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08

 あれは、まだ高校に入学して一ヵ月も経っていなかった四月末。


 放課後、あの頃はまだ魔力訓練は開始されていなく(訓練をやる事は決まっていた)暇を持て余していた。部活動をやる事は禁止されてはいなかったけれど、ただ四月上旬から中旬にかけては忙しくて入部のタイミングを失ってしまったので仕方ない、というのは自分に対しての言い訳だったりするのだけれど――まあ本音を言ってしまえば、能力者として特別視されるのが嫌だっただけ。なんて弱い精神なのだろう。そんな訳で、あの頃の放課後ライフは図書館で一時間くらい時間を潰してから帰宅していた。


 あの日もまた、放課後を図書館で過ごし、本を元の場所に戻し図書室を出ると昇降口に向かった。ここまでは普段通りの日常だったのだけれど、昇降口まであと少しところで階段から下りてきた女子生徒と衝突してしまい、私は尻餅をついてしまう。


「ごめん、籠宮さん。大丈夫?」


 頭を上げると、そこにはロングヘアーの心配そうな顔をした美少女がいた――ここまで捻りがない表現しかできないけれど、丸顔の私に比べたら断然顔立ちは整っていた。


 彼女は手を差し出してきて、私がその手を掴むと引っ張り起こしてくれた。


 私は彼女にお礼を言って、その場を去ろうとすると彼女に呼び止められる。


「そうだ、籠宮さん。うちの姉ちゃん見かけなかった?」


 私は戸惑った。だって私の名前はほぼ全校生徒全員が知っているだろうけど、彼女は私が彼女のお姉さんを知っている前提で話ししてきている以上、少なくとも私は目の前の彼女とは面識があるはず。だけど、私は目の前の彼女のことは見覚えがなかった。だから、こう尋ねた。


「失礼ですが、どちら様ですか?」


 尋ねられた彼女は一瞬目を丸くして、すぐに何かに気がついた様な表情になる。


「ああ、同じクラスの樋口です。こんな格好してたら判らないよね」


 一瞬、彼女の言葉が理解できなかった。なにせ目の前にいる彼女は女子の制服を着ており、胸も適当にあり、声も男子のものとは違い、どこからどう見ても私と同世代の女の子にしか見えない。その目の前の彼女を同じクラスの樋口君と結びつける方が無理な話なのだ。


 そんな困惑した私を察したのか、樋口君だと名乗った彼女は私の手を引いて、階段横の人目につき難い空間まで誘導すると、いきなり髪の毛を掴み勢いよくそれを引っ張る。すると、掴んだ髪の毛は真っ黒いクラゲに姿を変え、その下には真面目そうな男子がしていそうな髪型あった。そして次にワイシャツの胸ポケットに掛けてあった眼鏡を掛ければ、それはもう彼は同じクラスの樋口健祐君に間違いはなかった。


「どう、これで分かった?」


「…………なんで、そんな格好してるわけ……変態」


 驚きの余り、そう言ってしまった。すると樋口君は少し肩を落として、


「僕もそう思うよ。まさか姉ちゃんの制服を着て校内をうろつくなんて思ってもみなかった。でもさ、籠宮さん。完璧とはいかないとはいえ女の子に見えたんだよね? 僕のこと」


 嫌味っぽく『いえいえ、それはもう完璧な女子でしたよ』、と言ってしまうと私の自尊心が傷つきそうだったから、黙って首を縦に振って、疑問を口にする。


「でも、どうしてそんな格好してるの? しかもカツラを被ってまで。もしかして趣味?」


「侵害だなぁ」


 なぜか樋口君は微笑んで口を開く。


「趣味で女装なんてしなし、したくないよ。この格好はうちの姉ちゃん達にさせられたの。要するにオモチャにされた結果がコレだよ、ハァ~。それで、うちの姉ちゃん見かけなかった? 僕の制服着ているから――」


