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じっちゃんと一緒に過ごす時間は心地よかった。

いつだってじっちゃんは無理強いしないし、あたしのとりとめない話を決して聞き流さず聞いてくれる。じっちゃんと二人でいる時は、どんな時でも無理しなくていい自然体のあたしでいられた。


一度、ものすごく仕事が忙しくて体調が悪いままじっちゃんと会ったことがあった。じっちゃんは、げっそりと疲れた顔をしているあたしを見て、

「ミオ、疲れてるね」と心配気に言った。

「そんなことないです。大丈夫、ちょっと仕事が忙しいだけ」

弱々しく笑って見え透いた言い訳をしたあたしに抗議するみたいに、少しだけ強い口調で、

「ミオ、無理しなくていい。俺といるときはそんなに無理しなくていいよ。もし調子が悪いなら当日でもキャンセルしていいし、必要があればいつだって呼び出してくれればいい。無理なときは俺も無理だって言うから」

「うん」

あたしはその申し出が嬉しくて、でも申し訳なって小さく頷いた。

「約束しよう。俺たちの間に遠慮はいらない。無理なときは無理って言う。そうしなきゃ、会うことを無理するようになるだろ?そんな関係は疲れちゃうよ」

そうだった、じっちゃんはこんな人だ。いつだってさりげなく気を使ってくれる。そして自分が自然体でいるように、あたしにも無理をさせない。

「そう、ですね。ごめんなさい、ありがとう」

じっちゃんは、うん、よろしい。とても言うように大きく頷いた。

あたしのすぐ後ろを車が勢いよく過ぎていく音が聞こえた。疲れ切った頭のせいで全く入ってこなかった、街の喧騒とかネオンの明かりとかが突然あたしの視覚や聴覚を刺激して、自分が今街のど真ん中にいることを唐突に思い出した。

ずっと張り詰めていた緊張がちょっとだけ緩んだ気がした。

「さ、何食べたい?ミオが食べたいもの食べに行こう。早く食べて早く帰って休んだほうがいい」

あたしの顔を覗くようにじっちゃんが言う。

「う、うん」

「何がいい?」

「えーっと」

「遠慮しなくていいって今言ったばっかだろ」

今度は笑いながら言ってくれた。

「じゃ、じゃぁ、うどんがいいです」

「うどん?」

「体調が悪い時はいつもうどんを食べるんです、あたし」

「うどんね。ちょっと待ってて」

そう言ってスマホでうどんの食べれるお店を探してくれる。

「あった。そんなに遠くない。歩ける?タクシー拾う?」

「歩けます!」

タクシーなんて言語道断!無駄遣いだと思ってるあたしは即答で徒歩を選択。

そんな必死なあたしを見て、じっちゃんはくすくす笑う。

「タクシー乗ってもそんなにかからないよ」

「そんなもったいないことしません!」

「はは。ミオは逞しいな。体調悪いときくらい甘えればいいのに」

「大丈夫、早く行きましょ」


このことがあってから、あたしは今まで以上にじっちゃんに気を使わなくなった。と言うか、自分の意見をはっきりと言うようになった。そして今まで以上に何でもじっちゃんに話をするようになったし、相談を持ちかけることも多くなった。



当時勤めていた会社で行き詰まったときもそうだった。

あたしはいつも断れずに請け負ってしまう雑用に翻弄されすぎて、自分のやりたいことを何一つできないでいた。いくつもの仕事を掛け持ちするのはいいけれど、それをうまく管理できなくて、処理するために無駄な時間を大量に使ってしまう。

「ミオは要領が悪すぎる」小さい頃から度々言われてきたことだ。

「もう少し考えて物事を進めなさい」「どうしてそんなことまで引き受けてしまうんだ」「もっと仕事の流れを考えなさい」。ずっと言われ続けて、でもどうすることもできなくて。だけど“彼女に頼めば引き受けてくれる”なんて雰囲気が流れて、面倒なことはみんなあたしに押し付けてくる。だから余計無駄な仕事ばかりが増えてしまって、もうどうしたらいいのか分からなくなっていた。

そんなときじっちゃんは言ってくれた。「それがミオのいいところだよ」と。

だから、せっかく入社できたデザイン会社で好きなデザインを任されても、それ以外の仕事をうまく処理できず、結局は自分のやりたいことが何も出来ていないと思い知ったとき、今自分がやりたいことをどうしたら一番スムーズに出来るのだろうかと思い悩んでいたとき、

「ミオの好きにすればいいんだよ」「ミオにはミオのやり方で、ミオのペースでできることがある」「ミオの実力はちゃんと知ってるから」そう言ってあたしの独立を促してくれたのは紛れもなくじっちゃんだった。

じっちゃんがいなかったらきっと、あたしは社会に飲まれてしまって今でも好きなデザインを描くことなんてできなくて、縮こまったままだったと思う。



当時付き合っていた彼に振られたときだってそうだ。

偶然電話をくれたじっちゃんを無理やり呼び出して、夜中まで延々愚痴を聞いてもらった。

「やっぱりあたしじゃダメなんだ。あたしを好きになってくれる人なんて、もうどこにもいない」

「そんなことないよ。ミオにはいっぱい魅力がある。それに気づかなかったその男の目は節穴だ」

愚痴って泣いて、手のつけようがなかったあたしの面倒を最後まで見捨てず見てくれたのはじっちゃんだった。それからしばらくはほぼ毎日のように会って、一人になりたくないというあたしの食事に付き合ってくれていた。



男女間の友情は成立する。

じっちゃんは今まで信じてこなかった、あたしのこの信念を覆してくれた人物だった。

あたしにとって、じっちゃんは共に何かを戦った戦友みたいな特別な友情で固く結ばれているような、お兄ちゃんみたいに決して切れることのない何かで結ばれているような特別な存在で、あたしたちの関係はものすごくバランスの取れたものだと信じていた。

つまり、あたしたちが男女の関係になったことは今まで一度もなかったし、これからも二人の間に恋愛感情が混じることはありえないと信じて疑わなかった。





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