1 洞窟と雄叫び
洞穴の内側は天井から床に至るまでは水晶でいっぱいだった。
磨かれたものもあれば、天然の無加工のギザギザ・トゲトゲした水晶も多々あるのだ。触れるとチクチクした感触はするが、ドラゴンの鱗が貫かれる心配は無さそうだ。なぜかそう直感していた。
「これからどうしよう」
きらびやかな輝きを放つ洞窟のなかで、ドラゴンと化したトオルは溜息ついた。
突き出した口から一緒に、熱いモヤが放たれていたのは、いわゆるブレスの一つだった。
生まれたての赤子ドラゴンではブレスなど吐けようはずもなかったし、トオルが意識して出したものではない。
「・・・うーん」
うなれども景色が変わったり、自分が人間に戻ったりするわけもない。
これが夢かもしれない。そう期待しながら卵のカラにくるまってみても意味はなさそうだ。
自分がドラゴンの子供であるなら両親がいるはずだとあたりを見渡すも水晶しか見当たらない。
トオルの頭にドラゴンの本能が『両親はいない、独りで生きていく』と告げてきた。
どうやらトオルの転生したドラゴンの習わしで、気に入った洞窟や洞穴。人気のない場所に産み隠すらしい。丈夫な大人に育つよう、産まれたときから独り立ちさせるとは信じられない。
「でも・・・いいかもしれない」
考えてみれば地球に戻る必要はない。
どうせ自分の居場所はないし、自分のしたいことなど何もなかった。
ならばいっそ人生のリセットを完了させ、新たな道を歩けばいい。
前向きに考えれば考えるほどにトオルの胸はたかぶり心は踊っていく。
「そうだ、そうだよ。この世界にも本くらいあるだろうし、楽しいこともいっぱいあるはず」
尻尾を地面にたたきつけ、うんうん、首を縦にふる。ドラゴンは一定の時間を過ごした後に洞窟から出るモノであるらしい。本能がそう告げてくる。体の感覚と心の奥底に『訓練を経て巣立とう』。そう囁きかけてきた。
生まれてから暫くは本能に従っていこう。
あとは、素敵な生活が送れるかもしれない。期待しておく。
「よぉぉっし! どんどん成長したら、ドラゴンの能力を活かして・・・友達つくって、いっぱい遊んで、楽しんで、ウン! 読書もしたいし頑張ろう!」
オォォォ!!
トオルは子供らしい小さな、けれど歓喜に満ちた雄叫びをあげる。
これから自分のしたいことをして、いじめられる人生とさよならしよう。
「頑張るぞぉ!」
生前と同じように内気な性格をしたトオルは、考えかたは変わっていない。
「僕は、僕は、楽しくひっそり生きるんだぁ!」
誰も見ていないのを良いことに、両手を高々とあげ、尻尾をピンと伸ばす。
遠吠えを終えてから、左右を確認する。だれかに見られている気がして、猛烈に恥ずかしかったのだ。
こうして、トオルはドラゴンとして生きる道を選んだ。
けれど、気づいてはいなかった。ドラゴンはトオルの想像しているよりも危険な生物であり、気位が高いため中々に歩み寄ってくれる者も少ないのであるということに。