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 さらに二週間後。


「その後にキスでもしましたか。あー、うらやましい」


 自転車を押しながら私の話を聞いていた樋口君は、思いっきり呆れた顔で私を見る。


 昼間あんなに強く照っていた太陽はもうすぐ遠くの山々に沈み、周りに田んぼが広がる通学路を歩く私たちの間を涼しい風が吹き抜ける。


「なんでそこで呆れ顔になるの? いい話だったでしょ」


「はいはい、いい話でしたよー。良い恋人をお持ちでー、羨ましいですぅ」


「だから、なんでそんなに呆れ顔なの?」


「だってさ――」


 樋口君は立ち止まると、溜息を吐いて眼鏡の位置を直す。


 樋口君とは二週間前の浩市くんと会った次の日には、いつものように話すようになっていた。そう、私は友達である樋口君を信じようと決めたのだ。私が樋口君と友達でいたいと思うから。だから樋口君が私の事をどう思おうと関係ない。私がそうしたいからそうするだけだ。


 浩市くんが言ってくれたように、どうしたいかは私が決めればいいのだから。


「昨日も照れながら同じ話をしていたのに。そんなに自慢したい? 恋人のいない僕に」


 私は後ろから聞こえる樋口君の抗議は無視し、顔を横に向けてニヤつく。


「いいでしょ、私たちのラブラブっぷり。これを誰かに見せつけないでどうするのよ、って思いましてね。なら、友達である樋口君に自慢したいなぁってね」


「嫌がらせっすか、嫌がらせっすね。はあ、何か気に障るような事しましたっけ?」


 そう言いながら樋口君は小走りで走ってくる足音させて、私の隣まで来る。


「心外だなぁ、嫌がらせだなんて。ちゃんと樋口君のことは感謝してますよ、私は。そうやって浩市くんとイチャイチャできるのも、樋口君がいたからだもん。だから嫌がらせなんてしないよ。だけど、樋口君は楽しい? 私なんかの話をいつも聞いているだけで」


「別に聞いているだけという感覚はないよ。ほら、言いたい事は言わせてもらっているから対立することもあるのだし。それに、色恋話は女の子の心理を少しでも理解したいから結構真剣に聞いていたりするけどね」


 彼女かできた時のために、と結構真面目なトーンで言う樋口君でした。


「まあ、私の話が参考になるとは思えないけどなぁ」


 やっぱり真正面から訊こう。その方が私らしい。


「ねえ、樋口君。こういう会話の時も報告書の事を考えているの?」


「お、いきなり話が飛んだ。まあいいけどね。それで、美咲さんは気になる? 僕が報告書を書いていること」


 気にならないと言えば嘘になる。例えば、私の話からプライベート部分がどれくらい書かれているのか気になっている。


「うん。報告書の意味は解っていても気になる」


「そうだよね、気になって当然だ。でもまあ、僕は複数の考え事を同時にできほど器用な人間ではないし、それに報告書の内容は言い回しを変えただけで毎度同じような内容だし、考える事のない雑務だったりするんだけどね」


 そうだ、見てみる? という問に私は頷く。


 樋口君は自転車を停めて、前カゴに入ったリュックの中からクリアファイルを取り出し、文字の書かれた三枚の紙をクリップで留めた書類を私に渡してきた。


「前に見たのとそんなに変わりはないと思うけどね」


 実はあの時の私は、樋口君が秘密裏に報告書を書いていた事にショックを受けてしまい、報告書に何が書かれていたのか覚えていない。


 私は書類を受け取ると、書類の文面に目を通す


 書類には、私の学校生活態度や簡単な交友関係(名前だけ記されている)が書かれている。その文面は退屈なもので単調な文面が続き、問題ないと思われる、が多用されていた。


「なによ、これ? 内容がないし、こんなの誰でも書けるじゃん」


「そうだよ。だって、この報告書には詳細さではなく、積み重ねを重視しているからね。うーんと、要は問題がないという事の実績作りの意味合いが大きいんだよ。だから、それを一週間に一度作成しています」