 そこまで言って樋口君は、ハッと何かに気付いたような表情になる。


「ダメしゃん。姉ちゃん達がいつもスカートだから何とも思わなかったけど、うちの学校、女子の制服ってスカートとスラックスどっちでもいいんだった。すっかり忘れてた」


 顔に手を当てる樋口君。


 私達が通う高校は、女子の制服にスカートとスラックスの二種類ある。基本的にどちらを穿いてもいいから夏はスカート、冬はスラックスと穿いている割合が多くなるようだ。ちなみに上着はブラウスにワイシャツと違いがあるにしろ、ジャケットとネクタイは同じだから女子がスラックスを穿くと外見の違いは小さくなる。


「仕方ない。もうちょい探してみるか」


 そう言うと、カツラを頭に被せる樋口君。


「どうしてカツラをまた被るの? 智子さんを探すなら別にそんな格好する必要はないと思うけど。やっぱり、そういう格好の方が落ち着くとか」


「ちがーう! 体操着とか入ったリュックは姉ちゃんが持っていかれちゃって着替えようにも着替えられないから仕方ないの。それなら、こんな格好をしなきゃいけない以上はできればバレたくはないし、だから女装だと分かっても誰だか判別できないようにカツラを着けるのだよ」


 樋口君が言い終わりすぐに、「女装してるのは変わらないよね」と私が口を滑らすと、樋口君は思いっきり肩を落としてしまった。


 智子さんの制服を着せられるくらいなら最初から着なければいいのに、と思うが、たぶんこの件には智子さんと日頃から一緒に行動している私の姉も絡んでいる可能性が高いだろうと考えると、樋口君に対して若干引きつつも、何となく申し訳ない気持ちになる。お姉ちゃん達なら、こういう事が好きそうだしね。


「手伝ってあげようか、捜すの」


 そう提案したのは、ただ単に暇だったからなのかもしれない。女装をした同級生との出会いはつかの間の自由な時間を楽しくしてくれそうな予感がしたのもあるかもしれない。理由はどうあれ私は女装をした樋口君に協力することにした。ただ、結果から言えば、この日は二人で校内を捜したにもかかわらず姉達を見つけられなかった。だけど、それは当然の事だったのだ。なぜなら姉達はすでに校内には居らず、樋口家に居たのだから。それが分かったのは各部活が終わりを迎える頃に樋口君の携帯電話が鳴ったことからだった。その前に何度も私達は姉達に連絡を取ろうとしたにも関わらず、それを無視したかと思えば思い出したようにゲームセットを告げてきたのだった。


「ありがと、手伝ってくれて」


 智子さんからの電話があったあと、樋口君にお礼を言われてしまった。


 図書室の横、自動販売機とベンチが一台ずつ置いてある空間がある。昼間には飲み物を買う人をよく見かけるこの場所も、日差しが傾く時間帯には人気は無かった。そんな静かな夕日の当たる場所に、私と樋口君は肩を並べてベンチに座っていた。実は姉達の捜索は三十分くらいで諦めて、電話が掛かってくるまでの間そこでお喋りをしていたのだ。


「それにしても籠宮さんは、自分の事なのに魔法や魔法協会のことは何にも知らないんだね。だけど仕方ないのかもね、里香さんから話を聞いたかぎりは」


 あの頃、お姉ちゃんが樋口君に何を言っていたかは知らない。ただ、この一ヵ月前の出来事について喋っていたのは間違いないだろう。樋口君は気を使っていたのだろうけれど、しかし、そういうのは話していて何となく言葉の端々から感じ取れてしまうのだ。


「どうだ、すごいでしょ」


 胸を張ってみせて私は言った。


「そんなんで大丈夫なの? 魔法訓練生さん」


 冗談で言ったつもりが本気で心配されてしまった。


「なんてね。冗談だよ、冗談。みさきちなら大丈夫、たぶん何とかなるよ。僕が保証してあげる」


「こんな女装された人に保証されたくありません。それに何よ、その男の子みたいなあだ名は」


「えー、ダメかな。可愛いと思うけどな、みさきち」


 残念そうな表情は本当に女の子にしか見えないのに、股を広げてベンチに座っているところは樋口君が男の子なんだなぁ、と思わせた。


「なに?」


 ジーっと樋口君を見つめていたら目が合ってしまう。


「女の子にしか見えなくって。私よりも、ホントかわいいよ」


 そう言われて樋口君は俯いてしまい、「帰る」の一言を弱々しく言って立ち上がる。


「もしかして怒った? そうなら謝ります」


「いいや怒ってないよ。ただ、複雑なだけ。僕も男なわけで、かわいいとか言われちゃうのはちょっと違和感があるよね。まあ、姉ちゃん達に散々似たような事は言われたからいいけどさ」


