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知らない10年前

 一旦部屋に戻った俺は、自分の机を漁る。

 そこにあるのは『数学』や『英語』、『現国』と言った俺の見知った物ではない。

 並んでいるのは『錬金学入門』『魔術理論Ⅱ』『魔術理論B』etc


 何だこれは……


 見たことも無い教科書らしき本が並んでいる

 書いている内容も全然理解出来ん。

 どうしてこんな事になっているんだ……

 ここには俺の家族もそのまま存在しているし

 俺の実家も存在している。


 だけど根本が、世界の土台が全然違う。

 ユキコや母さんの反応を見る限りでは

 この世界がおかしいと思っているのは俺だけのようだ。


 これじゃチートどころか

 全裸でヨハネスくらいの難易度じゃないか。

 学校に今行くのは拙い気がする。

 全く状況理解が進んでいない中で学校に行って

 この教科書の内容の授業されても分らないだけならともかく

 完全な不審者みたいな反応してしまう可能性が高い。


 サボろう。


 これは逃げでは無い!勇気ある撤退だ!

 とにかく冷静になろう。慌てても仕方がない。

 仕事でもミスした時に一番大事なのはどれだけ冷静に

 リカバーが出来るかだ。

 俺はまだ断片的にしか現状を把握していない。

 現状を少しでも把握する必要がある。


 母さんの性格は世界が変わっても変わってないように思う。

 以前の俺もたまに学校サボったりしていたが

 それに対してそこまで咎められた記憶は無い。

 たまーにある不肖の息子の反抗として軽く流してくれるはずだ。

 俺はバッグに部屋の中にある、役立ちそうな物を詰めると玄関に向かった。


「んじゃ、いってきます!」

「忘れ物しちゃだめよ」


 台所から母さんの声が聞こえる。

 俺は未だに淡い光を放っている玄関の魔法陣を避けて

 外に出るとダッシュで玄関から離れた。


 まずは機動力を確保しなければ。

 俺は自転車を置いてあるはずの物置に向かう。


 そう言えば自転車ってこの世界観で存在するのか?

 あんなファンタジックな移動手段がある世界において

 自転車とか開発されるのだろうか?


 疑問を持ちつつも、玄関から徒歩30秒の物置に到着した。

 そこは10年前の実家の物置そのままで、自転車も存在していた。

 ありがたいけど、本当にどういう世界観なんだよ……


 取り敢えず駅があるはずの方まで行ってみよう。

 果たして電車と言う交通機関は存在しているのか?

 またこの町は俺の知っている田舎町で正しいのか?

 その辺をきちんと確かめておきたい。


 駅までの街並みは、俺の記憶と一致する物では無かった。

 知っている風景もあるのだが、その上に無理矢理違った世界観を混ぜ込んだかのようだった。

 現代日本(と言っても10年前の田舎町だが)に無理矢理ファンタジーの皮を被せたような。

 何というかグチャグチャな世界だと言うのが感想だった。


「どうすっかね……」


 駅のベンチに座り込み、呟く。

 電車は動いている。しかし、それは若干空中に浮いていた。

 行きつけだったゲームショプは、魔法カードとやらを売る店になっていた。遊び方分らん。

 本屋は普通に漫画も売っていたが、学術書のコーナーは魔術書のコーナーに変わっていた。

 食料品に関しては、大きな変化は無さそうなのが救いか。


 見て回った結論


 ここは俺の知っている世界に良く似ているが、知らない世界だ。

 更に言うなら、どうも魔術とやらが発展した世界だと思われる。

 こうなった原因は……考えたくないが、あのブログだろう。


 ため息しか出ない。

 10年前に戻れたらと言う妄想の結果がコレだとしたら。

 恨みますよ藤野さん。あの時焼肉屋であんな話しなければ

 そもそも飲みに行かずにあのまま残業していれば、俺は平穏な土曜日を過ごせていたんじゃないだろうか。

 少なくとも変なテンションで、あんな怪し気なブログは読まなかった…………と思う。


 これからの身の振り方をどうするか。

 当然魔術なんか一切知らない状態の俺は、学校じゃ完全に残念な扱いをされるだろう。

 全く、カリキュラムは分らないが、落第生となるのは間違いない。

 以前のレベルの社会的地位は難しいかもしれない。いや、無理だな。

 もっと俺が優秀ならば、この世界に科学を持ちこむなんて事も出来るんだろうが

 残念ながら、普通の営業マンだった俺にそんなスキルは無い。


 考えれば考える程暗澹とした気分になってくる。

 今朝、洗面台の前に居た時の高揚感は完全に消え去っていた。


 家族があんな状態だと言う事は、俺の現状を理解出来る人間は居ない可能性が高い。

 理解者も居ないまま、社会システムの違う、今までと良く似た世界で生きていく。


「はぁ……」

「はぁ……」


 俺が再び大きなため息をつくと、何故かため息がはもって聞こえた。

 気づくと、隣のベンチにも俺と同じように項垂れている少女が居た。

 俺と同じ高校の制服を着ているが、高校時代に絡んだ記憶は無い。

 暗く沈んだその表情は、人を寄せ付け無い雰囲気を醸し出している。

 それでも非常に端正な顔立ちをしているのは見てとれた。


 彼女は俺の存在など見ていない。

 俺と言う存在に気づいてもいない。

 しかし、俺は気づいてしまった。

 記憶よりも若干幼いその顔は確かに見覚えがあるものだった。


 決して10年前の知り合いと言うわけでは無い。

 現時点で彼女とは「ほぼ」初対面だ。会話した事も無い。

 しかし、「完全な」初対面では無い。


 普段の俺ならば、思いつめた表情をした女の子など華麗にスルーしてその場を立ち去るだろう。

 だが、この時の俺はそうしなかった。


「あ、あの……エリさんですか?」

「え?}


 多少ドモったが、ドゥフフフとか言わなかっただけマシだろう。

 自己評価として80点の出来栄えだ。基準が低いとか言うな。


 何度も言うが、彼女とはまともな面識など無い。

 ただ、確かに彼女はあの時喋っていたのだ。

 あの焼肉屋で、酔っぱらいながら


『ミエナイブログ』の事を!


 エリは不審者を見る目で俺を見ている。

 なるべく爽やかに行ったつもりだったのにダメか!?


「ど、どちらさまでしょうか?」


 完全に警戒しながら彼女は言った。俺を見る目もほぼ犯罪者を見る目だ。


 既にこの空気無理なんですけど。戦略的撤退したいんですけど。

 いきなり知らない女性に話しかけるとか難易度ナイトメアなんですけど!


 もう帰って何もかも忘れて眠りたいと俺の心が叫んでいる。

 そんなチキンハートを断ち切ったのは、藁にもすがりたい思いに他ならなかった。


 俺は深呼吸して心を落ち着ける。

 今から喋る事で、痛い人と思われても良い。俺と彼女は元々10年前知り合っては居ない。

 仮に拒絶されても、それで俺と彼女の関係は終了。元の通り二度と関わりが無いだけだ。

 そう自分に言い聞かせながら俺は彼女の問いに答えずに、質問を重ねた。


「……ミエナイブログって知ってますか?」


 その瞬間、彼女は大きく目を見開いた。

 彼女の表情の変化で、俺は賭けに勝ったのを確信した。


 彼女は知っている。元々の世界を。


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