2 スキルと練習
トオルは本能の赴くままに行動を開始していた。
何度も翼をはばたかせ、宙に浮こうと踏ん張った。翼のつけ根が痛むくらいに羽ばたき、羽ばたき、羽ばたきを繰り返した。いじめられているころに、よく空を飛んで逃げ出したい。そう強く願っていた。
――ここじゃない、どこかに飛び去りたい
大空を鳥のように滑空すれば、きっと鬱憤も憂鬱も風が消し飛ばしてくれる。そう夢想していた。
地球の、人間の体では叶わない強い願望が異界の、ドラゴンの体では成し遂げられる。
二日目にはようやく体が浮かび上がり、滞空時間も増えてきた。寝食を忘れ挑んだ挑戦。
(僕の努力が! ついに実った!)
トオルは笑顔になり、水晶の洞穴を飛び回る。楽しくなり、速度をあげた。
翼の上げ下げや、片方を持ちあげたり、逆に片方をさげたりすると右へ左へ飛び回っていた。
「うああ!」
すっとんきょうな声をあげ、飛ぶには狭い水晶の洞穴を必死に飛んでいる。涙が零れそうだ。
壁や天井に映しだされた自分は人間の姿とは似ても似つかない。ドラゴンの雛。それが今の自分。
けれど閉鎖された水晶の空間で飛ぶのは開放感があり、早く大空を存分に飛翔したいと口を釣り上げる。
ドラゴンの口が、ニヤァァ、と裂ける。
それはまるで、血に飢えた肉食恐竜だった。自分のニヤけ面が壁に映しだされ、トオルは驚愕。
「ひっ」
内気な彼は見慣れない自分の顔に怯え、翼を硬く硬直させる。結果、コントロールを失い壁に激突。
少々の痛みはあれども、水晶の床に落ちたとき、想像したよりも苦痛は少ない。せいぜい背中を小突かれた程度の痛み。
空腹になれば栄養たっぷりの卵のカラをビスケットよろしく齧り、カルシウムみたいな味を堪能していた。ぽりぽりして、魚の骨せんべいみたいだなとトオルはよく噛んで食べた。
本能が次に何をすればいいのか、即座に教え学ばせてくれる。
誕生したばかりの子鹿が必死に立とうとするみたいに、努力すれば良いのだ。
トオルは本能という教師に忠実に従いつつ、ドラゴンのスキルを習得しようとしていた。
「すうううう」
ゴオオ!!
吐出された熱風が水晶を過熱する。
息を吸い、ブレスの練習。飛行は移動の手段でありまだ弱い子供の、逃走手段。今度は自己防衛であり攻撃手段となるドラゴンの吐息を修得するのだ。
トオルの本能は吐け、吐け、とにかく息を吸い吐きだせと指示をする。
逆らわず息を吸い、喉奥に何かが開く感覚を覚えながら、息を吐く。
体内に存在する大気中の魔力を変換する臓器が、ドクン、と跳ね上がる。
「すううう!!」
ヴォゴオオ!!
喉奥から青白い火炎が吹き荒れる。電流のような輝きを放ち、バチリと鳴る。
吐き出したのは炎とは別種の存在――――プラズマであったがトオルは気づかなかった。
ただ自分が、強力な吐息を吐き出したのが嬉しくて、新しい技を習得したと喜んでいた。
「やった! やった!」
爬虫類さながらの尻尾を振り、にやけて両手を口先に当てる。
口のうえに鼻孔があるんだと今更ながらに気づき、ただニヤニヤしていた。
それからトオルはドラゴンの飛ぶ時の技術や魔力の使い方を学び、自主トレーニングを始めた。
1 尻尾の素振り1000回
2 翼の素振り 1000回
3 吐息の練習 1000回
4 腹筋、背筋 1000回
5 魔力の操作 を睡眠前に100回
生まれたての雛にとってはハードスケジュールだった。
しかし、トオルは意気揚々と少ない食事でこれを成し遂げていった。
ドラゴンの雛は環境の適応力が高くハードスケジュールを行なうため肉体はメキメキと強さ、たくましさを増していく。
図らずともトオルは並のドラゴン以上の実力を身につけた。
普通の雛ならばとっくに素立ちする時期になったというのに。
トオルは未だにトレーニングを続けていた。洞窟に生えている水晶をぽっきり折り、ガリガリ齧り腹を満たす。
「煎餅みたいな食感がする」
などと良い、硬い水晶を齧った牙は研がれ、さらに鋭さをましていた。
顎の強靭さが上昇し、首の筋肉が発達。胃袋など消化不良を起こしてなるものかと決起し、鍛えられていった。
かくして。
トオルは巣立たず、延々と練習を繰り返し水晶を齧りつつ言う。
「そういえば・・・・・・服はどうしよう?」
今の体は丸裸。鱗一丁。
外にでるのは少しばかり、恥ずかしい。
生前に発揮できなかった根性を遺憾なく出してます。
内気&いじめられて人間不信な部分はあれど、向上心は高い子です。
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