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五月だと言うのに、今日はやたら暑い。
この世界にクーラーはあるのだろうか。
物心着いた頃からクーラーが存在した俺からすると無いと厳しい物がある。
今までの傾向からすると、何らかの魔術で動いているクーラーらしき物があるんだろうが
俺の部屋のそれは、魔力無くても動いてくれるのかは分らない……
「どうしましょうか……」
先に沈黙を破ったのは観月さんだった。
どうもこうも無い。はっきり言ってこのまま流れに身を任せるのは危険過ぎる。
魔術交流戦とやらがどんなものなのか詳細は分らないが、「戦」と言われるからには
大なり小なり、他校と魔術を競うような事になるのは間違いない。
仮に「小」の方だとしても、魔力0な俺は全く対応など出来ないし。
それこそ「大」だったりした日には、下手したら殺される事も考慮しなくていけない。
周りは全員、授業で普通に召喚術とか習っているような連中なんだぞ。怖すぎるわ。
「俺としては、放課後を待たずにエスケープって言うのがお勧めだな」
「そうですね……」
あれ?ちょっと残念そう?
そう言えば彼女は、この世界で最初に会った時も
この場の空気に飲まれて、世界を救おうとすら考えていた。
まさかとは思うが……
「……もしかして、出たいとかと思ってた?」
「い、いえ!違うんです。ど、どんなのかなーってちょっと興味が有っただけで!」
そう、彼女と俺は違うのだ。
観月さんは不安を感じていると言いながらも興味を持っている。
積極的にこの世界に関わって行きたいと言う意志が少なからずある。
俺と言う人間が、元々の世界の常識を知っている人間が居るから
彼女は、現代日本と言う常識を捨て切れないでいるが
仮に、彼女がたった一人でこの世界に来ていたらどうなっただろうか?
世界を救う勢いで、あっという間にこの世界に順応して
それこそ、魔術交流戦とやらで大活躍するのかもしれない。
何故ならば、彼女は俺とは違い『魔力』を持っている。
「まぁ、興味が有るのは良いけど……観月さん、魔術使えるようになったの?」
「つ、使えないです!」
「だったら止めておいた方が無難じゃない。
はっきり言って授業聞く限りだと、この世界の魔術って
RPGとかに出てきてもおかしくないレベルで凶悪っぽいよ」
「分ってます!あの……私、そんなに鉄砲玉気質に見えますか?」
「うん、見える」
きっぱりと答えてみる。
いや、だって……初めて喋った時のイメージって中々消えないよね?
「泣いても良いですか……」
涙目になる観月さん。
ペロペロしたいとか言ったらその瞬間にゴミを見るような目で見られるんだろうなぁ。
「まぁ、冗談はそれくらいにして。どうやったら穏便に辞退出来るか考えなきゃね」
「はい。現状、みんなの期待がちょっとキツいです……」
それは俺も良く分る。
基本的には期待には応えたいタイプなのだ俺は。
仕事でも、客に無茶苦茶な事を言われても何とか対応してきた。
それは期待に応えたい、人に嫌われたくないって言う俺の性格から来るものだ。
藤野さんには、良く客を甘やかすなって怒られたな……
高校時代は、平凡で目立つ事無く過ごした俺が
当時の友人やクラスメートにこれだけ期待を寄せられている状況は
恥ずかしながら、一種の快感でも有り、期待に応えたい気持ちもある。
しかし、その期待を裏切った時の反動ははっきり言って恐怖だ。
もう二度と学校に行けないかもしれない。
いや、別に現状の謎授業が実施されている学校にそんなに行きたいわけでも無いのだが。
「妙に熱狂しているもんなぁ。学校の皆が……」
「今年のメンバーなら、因縁の黒麟高校に勝てるかもって
クラスの子が言っているのを聞きました。どういう因縁なのかは
分らなかったですけど……」
「うーん、『虚空の姫君』はすごかったんだね」
「……『混沌の支配者』の力がきっと重要だったんだと思います」
その二人ともほぼ一般人になってしまっているわけだ。
もう一人、どういう奴が代表なのかは知らないが、きっとそいつ一人で
無双って言うわけにはいかないんだろう。観ているだけで良いならば、
名前貸しくらいは、やぶさかでも無いのだけど。
「けど、黒麟高校って全然聞いた事無い学校だな。近所に有ったっけ?」
「無かったと思いますけど……県内では聞いた事無いです」
「県外の学校か。と言うか……ウチの学校の場所も元々と違うよね?」
「周りが全然見た事無い景色ですもんね。どこなんでしょう?ここ」
「はっきり言って、情報が少なすぎるか……」
やはり、この世界に詳しい人に一から説明して貰うのが一番なのだろう。
本当にこの世界で生きて行かなきゃいけないならば、現在の状態は危う過ぎる。
「すぐにでも、今の俺達の状況を誰かに相談するべきなのかもなぁ」
「そうしたら……どうなるんでしょうか?」
「分らん。少なくとも魔術交流戦とやらには出なくても良くなると思うけど」
「信用して貰えると良いんですけど……」
「『混沌の支配者』の魔力が0なところ見せれば信用はして貰えるんじゃない?」
別の要因で魔力を失ったか、隠していると思われる可能性もあるが。
「でも、私達が別の世界から来たと言うのを信用して貰えたとして
変な魔術師とかに研究サンプルとかにされて、全身を弄り回されたり……
いろんな魔術の実験台にされたり……」
いやいや、発想が怖いよ観月さん!
