リンクコード受信、そして送信
前回までのあらすじ
女の子とドキドキの携帯番号を交換しようとしたら、魔力切れで携帯が動かないのであった!
もっと色々あったような気もするが今の俺にとっては折角のドキドキイベントが潰された事の方が重大な問題だ。
この携帯電話(?)はどうやら動かすのに魔力とやらがいるらしい。
頭おかしいんじゃないか。一般人はどうやって通話するんだよこの世界。
家から出る前に確認すれば良かった。プライベート携帯を殆ど見ない普段の悪習が出た。
「桐嶋さん?どうかしました?」
何が起きているか分らないと言った顔で観月さんは問いかけてくる。
彼女は自分の携帯が何時の間にか訳の分らないマジックアイテムになっている事に気づいてないのだろうか。
「ハハ……何だかこの世界じゃ私は、携帯すら使えないみたいです」
乾いた笑いを浮かべながら、俺はディスプレイを彼女に見せる。
「ま、魔力が足りない……?どういう事なんですか?」
それは今、俺自身が一番知りたい事だ。
「私のは……普通だったと思うんですけど」
彼女はそう言うと、自分の携帯を覗き込んだ。
「やっぱり大丈夫ですよ。ほら!」
そして俺に自分の携帯を向ける。
数世代前のデザインをしたガラケーには問題無く光がともっていた。
バッテリーもアンテナも問題無しの普通の携帯に見える。
……でも、何かこの携帯のバッテリーアイコンちょっとおかしくない?
現在は充電してないはずなのに、充電されているかのような表記になっているんだけど。
「今、携帯の充電なんてしていませんよね?」
俺は見ればわかる当然の事を聞いてみる。
「え、ええ……していませんけど……」
当然の事を聞かれて困惑している様子の観月さん、
ちょっと待って引かないで。キモイ事とか言わないから。
「何でバッテリーアイコン、充電中みたいな表示になっているんですか?」
「えっ!?あ、あれ……」
もしかしたら……もしかしたらだけど。
俺の中で一つの推論が生まれる。
「あの……ちょっと私の携帯を持って頂けませんか」
「は、はい」
彼女は困惑しながらも了承してくれた。
良かった!キモイとか汚いとか思われて無さそうだ。
携帯を観月さんに手渡す。俺の推論が正しければ……
【魔力チャージ中です】
ディスプレイにはそう表示された。
そしてバッテリーアイコンが充電器と繋いだかのように充電中表示となる。
「あの……これって……」
「観月さん……」
「は、はひ!」
「……魔術とか使えるんですか?」
「し、し知りません!!私一般人です!魔術とか使えないです!
使おうと思った事も無いです!ミエナイブログもたまたま見ていただけです!!」
いや、こっちで最初に俺と会った時、割とノリノリで世界救おうとしていたよこの人。
何らかの超常的な存在と契約を交わそうとしていたよ。
真っ赤になった観月さんは、俺の胸倉を掴んで必至に弁明を始める。
俺の人生で女の子とこんなに接近したのは、妹を除けば初めてじゃないだろうか。
嬉しいけど、本当に苦しい。
「ほ、ホントに……あのブログのヘビーユーザーとかじゃないんです!
信じてますよね!?桐嶋さん?違うんですよ!大丈夫ですよね?ねっ!」
「し、信じてる!信じてます!観月さんは普通の人です!一般人です。
何故かマジックアイテム化した携帯が充電出来る体質なだけです!」
「そうなんです!何故か携帯が充電できるだけなんです!」
そんな体質もどうかと思うけど等とは決して言わないでおこう。
「とにかく私達の知っている常識は、この世界じゃ全く通用しないと言う事は分りました」
「そうですね……でも、どういう理屈なんでしょうか?私が持っていたら充電されるのって……」
どうやら落ち着いたらしい観月さんは当然の疑問を口にする。
この世界のdotomoショップの店員にでも聞けば回答は出るのだろうけど
一般常識すら知らない情報弱者と思われてしまうのは間違いない。
「多分……俺よりも魔力が高いんですよ」
「だ、だから私は……」
「大丈夫です。変な話じゃありません。きっとこの世界じゃ常識なんですよ。
携帯を……魔力とやらで充電するって言うのが。元々の世界では、電気を使って
充電していたのが、魔力に変わっているだけなんでしょう。
どうも私はその辺がこの世界基準に対応してないみたいですね」
「そういうものなんでしょうか……?」
「まぁ、完全に推測ですけどね」
観月さんがまたテンパらないように、努めて冷静に話す。
俺の推論が正しいとして、全く俺だけ人生ハードモードなの勘弁してくれないかい。
相変わらずこの人生と言うゲームは、俺には厳しく出来ていやがる。
泣いて良いかな。泣いてこのクソゲーを窓から放り投げても良いかな。
「何だか充電終わったみたいです」
「す、すごいですね。まだ渡して数分しか経ってないですよ」
「……魔力高いですもん」
少し不貞腐れたように口を尖らせ観月さんは言う。
あんまり「魔力高いですね」とか、「中学2年生っぽいですよね」とか言わない方が良いだろう。
ただ、ちょっと可愛いので、時々は言ってみようとも心に決めた。
しかし、魔力さえ有れば携帯の充電いらずって便利なものだ。
10年後の未来の俺が持っているすぐ充電の切れるスマートフォンにもこの機能欲しいくらいだ。
もっとも、俺じゃ充電自体が出来ないと言う問題を抱えているが。
「取り敢えず観月さんのお蔭で携帯使えそうです。ありがとうございます」
「い、いえ……私はただ握っていただけですし……」
謙遜しないでください。あなたはきっと偉大な魔法使いなのです。
等と言ったらまた真っ赤になってくれるのだろうか……
悪戯心は封印して、最初のミッションに戻ろう。
携帯は使えるようになった。ならば……今するべき事は一つ!
