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第九回
「無論だよ。それよりさ、姉さん。母さんに悟られないよう、出来るだけ明るく振舞ってくれよ、それと言動には呉々も注意して…」
「そんなこと、あなたに云われなくたって分かるわよ!」と、既にいつもの強気の性格を露にして話す智代であったが、言葉が途切れると、一瞬だか虚ろな表情になる。姉にもやはりショックだったのか…。学習塾を切り盛りするという男勝りな姉だが、今回は流石に応えたようだ、と圭介は思った。
「二ヶ月ほど前だったかしら…、昼前に寄ってさ、話していたら、店屋物をとろうという話になってね、鰻重を注文したのよ。それで、届いて食べたんだけどさ、母さんったら、余り食べないのよ。どうかしたの? って訊いたら、『食欲がね…』って云うから、少し怪しいなあ、と思ったのよ。母さん、鰻が好物だったし…」
「ふ~ん…、そんなことがあったのか。スキルス癌はバリウムを飲んでも発見されないことが多いそうだよ。病巣が普通の進行性の癌のように噴火口状に盛り上がらず、横へ全体に広がるためなんだそうだ…」