第十一回
━ …スキルス癌の5年生存率は30%以下か… ━ と、悲嘆に暮れたりもする。
━ いや待てよ…、生存率は手術時の進行度によって異なるか… ━ と、また喜色ばむ。そして意識の中で、そのことを過大評価して、 ━ 手術して、肝転移、リンパ節転移、それに腹膜播種がなければ… ━ と、淡い希望を抱いたりする。そして、そのことを信じようとする。親に対する子の真情である。
圭介がパームという意味不明な名の喫茶店を出ると、智代は既に数歩ほど歩んでいて、焦れたように佇んでいる。バタついて接近する圭介に、「あんた、相変わらず動きが鈍いわね…」と嫌味を一つ吐く。姉の性格は充分過ぎるほど分かっているから、今更、怒る気にもなれないが、気分がいいものではない。
「十時まで、まだ二十分はあるじゃないか」
一応の反撃をするが、圭介の声は小さく、呟く程度である。ビル側の歩道を智代がカツカツ・・と靴音も小気味よく、鋲打ちした渋め紫のハイヒールで歩いている。追いつく態で横に並び、病院へと急ぐ。姉とこうして歩くのも随分、久しぶりだ…と思うでもなく感じる圭介である。
交差点信号に近づいた頃、その前方に関東医科大学付属病院の壮大な建造物がその全容を現した。
二人が病室に入ると、昌がすでにパジャマに着替え、病床で眠っていた。血色のよいその寝顔を見遣ると、いったいどこが悪いんだ…とさえ圭介には思えてくるのである。