「ま、まさかぁ……」
「無いって言い切れますか……?」
そう言われると回答に困る。無いとは言い切れない気もする。
逆に元々の現代日本に本当に魔術が使える魔術師が現れたとしたら。
俺が現代日本に現れた術師ならば、力を隠してて、いざと言う時に……
誰かの影響で、俺まで発想が中学2年生になりつつあるな、
「うーん……明かすとしたら本当に信用がおける相手か……あ!」
「どうしました?」
「そう言えば、観月さんは、ネットは見れないの!?」
ネットが見られれば、クグル先生が世界の常識くらい簡単に教えてくれるだろう。
俺は、魔力が無いためか、ネットワークに接続させて貰えなかったが
魔力の有る、観月さんならば、その問題は解消されるんじゃないだろうか?
「この時代の私の家、まだPC無かったんです。両親がそういうの得意じゃなくて。
私もすっごくネットはしたかったんですけど……」
「携帯とかは?」
「試してみたんですけど……メールは出来るみたいですけど
インターネットには繋げられませんでした……認証パスが必要って言われて」
認証エラーとなった俺よりは先に進めているみたいだけど
更に接続にパスワードがいるのか……もう、面倒臭い!
「そっかー……ネット出来れば情報集めも楽になると思ったんだけどなぁ」
「あっ!じゃあ、電器屋さんとかに行ってその辺聞いてみましょうか?
機械に詳しくない人達って私たちの世界にもたくさん居ましたし
不自然にはならないと思うんです」
確かに。ネットの使い方が分れば、色々と捗るような気がする。
店員にならば、多少常識が無い人と思われた所でその後の生活に問題は無いだろう。
「近所の電器屋と言えば……」
「駅前のグレイト電器ですね!」
田舎の家電量販店なので、品揃えは大した事は無かったのだが店員の質はかなり良かった記憶が有る。俺が初めて自分用のPCを買ったのもグレイト電器だった。
さて、出来れば一緒に行きたいところだが……誘っても良いものなのだろうか?
ちょっと会話したからっていきなり誘ってキモイ人と思われ無いだろうか。
言っておくが、俺は営業マンモード発動しているから観月さんみたいな子と喋れているが
基本的には、女の子との距離感とかどう取ったら良いか知らない人だから。
……そう言えば、営業モードのつもりだったのに、何時の間にか敬語使うの忘れていた。
こういう状況で、そこまで気が回らなかった……ふ、不愉快に思われてないだろうか。
やばい、何だか急に今までの自分の言動がヤバイ物に思えてきて。
むしろ結構調子に乗ってたよね、俺。同じ境遇と言う事で、親近感が湧きすぎてた。
今更、後悔してももう遅いのだろうけど……
「何時行きましょう?」
「えっ?」
「ですから、グレイト電器へ……私は、多分何時でも大丈夫です」
「……一緒に行って良いの……?」
「えぇ!?……き、来てくれないんですか!?」
「い、いや!行くよ!行きますとも!!」
………この時、俺は正直、面倒な事など忘れて純粋にこの世界に来て良かったと思っていた。
「良かったぁ。流石に一人じゃ不安で……」
「じゃあ、今日の打ち合わせをエスケープして行こうか」
「そうですね……打ち合わせ出ちゃうときっと引き返せなくなっちゃいそうですし……」
学校の皆の期待を裏切る事になってしまうが、こればっかりは仕方ない。
俺達は、この世界の事を何も知らないのだから。
そろそろ昼休みが終わる。五時間目が始まる前に抜け出すのが良いだろうか……
そんな事を思案した瞬間、俺と観月さんの携帯が同時に鳴り響いた。
「すいません。メールです」
「うん、俺もだ」
何故だろう。同時にメールが来る事なんて別に普通にある事だ。
普通にある事なのに、この時の俺は何故だが、ただひたすらに嫌な予感しかしなかった。
開きたくない。全く知らないアドレスから送られて来た件名の無いメールなんか無視すれば良いだけだ。
だけど……俺は開いてしまった。そうしなければもっと悪い事が起こりそうな予感がしたから。
こういう時の俺の勘は良く当たる。
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逃げ出す事は許されない。
逃げ出せば、戻れなくなる。
逃げ出せば、あなたはあなたでなくなる。
-ミエナイブログ-
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少し前の浮かれた気分は、一瞬で霧散した。
俺達は、見られている。世界をこう作り変えた張本人に。




