強くてニューゲーム?
俺は洗面台の前に立っていた。
そこに写し出される俺の顔は明らかに若返っている。
明らかに肌のハリが違う。完全に高校時代の俺だ。
「あのブログマジだったのかよ……」
誰に言う訳でも無く俺は呟く。
時間を超えるのはレベル5の一番難易度の高い魔術じゃなかったのか。
まさかこの俺が伝説クラスの魔術師だったと言う訳か……
三十才を超えた童貞には魔法が宿ると言う話を聞いた事があるが、
俺はまだ二十六才だったからね!三十まであと三年と数か月あったんだから!
しかし、これは人生チートモードに入ったと言っても過言では無いのではないか?
はっきり言って強くてニューゲームだ。俺はこれから十年間の間で起きる事がほぼ分っている。
これを利用すれば、社畜となりあくせく働く必要はもう無いだろう。
あの会社で知り合った人達は割と良い人だったから
それと知り合えなくなってしまうかもしれないのは少し残念ではあるが……
だが、既に賽は投げられてしまっている。
ミエナイブログの言うとおり、もはや引き返す術は無い。
だったらこの環境を最大限利用させて貰おう。
それが選ばれしレベル5の魔術師の特権と言うやつだ。
「フフフ……ハーッハッハッハ!!」
おっと危ない。
ついついテンションが上がってしまった。
まずは何をしようか。
俺のアドバンテージは十年だ。
その間に完璧な地盤を作る必要がある。
しかも、なるべく未来を変えないようにしないといけない。
変に俺が大きな動きを起こして、未来が変わってしまったら
俺のアドバンテージは無くなってしまう。
まずは何とかある程度の資金を作って
確実に値上がりするであろう銘柄を購入する。
目標は生涯賃金の二倍の六億だ。達成後は遊んで暮らそう。
十年掛けてコツコツ目指せば、世間の流れを大きく変える事も無いだろう。
今だからこそ思うが、本当にこんな事になるならば万馬券の一つでも暗記しとけば良かった。
我ながら非常に小さい気もするが、別に大きな事を成し遂げる程の人間とも自分の事を思っていない。
俺はこのチートを穏やかに人生が送れるように使わせて貰う事にする。
「ユキトー!ご飯ーー」
階下から妹の呼び声が聞こえる。
そろそろ久しぶりに母さんの朝ごはんを楽しむ事にしよう。
「おはよう」
「おそーい」
「早く食べないと遅刻するよ」
父さんは既に出ているようだった。
それにしてもまともな朝飯を食べるのも久しぶりだ。
最近は殆どコンビニおにぎり1個とかで済ませてしまっている。
そして、どうやら10年前の今日は土曜日では無かったらしい。
学校か……高校時代の俺ってどんな感じだったっけ?
別に苛められてたとか、学校で痛い中二病だったとかそんな過去は無い。
俺は空気を読む能力だけには長けている。スキル振りを殆どここに充てたってくらいに。
何人かは仲の良い友人も居たが、10年後に頻繁に連絡し合ってたのは3人くらいだ。
ちなみに全員男だ。
言わなくても分ってるとか言うなよ。泣くぞ。
「納豆食べる?」
「ああ、貰うよ。そう言えば母さん、新聞は?」
「え?」
「へ?」
俺の発言に母と妹が怪訝な顔をする。
「あんた熱でもあるの?」
……当時の俺はそう言えば新聞なんか読まなかった。
いや、テレビ欄くらいは読んでたよ?その反応は酷いんじゃない?我が家族よ。
でも、いきなり違和感を家族に持たれるのも今後を考えると良くない。
「いや、テレビ欄見たくて……」
「ああ、そういう事。お父さんが読んでいたから居間にあるんじゃない」
「サンキュ」
新聞は後でゆっくり読む事にしよう。
今は目の前の食事を片づけるのが先決だ。
「おっ、このオムレツ美味しいね」
「珍しいわね。あんたがそんな事言うなんて」
「ユキト、急にどしたのー?」
……食事を褒めただけでコレ。
当時の俺はどんだけアレな感じだったんだ。
普通だったと思うのだが……こういうの言うのは照れ臭い年頃だったのか。
まぁ、何だかんだで久しぶりの実家の味と言うのは悪くないものだった。
食事を終えると既に8時を過ぎていた。
そういや学校に行っていた時は何時ももうちょっと早く家を出ていたような。
俺の記憶だと自転車を飛ばして八時二十分のHRに間に合うかギリギリだ。
それに俺は今日何の授業が有るのかも良く分っていない。
そもそも本当に今が丁度十年前なのかすらきちんと確認はしていないのだ。
俺は居間に行き、新聞に目を落とす。
それで今の俺の立場は大体分るだろう。
-アリエス歴二百三年 五月十八日-
………え?
これは何だ。新聞だよな??
俺は記事の方に目を向ける。
『アクトメリア公国とソレビア連邦 対立深まる』
……どこのファンタジー世界の記事だ。
おかしい。何かがおかしい。
「ユキトー 早くしないと遅れちゃうよー
幾ら成績優秀でも、怒られちゃうよー」
そんな言葉を玄関から投げかけられる。
そこに居るのは高校時代の制服を着た妹。
何の違和感もない。そうそう、こんな感じの制服だった。
割と可愛いと評判の制服だ。
「じゃ、先に行くねー」
そう言うと妹が光に包まれその場から消えた。
それ以外に表現のしようが無い。忽然と消え去ったのだ。
漫画とかアニメでは良く見る表現だが、現実では有りえない。
少なくとも十年後でもワープなんて技術は確立されていない。
「は、は……えっ?な、何それ……」
「ユキトも早くしなさい。転送魔法陣消えちゃうわよ」
そんな概念俺は知らない。
俺は何か勘違いしていた。
過去の姿のままの家族と、見知った実家を見て。
この世界は違う。
数十分前の浮かれた気分は既に吹き飛んでいた。
強くてニューゲーム?チートモード??
俺の妄想したアドバンテージ等どこにも存在しないのではないか?
「どこだよ……ここ」