言うんだ俺。この瞬間を待っていたとばかりに言葉を紡げ。
「あ、あの……その……えーっと……」
言えない!『それじゃ番号の交換しましょう』と言いたいのに、言えない!
さっきまで割と饒舌に喋っていたのに俺!大丈夫、行けるよ俺!
そもそもこの提案は最初に向こうから言い出した事じゃないか。
これで断られるなんて有り得ない。有り得るものか……!
『あー、あたし、メールしない主義だからー』
『あ、そうですか……』
『う~ん、初対面の人とは交換しないようにしてるの!
また【みんなで】遊ぼうね』
『う、うん……』
え?何この走馬灯。すっごい嫌なんですけど。
「じゃ、私が番号送信しますね。えーっと……」
天使だ。間違いない天使だ。結婚してくれ。
中二病でも俺は構わない。君が望むならば俺も封じられた記憶を紐解こう。
人生はクソゲーなんて嘘です。人生最高です!
「変な事……考えてないですよね?」
カンガエテナイデスヨ。
観月さんが赤外線送信してくれると言うので俺は受信モードに切り替える事にする。
問題なのはこれが普通の携帯のように使えるとは限らないと言う事だ。
何せ、言い方は悪いがこれは人の魔力を吸い取って動く魔道具だ。
恐る恐る、余り使った事の無い赤外線受信機能を呼び出す。
【リンクコード・受信】
恐らくコレが赤外線受信機能だろう。
面倒!何だか良く分らない説明書の無い海外製品触っているみたいで面倒!
「赤外線じゃないんですね……」
「まぁ、私達の世界とは常識が違うんでしょう」
ともあれ一応携帯は普通に動いている。
一旦魔力さえ充電されてしまえば、使用者は誰でも構わないと言う事だろう。
「それじゃ送信しますね」
「どうぞ」
その瞬間、観月さんの携帯に魔法陣が出現した。
青白い光を放つ魔法陣は、そのまま俺の携帯の方へ移動すると
そのまま吸い込まれるように消えて行った。
……エフェクト無駄にすげぇ!
今のってただ赤外線通信的な事しただけだからね。
割と凝った装飾の魔法陣とか出てきたけど。
これ、元の世界で出来たら売れそうだな。
ちなみにこの光景を目撃した観月さんは小刻みに震えている。
「これって……これって……桐嶋さん!桐嶋さんも私に送ってください!早く!」
「りょ、了解です……」
口元がちょっと嬉しそうなのは突っ込まないでおこう。
こうして無駄に凝ったエフェクトに包まれた携帯番号の交換は終わった。
そうしているうちに時間は既に夕方になろうとしていた。
本来の高校時代の俺ならば学校帰りに悪友と、コンビニで肉まんでも買っている頃か。
「それじゃあ、遅くなって来ましたし私はそろそろ帰ります」
「はい、お互いに明日は10年後だと良いですね」
「…………そうですね」
少し暗い顔をする観月さん。
「もしも、桐嶋さんは……元の世界に戻れなかったらどうしますか?」
「うーん……私、魔力無いですしね。身の振り方考えるの大変そうだなぁ……
こっちの世界でも魔法アイテムの営業でもするのかな。ポーションのノルマとか有ったら嫌だなぁ」
俺の冗談めかした発言に、観月さんは少し笑ってくれた。
実際にポーションメーカーとかはきっと大手企業だったりするんだろうから
恐らく元の世界で言うと特筆する才能も無く、学歴も全く無いレベル状態の俺が就職出来るとも思えないが。
「……私、明日まで待って戻れなかったら……一回学校に行ってみようと思っています」
「は……はぁ!?」
それは英語圏以外の国にいきなり単身留学するより酷い事にならないか!?」
携帯電話一つでこんだけ四苦八苦したのに、学校の勉強とか怖すぎる。
「何か良い情報が有ったら連絡しますね!」
そう言って頭を下げると、俺が来たのとは反対方向に観月さんは帰って行った。
戻れなかったらか……なるべく考えたく無い。
観月エリナとの出会いで幾つかの事実が発覚したが、最大の問題は、俺に魔力が無さそうだと言う事だ。
携帯電話や学校の教科書を見れば分るが、恐らく魔術はこの世界の基盤となっている。
まだサンプルケースは少なく、魔力が無いのが俺だけなのか、それとも相当数いるのか
それによって、今後の身の振り方も変わってくる。
さっき言ったように寝て起きて元に戻っていれば良いのだが、もしも戻れなかったら、どうするか、考えたくは無いけど、考えざるを得ないのかもしれない。
そんな風にシリアスな事を考えているはずの俺は、『観月エリナ』と登録されたアドレス帳を見ながらニヤニヤし続けているのだった。