第二十六回
「マーカーの数値が急に高くなっております。恐らくは、肝、リンパ節転移、或いは腹膜への転移が近々、起こるものと思われます。インフォームド・コンセントと我々は呼びますが、これから患者さんに如何に納得して戴ける治療をするかが…難しいところです。告知はしないという前提のことですら…。明日、細胞診の結果も出ますので、改めて内々にお越し下さい」
三島の人間性からなのか、やはり今回も丁寧な説明に終始した。最初の出会いの頃は事務的な医者だと思っていたものが、手術前、術後、通院と半年以上を重ねて今に至ると、その説明が事務的なのではなく、出来るだけ家族に事実を知って貰おうという三島の律義さだということに漸く気づいた圭介であった。最後に、「覚悟はしておいて下さい…」と、小声で圭介に呟いた三島だが、その目線は宙を泳いでいた。
会社へ戻り、圭介は途中、コンビニで買った牛乳と菓子パンを喉に詰め込んだ。倉持には適当に説明して、社内への噂の拡散を回避したが、孰れは知れ渡るだろう…とは思えた。
仕事を終え帰宅すると、昌が、「今日はねぇ、いつもと違って、いろんな検査をして下すったよ…」と説明をした。「ふぅ~ん、そうなの…」と、知らぬ態で圭介は無神経さを装った。しかし、針で貫く痛みが心に宿る。悟られまいと避けるようにして自室の方へと足は運んでいる。背広の上着を脱ぎながら、昌の前を通過し、部屋へと入った。その時、思わぬ悲しみが襲って瞼が熱くなった。泪が一筋、頬を伝った。嗚咽は押さえたが、圭介は暫くクローゼットの前から動けなかった。