プロローグ 夕日と雷鳴
とある地方の、とある田舎のできごとだった。
年季の入った古臭い校舎の屋上に腐った魚――死後1ヶ月経過――のような目をした男がいた。家でいじめられ、学校でいじめられ、先程は牛乳を頭に引っ掛けられゴミ箱に頭から放り込まれてしまった。
牛乳で濡れた上半身にチリ紙や埃がついた状態で、髪の毛のなかに割り箸を入れる紙やケシカスがついている。夕暮れを見つめながらフェンスに寄りかかり、なんとも言えない気持ちだった。
「もーいやだ・・・」
鬱病になっていた。
いじめを受けるようになった発端は「いじめなんて詰まらない真似はやめろよ」と不良に説き伏せたのだが、途端に「弱いくせに正論をたれる空気よめないクズ」、そう蔑まされるようになった。
過去の人生は、少なくとも今よりは明るかったの。いじめられるようになってからは、何をしてもつまらないとしか感じられず、何をしてもやる気が出せなくなった。人生は灰色、憂鬱な日々が続いている。
「あ、今日はラノベの発売日だった」
だけど買う気になれない。買っても山積みになった積みラノベ。そして積みゲーが部屋にひしめいているのだ。まず読まなければ続編を買っても意味が無い。
「いっそ地球が滅べばいいのに。そうすれば、そうすれば」
夕日を見つめながら物騒なことを口走った少年は、この学校の生徒の坂下 徹である。
徹はいじめられた自分を恥じてはいないが正しい行いをしたはずなのに、なにゆえ不良と他の生徒からハブにされなくてはならないのか、納得がいかなかった。
「助けるんじゃなかった」
そう後悔していた。
いっそ見捨てればこんな不幸にならなかったのかもしれない。見ているだけなのはあまりに卑怯だから静止の声をあげ、このザマである。
この学校は戦後に立てられ50年以上の月日が経過した、由緒ある高校だ。頑張って入学したというのに、どうしてこうなってしまったのか。いじめは日々エスカレートし、ついに立ち入り禁止の屋上へ連れて来られ、今では手錠をかけられフェンスから離れられない状態だった。右手をあげっぱなしの姿勢はいい加減につかれたが、助けを呼んでも誰も来ない。
「このまま餓死かなぁ?」
だれもいない。だれもこない屋上を独り占めしている。
そう前向きに考えようとしたものの、やはり無理があった。
「僕の居場所がどこにもない」
学校の屋上からは、地平線までが一望できるのだ。その眼下にある街に、自分の居場所はどこにもありはしない。学校では孤立し、家でも孤立し、どこに行っても爪弾き。
「別の場所に行きたいよ」
もしも、神様がいるのであれば。
どうか僕の願いを聞き入れてください。
神様はあまりに理不尽だった。
それが急に曇り辺りは暗黒。
夕焼け色の空は闇一色になれば雷鳴が唸り、土砂降りの雨が全身を濡らす。
どこまでも、どこまでも、どこまでも、不幸の連続だった。
ゴロォ――――――ゴォロロロロンッ!!
空が妖しく光ったかとおもえば、
ピシャッ! ドゴオォオン!!
稲妻が屋上の避雷針に直撃。
その衝撃に徹はビクリと肩を震わせて、避雷針から分裂した稲妻がフェンスに絡まる。そのとき徹は雨で濡れていて、しかもフェンスは金属製だ。
「え・・・うわああ!?」
背中から、全身に電流が走る。
そのまま徹は体から煙をあげ、口を半開きにし、命を落とす。
「・・・・・・・・・」
いじめられっこの徹は、こうして短い生涯を終えた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・?
意識が、すこしずつ浮かび上がる。
(あ、あれ? なんだろ。意識がある・・・僕は稲妻に撃たれて、どうなったんだろう?)
両腕を伸ばし、両足を伸ばす。感覚と共に頭がハッキリする。
硬い何かに触れる感触。もしかしたら病院のベッドに眠っているのかもしれない。
目を開けると暗黒。屋上で見た雨雲を思い出し、少々ながら恐ろしくなった。
(ここは一体、どこだろう)
世界がひび割れた。
縦に光が漏れだし徹はまぶしさに顔を歪める。
(なに?)
ぴ、ピシ
(出られた・・・・・・!)
目に映るのはオレンジ色の夕暮れだった。
そして千切れ雲が点々と周囲を飛んで回っている。
あたりは水晶で覆われた洞穴で、足元を見ると磨かれたガラスのように綺麗な床がある。天然の、水晶の床だった。
「え? これ、どうなってるの」
自分の手を見る、体を見る。
突き出した恐竜のような顔立ちに2本の角。黄金色の瞳に鋭い牙。全身を包むのは宝石さながらの光沢を放つ鱗に覆われていた。
腰に違和感。振り向けば尾が生えている。
指は四本。足の指も同様の数だった。
映しだされた自分の体、表情は、ドラゴンにしかみえなかった。
「う、うああああああ!?」
坂下 徹の新たな人生。
その幕開けは、咆哮じみた悲鳴によって始まるのであった。