黒歴史の胎動
黒歴史……本来の意味を離れて、忌まわし(恥ずかし)き記憶として使われるようになって久しい。
俺だって、月光蝶を使ってでも封印したい記憶はある。今、その忌まわしき記憶が、十二年と言う歳月を越えて、目の前に姿を現しているのだ。それも、女の子の前で……
レヴィアは、得意気に自分の持ち込んだ魔術書の欠片ついて独自考察を述べている。
やめろ……やめてくれレヴィア。そこに記されているのは、魔術の極みでも何でもない。
ただの若人の過ちだけだ、そこに記述されているものは……考察しても出てくるのはそいつが当時どんな作品にはまっていたか解るだけだ。
何なの、どうして俺がこんな目に遭ってるの? エロ本が見つかって家族会議勃発並に嫌なんですけど。
「これを書いた人物は、この私程では無いが、かなりの魔術師だったのだろう。所々破れてしまっていて全容が分らないのが残念だが……」
レヴィアの書いた魔術書も一度読んでみたいもんだ。こんなレベルで本当に良いのか、最強クラスの魔術師!
「ふ、ふーん……ど、どどこで拾ったんだ……こんなもん……」
レヴィアが、俺の部屋に初めて来た時点では、俺の部屋にコレは存在していなかった。
全て、倉庫の中に隠匿されていたはずだ。まさか俺の家の倉庫にまで勝手に忍び込んだのか!?
「古い知り合いに貰ったものだ。昨日ふと、思い出した」
まさか、この世界の俺は、レヴィアにまで黒歴史を配って回っていたんじゃないだろうな? 智成君だけじゃ飽き足らず。
いや、落ち着け……それならばレヴィアも俺に貰ったと言うはずだ。
つまりこれは、一旦俺の手を離れた黒歴史ノートの欠片が、どういった経緯からかレヴィアの手元に巡り巡ったと考えるべきだ。
内容から言うと、これは智成君と一緒に書いた物よりも少し新しい……つまり中学生時代の俺が書いた物だ……どストライク……中二病どストライク時代の遺物……
やばいぞ、黒歴史ノートとしてのレベルは、小学生時代の物を遥かに凌駕する破壊力を秘めている。そこに書かれた呪文を詠唱でもされようものならば、誰が死ぬって俺が死ぬ。とんでも無い破壊力だ。
「へ、へぇ……どんな奴なんだろうな」
「ふん……もう忘れたよ」
どうやら入手経路を話すつもりは無さそうだ。
この世界の俺よ、『混沌の支配者』とか呼ばれて調子に乗ったのは良いけど、ところ構わずこういうのばら撒くのやめてください……
「……これって本当に魔術書なんですか?」
当然の疑問を観月さんが口にする。当たり前だ。観月さんは、中二病と言う疾患を二十五を超えても抱え続けている現代に生きる魔術師の一人、これは、同族の書いた物だと一瞬で看破するだろう。
観月さんから見れば、自分と同じタイプの妄想戦士の書き連ねたノートの一部であり、本物の魔術書だとは思えないだろう。
「確かに、これは原本‐オリジン・グリモワール‐では無いだろう。私の手元に来るまでにも劣化している形跡も有るし……ただ、ここに描かれた理論は、一概に否定出来るものではない」
否定してくれ! 別に大した事書いてないから。そんなもん当時嵌っていたタイムスリップ系の作品のネタに中二病を吹っかけただけの似非魔術だ。SF的解釈出来る程賢く無かったから、魔術って言う何でも有りっぽい感じに落としこんだだけなんだ!
好き放題書いた妄想が、理論として正しいと言うならば、それは世界の法則がおかしいか、そいつが神であるかどちらかだ。そして、俺はただのしがない営業マンであって神なんかでは無い。
「そ、そうなんですか……」
これが本当に魔術書と言うならば、観月さんの部屋は魔術書だらけと言う事になる。そして、観月さんは、既に青い火を出す魔術を発動させてしまっている。あれは彼女が考えた魔術だったのだろうか? だとすれば、彼女は、魔術の制御方法さえ覚えれば、二つ名に恥じない凄まじい魔術師となるだろう。今でも現役の妄想戦士なのだから。
「どうしたさっきから顔色が悪いぞユキト」
「大丈夫ですか? お水でも貰って来ましょうか?」
「い、いや……大丈夫。そうか、とにかくそれを解析すれば、時間を操る事が出来るんだな?」
まぁ、今は俺の黒歴史ノートが白日に晒されている事は気にしている場合じゃないだろう。そもそも、レヴィアはこれが本物だと思っているし、観月さんは同類だ。何も恥じる事など無い。それに俺が書いた物だとは二人とも気づいていない。
黙って話を進めよう……これで本当に元の世界に戻れるならそれで良いじゃないか。
「はっきり言ってそれは未知数だな。これの原本でもあれば話は早そうだが……」
……多分、ウチの倉庫のどっかにあるな。帰ったら探すか……覚醒した俺のステータスとか書いているページはいらないよな? 単純にこのタイムスリップネタのところだけで良いよね? それ以上は勘弁して欲しい。
「心当たりがある」
「なに?この魔術書の原本にか?」
「完全な形とは行かないかもしれないが……現状よりは研究が進むはずだ」
「桐嶋さん。もしかして……」
それ以上は言わないでくれ。 観月さんには、こう聞こえたはずだ。
『これ俺が書いた奴だから、家に帰って残りの黒歴史ノート引っ張り出してくるわ」と……
一言だけ言い訳させて貰うならば、俺の場合は本当に中学生の時に書いたノートだからね。
未だに現役って言うわけでは無いことを理解して貰いたい。
「流石は『混沌の支配者』と言ったところだな。今すぐに用意する事は出来るのか?」
「少し時間をくれ。そうだな……多分、明日くらいには」
倉庫に纏めて封印したはずだから、ちょっと探せば見つかるはずだ。
まさか、俺自身の手で封印を解くことになろうと思っても居なかったが……
「分った。今日は、一旦解散にしよう。明日は朝から集合だ! それまでには大丈夫だな?」
「善処するよ」
「では……今から昨日の雪辱戦を始めるとしようか」
また大貧民やるつもりか。魔術戦闘は強いのだろうが、レヴィアはああいう駆け引きには余り向いていないのかもしれない。それは逆に駆け引きが必要無いほどの力を持っているからなのかもしれないが。
「俺、今日は帰るよ」
「おや? この私に負けるのがそんなに恐いのか? 尻尾を巻いて逃げ出すとは」
「そうだな、今日は不戦敗って事にしておいてくれ」
「むぅ……面白くない……」
挑発に俺が乗っからなかったからか、レヴィアは不満そうに口を尖らせる。
「魔術書の封印を解くのに時間が掛かりそうなんだ。今日は勘弁してくれ」
「そこまで言うからには、明日はそれなりの物を期待するぞ」
「任せておけ」
封印を解くなどと大層な事は、本当の所無いし、探し出すのにそこまで時間が掛かるかは分からないが、念のためだ。世界を元に戻すための手掛かりがようやく掴めるかもしれないのだ、念には念を入れるべきだろう。
「仕方ない。それではミツキ! 一対一で勝負だっ!」
「う、うん……」
レヴィアの相手は観月さんに任せて俺は、帰路に着いた。
自宅で待つのは、我が黒歴史の欠片。忌まわしき記憶を乗り越えた先に何が待ち受けるのか……
格好いい感じで表現してみても、倉庫に中学時代の落書き帳を取りに行くだけなのが悲しい所だ。




