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短編

いちご牛乳

作者:

ドグワシャッだなんて、よくわからない音を立てたのは紛れもないあたしだった。なんでそんな不気味は音を立てたのだろうか。あたしは自分でもよくわからずに、記憶を探る。

あれ、なんか心臓がばくばくするよ。活発に動きすぎてちょっと胸が苦しい、ほんと勘弁してよ。ええと、どうしたんだっけ。


そこまで思考を廻らせていると、呆れかえった声が聞こえた。

「何してんだよ、お前ほんとに挙動不審だよな」

ああそうだ、全て思い出した(というよりは、冷静になって記憶の整理がついた)。

こいつのせいだ、こいつのせいで今あたしの手の中にある、いちご牛乳の紙パックがあたしの握力によって握りつぶされたのだった。圧迫された紙パックは、容積を失ってストローから、なんとまぁ甘い香りが漂うピンク色の液体が素敵にも飛び出てきたのだ。おかげであたしの手は、素敵にもピンクまみれ。くそ、べたべたする。


「ぅ、ああああ。べたべたする、べたべた!!」

よく見ると、服にもついている。今日の昼休み後の眠い授業が、体育でよかった。おかげであたしはジャージ。私服がべたべたする事態を避けた。けれど、あたしは昼休み後の授業、もしかしてこのべたべたでやらないといけないのか。

「反応遅いなぁ」

けらけらと笑うこいつは、あたしのクラスメート。むかつくことに、こいつのせいであたしは動揺に動揺を重ねている。勘弁してくれ、こいつに翻弄されっぱなしは気にくわない。


こいつは、とても明るくて人付き合いが苦手なあたしも、気兼ねなく喋れる数少ない友人だった。と、言っても、あっちがあたしを友人として見ているのかはわからない。もしかしたら、少し言葉を交わす程度のクラスメートという認識なのかもしれない。ただ、あたしにとっては友人だった。気兼ねなく喋れる友人なんぞ、片手で数えられる程度の交友関係しか結べないから。


昼を共にしていた友人は、彼氏のもとに向かって不在。おいてけぼりを喰らったあたしは、「おいでよ、紹介したい」なんて言っている友人の彼氏と仲良くなる勇気も無くて、首を横に振って教室にとどまった。そんなあたしに、毎日毎日ちょっかいを出すのが、こいつだ。

この、男。

「べ、べたべた…」

あたしは内心泣きそうになった。

甘い香りを漂わせながら、大嫌いな体育をしないといけないのだろうか。困ってあたふたして、いちご牛乳を拭き取ろうとタオルでぽんぽんと軽く拭ってみても、当たり前だがとれはしない。


原因を作った張本人は目を丸くすると、「大変そうだな」と笑った。

こいつ、誰のせいでこんなことになってると思ってんだ馬鹿野郎。と心の中で悪態をつくが、決して口には出さない。出す勇気は、断じてない。


惚れた弱み、とでも言うのだろうか。

きっとあたしはこいつに惚れてしまったのだ。暴れる心臓や、熱い顔、挙動不審はきっと恋の病からくるものだろう。なんてベタな、そしてなんて人選をしてしまったのだ。よりによって、こいつ。いつも集団の中心にいるような、性格のいいクラスメート。

握りこぶしの中の潰れた紙パックは、そんなクラスメートに声をかけられて動揺したためのものだった。無惨、そしていちご牛乳が…あたしの、大好きな―――…いちご牛乳…ショックすぎる。

「大丈夫か?」

「え、いや…うん…」

口が回らない。ええい、こっちを見るな。恥ずかしいだろうが。そんなあたしの心の内は、届かない。


「それで体育すんのかぁ、そりゃ辛いな」

原因の張本人はそう言うと、頬杖をついてあたしに爆弾を投げた。

「俺、ジャージ上下と、半袖短パンあるからさ、どっちか貸そうか?」


お前は馬鹿野郎かよほんとに。

こうしてあたしは、またこいつの笑顔に魅せられてしまうんだ。


「つッ…ついでに、いちご牛乳も…買って」


結局あたしは、ぶかぶかの半袖短パンを借りた。半袖は七分そでみたいになるし、短パンも長い。ゆるゆるぶかぶか、そんな状況であたしは、服から漂う持ち主の匂いを紛らわすために、必死で、死ぬ気で、いちご牛乳の甘い匂いを思い出すのだった。

短編〝コーヒー牛乳〟と繋がっています。

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