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10月に入ったのに真夏のような暑さの日々が続いている。太陽の長さだけはいつの時代も変わることなく冬に向かっていて、6時前にはもう夜の気配が色濃くなっていた。
「ごめん、待たせた」
そう言って息を弾ませながらやってきたのは里子だ。
「ううん、大丈夫。仕事忙しい?」
「まぁね。がんばってこき使われてるわよ」
「あはは。そっかー。お気楽なあたしとは大違いだ」
今日は久々の里子との約束。最近、里子はチームリーダーを任されているらしく、忙しいようだ。
お腹すいたねー、なんて言いながら予約した少しおしゃれなレストランへ足を向ける。
この店は窯焼きピザが有名なお店で、この店の焼き立てのピザは最高に美味しい。
お店に入って即効、「マルゲリータがいい!」そう言うと、里子は笑って同意してくれた。
「で、そっちの仕事は最近どうなのよ?」
注文を終えて、里子の仕事の愚痴を一通り聞いたころ、里子が水を向けてきた。
「んー、今は結構忙しいかな。依頼もらった仕事と、あとコンテストがもうすぐあるからそれに向けてのデザインもやらなきゃいけないし、全部一人でやらなきゃいけないからねー。結構忙しくしてるよ」
「そっかー、独立ってのも楽なもんじゃないよね」
「いや、むしろ大変だと思うよ。前に働いてたときは雑用に追われて自分の思うような仕事が出来ないって思ってたけど、実際独立してしまうと、その雑用全部自分一人でやらなきゃいけないってことに気づいたからね」
苦笑いしながら話していると前菜のサラダが運ばれてきた。
ここのサラダはドレッシングが美味しい。クリーミーだけどあっさりしていて、たっぷりとサラダにかけていただきたくなる。ただしカロリーが怖いけど。
二人でいただきますをして、サラダにフォークを刺した。里子が一口食べるのを待ってミオは続ける。
「実はね、今もう一つ依頼をもらってるの。大盛況でこんなこと滅多にないからすごく嬉しいんだけど、コンテストのことを考えると、受けようかどうか迷ってるんだよね。この依頼受けたら、また依頼してもらえるかもしれないでしょ。大きな依頼じゃないかもしれないけどね。でも、受けちゃうとコンテストの方に集中できないでしょ。このコンテストに掛けたい気持ちもあるんだよね。」
そこまで言ってミオはフォークに突き刺していたレタスを口に運んだ。
口に入れたレタスはサクサクと瑞々しい音をさせながら口の中で小さくなっていく。
「あ、やぱりこのドレッシング美味しいね」
そう言ってもう一口、口に運ぶ。
里子は何も言わず小さく笑って頷いてくれた。
「ミオはどっちがやりたいの?」
「どっちもやりたいの。どっちもやりたくて、どっちも諦めたくなくて、決められないでいるの。早く決めなきゃいけないんだけどね」
ざわざわとしていた店内が急に暗くなって、バースデーソングが流れた。
2つ隣の席に座っていたカップルの女性にローソクの立ったケーキが運ばれてきて、ワーッと店内に拍手が溢れ、「おめでとうございます」と祝福の声が聞こえた。サプライズらしい。
向かいに座った男性を驚いた顔で見ながら、照れて赤くなった頬を両手で覆い、嬉しそうに「ありがとう」と言っている。特別美人ではないその女性を、純粋にかわいいなと思った。
この人にはあたしが抱えてるような悩みはないんだろうな。純粋に今の時間を祝福された幸福な時間だと感じているんだろうな。なんてちょっとひがんだ気持ちになった。
「あたしにはさ、ミオが考えてることとか、負わなきゃいけない責任とか全然わかんないけど」
バースデーの彼女の方を見つめているあたしに、里子が続けた。
「ミオが一番いいと思う方を取るしかないよね。」
里子の方に視線を戻して、答える。
「そうなんだよね。分かってるんだけど。どうしても決めかねてて・・」
それだけ答えて、ミオは視線を手元に向けた。
「あ、そう言えばねこの前偶然乗換駅で大和に会ったんだけど、久々に同窓会でもしようって話になったんだ。もうずいぶんやってないでしょ。最後に皆で会ったの、いつだったけ?」
里子が明るい声で話始める。
「えーっと、春ちゃんの結婚式、とか?」
「だよねー。もう3・・4年になる?」
「そんなになるかー、早いねー」
そうか、じっちゃんと再会してから、もうそんなに経つのか。なんて考えが頭を過った。
「同窓会か。誰が幹事やるの?」
大和はどう考えても幹事をやるタイプではなかった。
「そりゃ、じっちゃんとか」
苦笑いしながら里子が答える。
「あー、まぁじっちゃんの担当だよね。こういうのって」
そう。こうやってみんなで何かをワイワイしたりしようって話になったとき、企画したり実行したりするのはいつもじっちゃんの仕事だった。
「まぁ、大和が本気ならじっちゃんと連絡とるでしょ」
「あ、そんなレベルの話だったのね」
「いや、そんなことないよ。結構本気で話してたもん。でもあたしじっちゃんの連絡先知らないし」
結局は他人任せな里子に笑ってしまった。そして他人任せな大和だから、この話はじっちゃんまでつたわらないかもしれないな、と心の中で思った。伝わってしまったら、じっちゃんはきっと実行までしてしまうだろうけれど。
その後すぐにやってきたマルゲリータは絶品の味で、食後に食べたスイーツもとても美味しくて、久々の里子との食事はとても楽しい時間だった。