倒され、流されていた。


もうそこには俺の記憶にあったものは何もない。

昨日俺を『救って』くれた多くの思い出も含めて、

全てが流されてしまったことを目の当たりにし、

俺の心をどうしようもない無力感が支配しかけていた。




そんな時だった。

失われたはずの、

あり得ない、

しかし存在し続ける『日常』が

目に飛び込んできたのは。



「・・・健介さん?」

「・・・はあ?何言ってるんだよ、誠也!

主将なら一緒に昨日作業を手伝ってたじゃねえか!!」

「おいおい、冗談はよしてくれよ、ペガサスちゃん!

一瞬ドザエモンの永井さんを想像してチビリそうになったじゃん!!」

「流石、関西人。こんな時にもボケを忘れないとは恐れ入ったよ!」

「セーヤ、ダイジョウブカ?」



俺の呟きに一瞬の静寂の後、

部屋は寮生たちの笑い声に包まれた。

俺の呟きを場を和ますためのギャグか何かだと勘違いしたのだろう。

それはそれでまるでお葬式のようだった部屋の雰囲気を変えたという

意味では悪くない手だったのかもしれないが、

俺が口にしたのは別にギャグでもなんでもない、

明らかな『現実』だった。



「違うわ、アホ!

マジで健介さんが走ってるねんて!!

あそこ見てみい!!!」

「ウソや!」

「そんなわけ・・・」



俺の指指した方向を

半信半疑ながら、

しかし窓から身を乗り出すようにして、

確認するルームメイトたち。

そしてその視線の先に・・・



全てが変わり果てた風景の中、

まるで何も変わらなかったように走る、

健介さんの姿がそこにはあった。


がれきの間をすり抜けて、

流されて通れなくなった道を迂回しながら、

しかしその走りはいつものように全力で、

どこまでも『通常運転』のようにしか見えなかった。



後に聞いた所によると、

いつものコースに比べると実に短い、

高台の寮から見て絶対に安全だと思える場所だけを、

事前に辻監督の許可も得て、

学校へ向かう道の確認も含めてゆっくり走ったらしいのだが、

俺たちにはその実際には20分にも満たなかったはずの走りが

まるで永遠のように感じられた。





何もかも流された絶望の中で、

失われた日常を背負って駆ける、

あの日の健介さんの走りは、

俺たちの胸の中に実に小さな、

しかし決して消えない希望の灯りを

運んでくれた。


あの走りが、

唯一残されたその日常が、

『全て』の始まりだった。

今も俺はそう思っている。

大分長くなってしまいましたが、

新キャラなんかも出てきて、

それなりに伏線なんかも色々突っ込むことが出来ました。

次で先輩話は終わる予定ですので、

気長にお読みください。


ちなみにどうでもいいことですが、

ライバル大学の名称とか

選手の名前とか、

真面目な内容が多くなる分、

『遊び』も増やしていますので、

良ければ探して突っ込んでやってください(笑)

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