8 反逆 と 計画
魔女はマナリアと名乗り、ボンテージ風の服装を恥ずかしげもなく見せている。
精神が人間とはいえトオルの肉体はドラゴン。そのため目のやり場に困る感覚はあれど、興奮はそう高まらずに済んでいた。そんなことなど気にもせず、マナリアは胸の下から腕を組み図らず強調する形をとった。
(なんだか変な人が来ちゃったなぁ)
トオルは助力と言われた辺りから嫌な予感がしていた。異性が家に訪ねてきたのは初めてで、それもこんな風変わりな、けれど美形の魔女がやってきた。不思議な気持ちが頭を悩ませ、首のつけ根をむず痒くさせている。
「人間かぶれ。なるほど、間違っていないようだな」
トオルは自分の出自は明かしていない。
地球で暮らしていた高校生だった。
そう口にして信じてもらえるだろうか?
笑われたりしたら嫌だ、そんな感覚で秘密にしていた。
「単刀直入でいこう」
マナリアは顔色を変えず、そう告げる。
「プライマル・ドラゴン。おまえの身柄を私にあずけてくれる気はないか? 王は問題が解決すれば報酬をいくらでも出すだろうよ」
自分はそういう名前のドラゴンらしい。
別の名前のドラゴンもいるのだろうか?
疑問を感じながらも、感情のままマナリアの言葉を拒否する。
「あの、別に報酬とか要らないよ。僕は日雇いのアルバイトをして生活できればそれでいいんだから」
ハッキリ拒否の意を示したつもりなのに、マナリアは聞いてくれなかった。
「宮廷魔女の私が直々にやってきたのはそれだけ緊迫した事態だからだ。国王は苦しみにあえいでいる。なぜなら信頼していた配下に裏切られ反逆の機会を虎視眈々と狙っている。そう知ってしまったからだ」
(あ、これ。とにかく話を聞けって目をしてる)
マナリアと目を合わせた拍子にトオルは彼女の意図を知る。
話を聞いてから断っても遅くはないだろう、と言わんばかりの視線だった。
「王の右腕たる大臣が反逆を企てる。物語でもありがちの展開だが、実際に起こり得る問題なのだろうな。今以上の権力と財力を得ようと何者かと手を結んだらしい。そいつの用意する装備が一般兵士にもなかなか強化していてな。王の配下は死を怖れぬ精鋭と自負しているし、実際、命を惜しまず燃やしてくれるのもわかっている」
マナリアは腕組みしたまま溜息ついた。
「だが命を燃やせば次はない。死んでしまえば数は減る。そして、どこの馬のホネかもわからない相手に強化された兵士はこちらの兵力を上回っている。最悪の状況を仮定しなくてはならない。勝つ自信がなければ動かないだろうし、宮廷魔女の私がいるのに襲ってくるということは、当然ながら私を倒す自信もあるということ。端折って言えば、勝つために力を貸せ」
「嫌だ」
トオルは首を横に振った。
「いつ襲ってくるかわからない相手と、僕に戦えっていうの?」
「いいや、日時はわかっている。明日の夜。王子の成人式があるのだが、それを襲うつもりという情報を盗み聞きして掴んだ。おそらくはワザと漏らしたのだろうが、理由はわからん。勝利の確信でもあるのだろうな」
「僕に関係ない」
「そこをなんとか曲げてくれ」
身を乗り出したマナリアは、耳元に囁いてくる。
「勝てば、なんでも願いを叶えてもらえるぞ?」
「嫌だ、争いたくない。僕は家で本を読んでいたいよ」
「本など後でいくらでも読めるだろうが! それこそ下賎な連中の計画を破壊し尽くした後にでもな!」
トオルはなよなよした拒否を続けたが、ここでマナリアは怒声をあげる。
ドン!
テーブルに左足を乗せたマナリアは、ビクついたトオルを見下ろし指差す。
「いいか! 反逆がおこなわれれば一族は皆殺しにされ王に忠誠を誓っていた兵士や家臣も殺される! そして大臣が国民をどうあつかうかもハッキリしていない。重税を課すかも知れんし、どこぞに戦争をふっかけるかもしれん!」
「・・・・・・」
「だがプライマル・ドラゴンのおまえがいれば、反逆の可能性をとことん削れる。少しは人のために役立とうと思わないのかおまえは」
「ねえ・・・・・・」
「ん?」
「プライマル・ドラゴンって、なに?」
マナリアは頓狂な質問を耳にし、真顔になっていた。