もう一人の来訪者
「ミエナイブログって知ってますか?」
明らかに彼女の表情は変わった。
間違いなく彼女はあのブログの事を知っている。
西暦2013年の2月に開設されたあのブログの事を知っているのは
俺と同じような境遇にある人間だけのはずだ。
「…………」
どう答えたものか考えを巡らせているのだろう。
俺は女の子と喋っていると言う緊張感をひたすら感じながらも
思考を営業マンモードに切り替える。これはお仕事だ。
やらざるを得ないマストのミッションなんだ。
訳の判らない世界でやっと出会えた共通認識を持ってるかもしれない相手なんだ。
絶対にこの機会でお互いの情報を交換しなければ。
「申し訳ありません。急に声をかけてしまって。
実は、確認したい事があったので。少し宜しいですか?」
完全に仕事モードで会話する。
変にフランクに話そうとすると絶対にキモイ笑いとかしちゃうからね。
怪しくないですよ!僕は完全にまともなサラリーマンですよ。見た目は学生だけど。
彼女は黙って頷くと真っ直ぐに俺の目を見ている。ちょっと恥ずかしい。
こんなに可愛い女の子に見つめられた経験は……じゃない!話を進めなくては。
俺は本題を切り出す。
「西暦2013年……あなたはそこから来られたんじゃないですか?」
彼女は俺の放った言葉を反芻しているようだった。
そして、彼女は決心したように口を開いた。
「……あなた……あなたがこの世界の創造主!?」
えぇー……そう来るの?
こんなサラリーマン風な会話仕掛ける世界の創造主とかいるの?
「私をこの世界に召還して何をさせるつもりなんですか!?」
さっきまでとは打って変わって彼女のテンションは明らかに上昇している。
ちょっとこのテンションについていけない。
そう言えばこの娘、焼肉屋でも酔って痛い事言ってたな……
「ミエナイブログは本当に扉を開いた……
やっぱり私が救世主とかそういう展開ですか……!?」
待って。さっきまで暗澹としてたのは何なのこの娘。
ちょっとやる気じゃないっすか。世界を救う気満々じゃないっすか。
「ま、待て!違うから!!話そう。お互いにきちんと状況を整理しよう!」
「判りました。何か契約とかあるんですね?わ、私頑張ってみます!」
「ちょ……違うって!」
俺は何とか彼女を落ち着かせようと必死だった。
取り敢えず彼女がミエナイブログを作った魔術師と言う線は考える必要が無さそうだ。
「……本当に申し訳ありませんでした……ちょっとその取り乱しちゃって……」
「い、いえいえ……こんな状況ですから仕方ないですよね」
数10分後。俺は何とか彼女のテンションを落ち着けていた。
完全に素になった俺達の会話は、もう何か異世界台無しな感じだ。
「あ、改めまして……私は桐嶋ユキトって言います」
「あっ!わ、私……観月エリナです!宜しくお願いします」
名刺交換のノリでお互いに頭を下げながら自己紹介をする男女高校生@異世界
中々レアなシチュエーションでは無いだろうか。観月さんがテンパってくれたお陰で
逆に俺は緊張が解けたと言うか、普通に会話出来ていた。
「あの……桐嶋さんは……ミエナイブログの管理人さんじゃないんですよね?」
まだ言うかこのエリちゃんは。
「さっきも言いましたけど、私はたまたまあのブログを見ただけです
一応聞きますけど、観月さんも一般の人……ですよね?」
焼肉屋では何か色々怪しい事喋ってた気もするが。
「え?あ、あ……はい!一般人です!すっごく一般人です!!」
あの焼肉屋での事を聞いてみるべきだろうか……
ストーカーとか疑われたら嫌だから、今は止めておこう。
でも、きっとこの人は一般の人じゃないよね。多分、永遠の中学2年生だよね。
「あの……失礼なんですけど、桐嶋さんって……ウチの高校なんですよね?」
「はい。多分ですけど、今は高2だと思います。ちなみにここに来る前は26歳でした」
「あ、じゃあ、多分私の一つ上なんですね。学生時代にお会いした記憶無かったので……」
多分、同学年でも君みたいな可愛い子と俺が記憶に残るような会話を交わす事は無かっただろうと言うのは悲しいから心にしまっておく。
「ちなみに……私は家族構成とかは、替わってなかったんですけど観月さんは?」
「私もそれは変わってませんでした。でも、色々細かい所がおかしいんです。
それできっと……ミエナイブログせいなんだろうって思いました。
街に出てもこんな事になってて……ちょっと怖くなって来ちゃって……」
そこに俺が現れたというわけか。
ごめんねただの一般人で!話を進められるキーパーソンじゃなくて!
「い、いいえそんな……!でも、凄く安心しました。
私だけじゃなくて……元の世界を覚えてるのが。本当に会えて良かったです」
え?何コレ。俺好きになっちゃうよ。チョロいよ俺。勘違いすぐするよ。
「あの……桐嶋さん……?」
「あ、いや……何でも無いです。ちょっと考え事を……」
しかし、真面目にこれからの事を考えなきゃいけない。
「ちなみに……観月さんは、こうなってどれくらい時間経つんですか?」
「金曜日の夜寝て……起きたらこうなってました」
「状況は一緒って事か……」
と言う事は寝て起きたら解決すると言う事も有り得るわけだ。
「明日を迎えてみたら、全部元通りって事も有るかも……」
「………そうかもしれないですね」
ん?ちょっと残念そうな顔してるような。
「あの……もし良かったら番号交換しませんか?
もしも、戻らなかったら……色々考える必要あると思いますし……」
………え?
番号の交換……?
聞き間違え……いや、確かにそう言った!
マジで……!?女の子の方から番号交換のお誘い……
マジか……!?俺の一生分の運気使い切ったんじゃないの、この瞬間!
もう我が生涯に一片の悔い無しだよ。
「あ、あのー……桐嶋さん?」
「ひゃい!!」
ひゃいじゃねーよ!スマートな大人の男を演じるんだ俺。
ここでキモイと思われたら全てが終わる。
「そ、そだね。今後のためにもね。交換した方が良いよね。
いや、この時代ってまだガラケーなんだよね。ガラケー」
全然スマートじゃない。
そう言えば、意識せずに持ち出していたが携帯はあるんだよな。
俺は出掛ける時に取り敢えずバッグに突っ込んだ携帯を取り出す。
さぁ、我が携帯よ!素晴らしき時間の始まりだ!!
「あれ?」
「どうしました?」
携帯のディプレイにはこう表示されていた。
【魔力が足りません】
ち、ちち……ちくしょおおおおおおおおお!!!