11 妹への愛は重すぎて
嫌なプレッシャーを鱗に当てられトオルは悩む。
彼は本当にジュリを心配してここに来たのだろうか。
夕暮れが過ぎ暗くなったドラゴンの巣ならぬ家のなか。
梁に吊るすカンテラに火を灯し部屋を明るくする。
(このひと・・・なにか変)
内心でつぶやいたトオルは新調した椅子に腰掛けていた。
尻尾を何度も椅子の足に巻きつけるため痕がついている。
「ジュリ。怪我はしなかったか? 変なのに追いかけられなかったか? 辛いことされなかったか?」
傍目からは妹の無事を喜ぶ兄そのもの。非の打ち所なしの、立派な兄だ。しかしながらトオルは異質な物を見るような目つきで、サリードを見つめていた。間違いなく本屋の店主から聞いた暗殺者の後継者らしいが、街の人よりも弱そうで、トオルは拍子抜けしているのだった。
「ジュリ・・・どうしてだい? 何が不満だったんだ?」
そして兄弟らしい妹とそっくりな顔立ちに、トオルは血は争えないらしいと考えていたが。
「兄上きらいだから帰って」
ジュリは珍しく感情を表に出している。
今は怒っているとハッキリわかる口調で拗ねた表情をしていた。
明らかに兄であるサリードの訪問が気に入らない様子。
「兄上はジュリが大好きだから帰らないよ。可愛い妹を残して帰れるはずないじゃないか」
しかし当のサリードは自分の姿勢を崩さない。どちらとも椅子に腰掛け向かい合う状態が続いているが、ジュリは拗ねた子供さながらの目つき。
「ジュリの気持ちは嬉しいんだ。兄上のために頑張ってくれようとしていたんだろう」
ここでサリードは彼女の行動を肯定するかに見えたのだが、そうではない。
「でもジュリは自分から傷つく真似をしなくていいんだよ。ジュリは冒険者なんだ。自分の身の丈にあった行動をするのが一番、相応しいんだ。そうだろう? 草食動物は肉を食べないし肉食動物の主食が草に変わることはない。それがあたりまえだからだ、ジュリがあたりまえじゃない行動をするのは、ジュリが傷つくだけなんだよ」
長い理屈であるが、一言でまとめれば「ジュリは自分にできることをしなさい」と言っているらしい。
「わたしのこと何にもわかってない! 構わないでください! それにその顔! わたしがどれだけ惨めになったか・・・」
顔? 惨め?
「鏡を見たらジュリの顔が見れる気分になっていいだろう? ほんのすこしだけどジュリが隣にいない気分が紛れるんだ」
・・・・・・もしかして、元々の顔じゃない? 察したが整形手術をしたわけではなさそうだと直感した。
「気持ち悪いです! わたしの気持ち何もわかってないのに、愛とか大事とか言って! わたしのこと追い詰めてるのに、どうしてわかってくれないんですか!!? ドラゴンを倒せば認めますよね! ね! もうつきまといませんよね!? ね!?」
目をうるませ兄に訴えるジュリであるが、当の兄は――――
「ジュリは何も出来ないんだから、兄上がしっかり守ってあげないと駄目だろ。ドラゴンを倒すなんてジュリ程度の実力じゃ出来ない。それに、たぶん自分の実力を認めて欲しいあまりに装備も整えてないんだろう? 自分ひとりの力で倒せたって、みんなに認めてもらいたいから」
「そ、それは」
「ジュリは可愛いなぁ。そんなことを考えてるなんて、無理なものは無理なんだよ。だってジュリのことは兄上が一番一番一番よくしっているし、無駄なものは無駄なんだ。弱いじゃないか、いままで何をできた? 自分の実力不足を嘆いているのに装備を整えないなんて、ほんとに、おかしなジュリ」
――――自分がとんでもない発言をしているのに、無自覚だった。
問題なのは今の発言の全てに愛おしさを噛みしめるような態度に、無上の親愛が込められていること。
「ジュリが産まれてから片時も離れず側にいたけど、教えていたじゃないか。無理は絶対にしちゃいけないんだって。ジュリは、ジュリの手の届くところで成し遂げられることだけをすれば良いんだよ」
畳み掛けられたジュリは泣きそうだ。
そして言葉の節々に滲む愛と裏腹な危険な思想。
妹を守るためといえば聞こえはいいのであるが。
トオルには自分の望んだ形に妹を矯正しようとしている、そんなふうにしか見えない。
(こ、これじゃあジュリがこんな性格になるのもわかるよ・・・)
トオルはふたりのやりとりを絶句しながら見つめていたが、なにげに自分が暗殺リストに加えられている事態に気づき、だれが依頼したんだろ? と人間不信気味になっていた。
「わ、わたし役立たずじゃない!」
ジュリは大声を貼り上げた。胸に手を当て兄を見つめ、必死に訴えかける。
「弱くない! どうして認めてくれないの!? 一度も、一度も、わたしを妹以外の目で見ない! わたしが足りてないのいっぱいあるの、わかるけど、兄上がずっとつきまとってたらわたし、駄目になっちゃう・・・」
「駄目になっちゃうだなんて・・・ジュリ、そんなに泣かないで」
妹の説得が通じたのだろう。
トオルはホッと胸をなでおろす。
「ジュリはいずれ、お嫁にいくんだよ。ジュリのことをなんでもしてくれる、優しい旦那様を見つけてあげるから、何も出来ないままでいいんだよ」
愕然とした。
これは、駄目だ・・・アイゼンの襲撃とき。
それ以上に胃袋が痛くなってきた。
ジュリの性格が異様なこと、妙に必死で認められようとしていたこと。
兄であるサリードの対応や言動で何もかも察してしまった。
(ジュリは兄が好きで、兄はジュリが好き。だけど、兄は一度だってジュリを妹として以外に認めたことがないんだ・・・)
自分の実力や立場を認められず、何も出来ないままでいていいと言われ続ければ、嫌になる。
そしてサリードは自分の主観からでしか妹の感情を測れていない、さらに言えば彼は妹を愛しすぎているため、傷つかれるのを極度に心配している。だから、平行線なのだろう。話し合いが、出来ていない。
「兄上・・・なんでわかってくれないんですかぁ・・・」
「あ、ジュリ」
無骨な家のドアを殴り壊し、ジュリは出て行った。
しかしサリードは何度か空気のにおいを嗅いで、うなずいた。
「追わないんですか?」
「うん。においを覚えたからもう大丈夫だよ。1週間は追跡できる」
なにそれ怖い!? 戦慄するトオルを他所に、彼は二の句を告げてきた。
「それより、ジュリの元に行ってあげてくれよ。話はそれからだ」
「え? 僕がですか?」
「他にだれがいるんだよ。あの子が一緒にいたってことは、きみはあの子にとって頼りになるってことなんだ。でもね、手を出したら肉屋の商品みたいに、体中の筋肉を骨から削いで地面に並べてあげる」
なにそれ怖い!?
「冗談だよ。でも殴るかな? いってらっしゃい」
「い、いってきます」
目は本気だった。
トオルは嫌な人物に出会ってしまったと後悔するが、ジュリの元を追う。
(うぅぅぅ、こんな変なのがお兄ちゃんだなんて、ジュリが気の毒になってきちゃうよ)
空気の香りを嗅ぎながら、トオルは彼女に同情した。




