20年目を迎えて
この物語はフィクションであり、登場する人物名、団体名等は
全て創作上のものです。
(いつもは殆どすべて創作しますが、
地名等を今回に限り実際の名称をいくつか使わせていただきます。)
また作者は陸上未経験かつ消防関係者でもないため、
その辺りに関して一部不自然な描写があるかもしれませんが、
お許しください。
「なあ、誠也。成人式はこっちに戻ってくるん?」
正月休み、実家でおせちをつつきながら箱根駅伝を見ていたら、
お袋にそう聞かれた。
「うーん、成人式は公休扱いで休ませて貰えるらしいんだけど、
隊長に『17日を含めたシフトはお前抜きで組んでいるから、
有給取って神戸に帰れ』って言われてるからな。
正直成人式までこっちに来るのはなんか、悪いというか・・・」
「単に戦力になってないだけちゃうん?」
「うっさいわ!流石に消防学校出て1年近く経ってるんやから、
少しは役に立つようになってるわ。
大体、うちの署は沿岸部やし、人員の配置自体が不足気味やから、
俺みたいなペーペーでもいるだけましやねん。」
俺が高校卒業と同時に消防士採用試験に合格してはや2年近く。
無事に消防学校も卒業し、
配属先で立派?に社会人一年目を全うしようとしているというのに、
未だに息子のことを自分が受け持っている小学生達と
同レベルにしか考えていない母親の言に、
これまた大人げなく言い返す俺。
世間では親が小学校教師で息子が消防士と聞けば、
とてもちゃんとしたご家庭であるだろうと思われるかもしれないが、
実情はこんなものである。
まあ、一応身びいきなフォローをさせてもらえれば、
女手一つで育ててきた息子が
陸上競技のために3年間宮城の高校で寮生活、
卒業後もそのままそっちで消防士になってしまい、
一緒に過ごすのは年末年始くらいともなれば、
お互い子供っぽい対応になるというのも仕方のない所であろう。
そんな感じで久しぶりに関西っぽさ丸出しの親子漫才を
展開していたのだが、
俺の言葉に何か引っかかるものを感じたのだろうか、
急にお袋の声のトーンが低くなった。
「・・・なあ、もうちょっと安全な所に勤務できへんの?」
「あんなあ、消防士自体がいつも危険と隣り合わせなんやから、
そんなん気にしてたらやってられんって。
まあ、何年かして異動になったら仙台の方に行くこともあるやろうけど、
それはそれで火事での出動が増えて大変に・・・、
まあ、どこでも確実に安全とは言われへんから気をつけえってことや。
お袋だって生徒にそう言ってるやろ?」
「うん、まあ、もちろん、そうやけど・・・。
あ、お雑煮食べる?
おもち、淡路のおばあちゃん所からようけ、
送ってきてくれたから。」
「あ、ああ、うん。
じゃあ、貰うわ。」
お互い話が『気まずい』方向に行ってしまったことに気づき、
方向転換を図ったのだが、
やはりどうしてもぎこちない感じになってしまった。
中学生の頃、この感じがやりきれなく思えたことが
寮のある遠い東北の高校に入ろうと考えたきっかけでもあったのだが、
もうすぐ20歳になる今になって思うと、
これは俺たち親子が一生向き合っていかなければならない部分で、
離れていたからって解消されるものではないのだと
ようやく俺は気づき始めていた。
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俺の名前は高橋誠也。
神戸生まれの神戸育ち、
但し高校以降宮城県で生活しているため、
心はいぎなり(めっちゃ)東北人。
もうすぐ新成人になるが、
誕生日を聞かれたとき
「猪年の山羊座です♪」と答えるのは、
別にウケを狙っている訳ではなく、
『1995年の1月17日』を聞いて、
心穏やかでない人が地元神戸にも、
そして東日本大震災を経験した宮城にも
大勢いるから。
そう、俺の誕生日はあの阪神大震災があった日。
M7.3の都市直下型地震で、最大震度7、
死者約6400名、負傷者4万人以上、
倒壊家屋全半壊合わせて約25万棟、
全焼家屋約7000棟、
避難人数、ピーク時約30万人。
神戸にいた時も学校で何度も習ったし、
消防士採用試験の際には改めて細かい数字まで頭に叩き込んだから、
もっと細かい数字もちゃんと覚えてはいるが、
俺にとって、
そしてお袋にとって切っても切り離せないのは、
死者そして殉職者名簿に記録されている一人の男性の名前だけ。
高橋誠
享年30歳
職業:消防士
死因:罹災者誘導時における類焼家屋の倒壊による圧死またはその後の延焼による熱死
そう俺の誕生日は、
多くのかけがえない命が失われた日であるのは勿論のこと、
俺にとって会うことすらできなかった父親の、
お袋、高橋星子にとって
「この世でこんなに好きになることはない」くらい大好きだった旦那の、
変え難い命日でもあるのだ。
本当は短編として書きたかったのですが、
活動報告を書いて力尽きたので、
連載小説にさせていただきました。
短期集中連載として早めにまとめたいものですが、
復帰直後でもあるので無理のないように進めたいと思います。
それではどうぞお付き合いください。