 樋口君はこういう的を射ない話し方を時々することがある。ただ、この時は顔を合わせれば挨拶をする程度の間柄だったから曖昧あいまいな話し方をする樋口君に、なんかイラッとしてしまい、私は立ち上がると樋口君の方を向き、


「樋口君。君の言い方は遠まわし過ぎ、嫌なら嫌だと言うべきだよ。そんな曖昧な言い方してるから、お姉ちゃん達にそんなに可愛く女装させられちゃうんだよ」


 後ろ姿の樋口君に言うと、樋口君は弱々しい笑顔で振り向く。


「みさきちは聞いてた通り本当に素直だよね。でも、みさきちのそういうとこは好感を持てるよ」


「みさきち言うな」


「いいじゃないか、かわいいのだから」


 そう言って樋口君は昇降口へと歩き始める。


 私はまだ言い足りなくて樋口君のあとを追って、あだ名について抗議をしていたら樋口君と一緒に駅までの通学を歩くことになった。私のあだ名について樋口君にいくら抗議しても曖昧な答えを返されるだけで聞き入れてもらえなかった。ちなみに樋口君は長い髪に女子用の制服と女装したままだった。


「もういいよ。君が何と呼ぼうと私は構わないけど、ただし他の人の前では呼ばないでよ」


 妥協した。もう、何とも言いがたい脱力感とともに妥協した。


 ふっと目を周りに転じると、駅の近くまで来ていた。


「それにしても恥ずかしくないわけ? こんなに人がいるのに」


「人の目が気にならないといえば嘘になるかな。でも恥ずかしいのはさ、僕が女装してると周囲にバレて注目された時だからね、案外平気だったりする」


「バレそうとかは思わないの」


「たぶん大丈夫でしょ。学校で誰にもバレなかったし、目の前にしても籠宮さんにバレなかったのだし」


 言い返す言葉が見つからなかった。それほどにこの時の樋口君は女の子だったと思う。となりを歩いていた私でさえ、瞬間的にではあるが、この隣を歩いているのが樋口君であることを忘れ、樋口君がどこにでもいるような女子高生にしか見えなかった。


「話は変わるけど、僕の勝手なイメージだったんだけどさ、籠宮さんはもっとクールな感じかと思っていたんだよね。でも、それは違ったみたいだね。うん、今日話してみて分かったよ、里香さんの言うとおりだったよ」


「お姉ちゃんの言うとおり? お姉ちゃん何っていったの」


 でも、この質問には樋口君は答えをはぐらかし答えてくれなかった。


 駅の改札付近までくると、さすがに時間帯が時間帯なだけにうちの学校の制服が結構目に付く。しかし、女装姿の樋口君に対して変わった反応を示す人はいなかった。それは校内を歩き回っていた時もそうだったのだけど、姉達の捜索途中すれ違ったクラスメイトにもバレないくらいなのだから、ほかの人からは完璧女子高生にしか見えてなかったのだろう。それくらい女装姿の樋口君は可愛かったのだ。なにせ私が、なにか大事な部分の自信を失いそうで、樋口君から目を背けたくなるくらいに。


「かわいい変態さん。じゃあね、また明日」


 そう嫌味全開で言ったにも関わらず、樋口君はニコッと笑顔になる。


「うん、それくらいは言われると思ってたよ。では、また明日ね、みさきち」


「みさきちって言うなー!」


 なんか負けた気がした。だから、その日は眠るまでの間、モヤモヤとした気持ちのままだった。


 でも、この出来事が始まりだったのかもしれない、ほんの少しだけ意地を張るのを止められたのは。それまでの私は普段以上に気を使ってしまい、言いたい事も言えずにいた。でもこの件が切っ掛けで普段通りの私になれたような気がする。今の私に。


 そう、これは私の思い出。


 そう、これは今年の春の一場面。


 で、私の変な友人と仲良くなった切っ掛け。


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