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第三十回

 実際のところ、ここ数ヶ月、昌は随分と体重を減らしていた。先だっても、母が風呂を使っていたときだが、バスタオルを脱衣場に持っていってやり、その時ふと見えた痩せ細った母の姿に愕然としたのだった。その時、圭介は病状の進行を、ふと思った。胸元を(つんざ)く慟哭の雄叫び…、たまらなく悲しい、・・切なかった。涕は幾筋も頬を伝っていた。洗面台で顔を洗う。昌がその物音に気づき、浴室から、「何か洗ってるのかい?」と訊ねるでもなく口にするのがガラス越しに聞こえた。「あっ? いやあ…」と圭介は曖昧に暈して、もう一度ジャプッっと、顔を濡らした。或る意味では涕を拭い取ったのだ。切なさは決して消滅などはしていない。幾度もジャブッっとやる。五、六度やると、(ようや)く気分が凍って、訳もなく吹っ切れた。

「母さん、俺、もう寝るよ。今日は何だか疲れた…」と云って、圭介はその足で冷蔵庫の缶ビールを飲みながら寝室へと入った。やっと吹っ切れた気分の全てを氷結させ、アルコールの力を借りて心地よく眠ろうと思ったのだ。心の内層の(わず)かに、今この瞬間が永遠に続いて欲しい…と天に念ずる欠けらの想いがある。そして、それが凍らせた心の表層を(くすぐ)るかのように撫で続けるのだった。

 外は、うだるような暑気が夜になっても滞っている。昌が退院して約八ヶ月、もう二週間ほど後には恐らくまた入院をするのだろう。そして…。そう考えると、圭介の凍った心の深層が、ふたたび溶け出して騒ぎ始める。考えまい、と残ったビールを一気に飲み干して、彼はベッドに倒れこんだ。

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