第二十一回
出勤時にしたってそうだ。圭介が起床して、寝惚け眼で二階から降りてくると、既に食卓には以前とちっとも変わりなく、ハムエッグ、ガーリックトースト、サラダ菜、暖かい牛乳コップ、それにサイフォンにコーヒーすら沸いている。流石に見かねて、「母さん、こんなことは俺がするから…、寝てなくちゃ駄目じゃないか」と、一応の苦言を呈するが、怪しまれる嫌いもあるから、強くも云えない。退院してからひと月近くがもう経っていることもあるが、昌の状態は多少、以前に比べ痩せたことを除けば、すっかり元の状態である。母から、「大丈夫だよ」と云われれば、二の句が継げない。仕方な、、前通りの食卓に着く。小忠実に動く母の姿を見遣り、トーストを齧る。圭介は次第に気分が寂れた。
「お前、この頃元気がないねぇ。会社は上手くいってるのかい?」
そう云われては、「ああ…」とだけ、曖昧に返すしかない。対峙して椅子に座った着物姿の母と、出来るだけ目線を合わせないように食事を急ぐ。仕事の所為にすりゃいいか…と、圭介は刹那に閃いた。
「別に上手くいってない訳じゃないけど、いろいろと上や下から云われてね…、景気も今一だし、何かと大変なんだ」
我ながら名演技のように思える。これで母は或る意味で納得もするだろう…と圭介はコーヒーを啜りつつ巡った。実のところ、圭介の発案が当たり会社は頗る好調で、次の人事では部長昇進が確実視されている。課長の倉持に任せておいたところで、どおってこともない状況なのだ。有り難いことに世間の企業の多くは喘いでいるというのに、圭介の勤める業界は不況知らずであった。