第二十五回
立った圭介の背広が内側で微妙に振動した。慌て気味になるのを取り繕うように、わざと落ち着いた手つきで携帯を取り出す。
「はい、土肥ですが…」と、右耳に宛がうと、か細い女性の声で、「関東医科大学付属病院です。お母様が先程お見えになられたのですが、診察の結果が思わしくありませんので、空き時間で結構ですから、こちらへお越し願えないでしょうかと、三島先生からの伝言です」と響く。圭介は、少なからず狼狽し、「えっ? …そうですか、直ぐに伺います」と返して切っていた。数秒いや、数十秒、圭介は氷柱と化した。
「次長、何か急用でも?」と、倉持が解凍しようとする。
「あっ、いや…別に急ぎの用でもないんだが、とにかく行ってくるよ。倉持君、悪いが君一人で行ってくれ」
「そうですかぁ? …美味い鰻屋なんですがねぇ。…じゃあ、そうさせて貰います」
と、倉持は遠慮気味に繰り出した。
「ああ…、次は付き合うから」
そう吐いた圭介は、既に扉へと早足で歩んでいた。
関東医科大学付属病院の桜並木は三分咲きほどになっていた。一週間前には蕾だった花達だ。しかし、今の圭介は眼中にはない。心の内は昌の容態のことで、はちきれんばかりに膨れている。良い知らせでないとは分かる圭介なのだが、問題はその内容である。三島が以前語った再発の可能性の指摘が、俄かに頭を擡げる。