「っていうか、私が学校行くのに実績が必要なら、樋口君にも観察者というものが付いているの?」


「さぁ、知らない。でも、こうやって能力者が普通の公立校に通っているのは珍しいし、観察役がいても不思議ではないけどね」


「気にならないの? 自分がどう書かれているのか」


 報告書を樋口君に返しなら訊いた。


「別に気にはならない――というか、いちいち気にしてはいられないと言った方が正しいかな。魔力を使う以上は、誰かに評価される事は避けられない道だからね――」


 樋口君はクリアファイルをリュックに戻すと、再び自転車を押して歩き始める。それに合わせて私も足を前に進める。


「っていうか、美咲さんは気になっていたの? 僕に自分の事をどう書かれていたのか」


「普通は気になるでしょ。しかも、それを友達が書いていたら余計に気になるし、実際は違ったけど、樋口君が私の事をどんな風に評価して報告書にまとめていると思ったら、気になるのは当然だと思うよ。報告書の意味を理解していてもさぁ」


「ふーん、そうなんだ。黙って報告書を作成して嫌悪感を懐く気持ちは理解してたけど、そんなに気になるものなのか」


 樋口君は本当にそう思っているかのように言った。いや、たぶん本気なのだろう。樋口君は普段は常識人であるんだけど、時々ズレた事を言うことがある――いいや、それは私も同じなのかもしれない。私が樋口君に対してズレを感じるのと同じように、誰かにしてみれば私の意見もズレているのかもしれない。


 この世の中には色んな主義主張があって、人々は自分の中にある正義に従い行動している。それは時に私と考え方が似ている人もいれば、時に私には全然理解できない考え方をしている人がいて、極端なのは私を殺す事が正義だという人までいる。考え方は人それぞれだけど誰かを殺すのが正義だというのは、絶対に間違っている、と心の底から声を大にして言いたい。


「そうだよ、気になるものなんだよ。女の子は特にそいうの敏感なのよ」


「女の子ねぇ。僕には、みさきちを含めた女子の考える事はよく解らない」


 そう簡単に解ってもらってたまるか。彼女もいない樋口君に。


「女の子の心理は複雑だから仕方ないよ。時々、女の子の友達同士でも何を考えているのか解らない事があるもん」


「それは何ですか、男子は単純だとそう言いたいのですかね、女の子のみさきちさんは」


 そんな事はない。


「ううん、そんな事は思ってない。少なくとも私は恋人の浩市くんや、友達である樋口君がいつも何を考えているかなんて解らないもん。だから、男女関係なく話しをするようにしているんだよ。今よりも深く相手の事が知りたいから、今よりも相手と仲良くしたいから、私はそうするの」


 私は前を歩く樋口君の背中に向かって言った。


「今よりもかぁ」


「一応言っておくけど、あくまでも樋口君とは友達として親交を深めていきたいだけなんだから、勘違いしないでよね」


 そう軽い感じで言ったら、樋口君は歩きながら顔を横に向けると可笑しそうに笑顔になる。


「なにそのツンデレ口調。それくらい言われなくても分かっているよ。だってさ、勘違いしようないくらいに君からどれだけ福山君が好きなのか聞かされているのだから、勘違いしたくても勘違いはできないよ」


 なんだか、めっちゃくっちゃ照れくさい。


「まあ話は戻るけど、なんでも相手との関係を深めるには相手との対話が確かだし、なにより正攻法だよね。だけど、そうもいかない場合もこの世の中には多々あるのも事実なんだよなぁ。まったくこの世の中は矛盾してるよ、ホント」


 だから面白いんだろうけど、と樋口君は言う。


 矛盾している事の何が面白いんだか私には解らないけれど、そこには樋口君なりの物の見方があるんだろう。私とは違う物の見方が。その違いがあるからこそ人は、仲良くしたり共感したり、時には解り合えなくてケンカになっちゃう事もあるのだろう。だけどそれが人なんだと思う。たとえ私がどんなに成長しても、この世の中には馬が合う人、馬が合わない人がいるんだろう。だけど私は、たとえ自分を殺そうとした人とでも人とでも対話を諦めたくないと思う――それは違う、思わない。そんな事は絶対に思ってたまるか! いくら私が前向きに正直に生きたいからといって、自分に危害を加えた人を許せるわけがない。正直憎い。この世から消滅してほしいほど憎い。憎いけど怖い。怖いんだ。また襲われたら? また誰かを巻き込んだら? そう考えるだけで恐怖が私を支配する。途端に心の中いっぱいに禍々しい感情が満たされ、そんな行き場のない不安や恐怖の気持ちを抱えたまま生きられるほど私は強くない。


 精神の乱れはすぐに表に出てしまう。


 目から涙が溢れだし、もう一歩も足を出せなくなり、その場で立ち尽くし泣く事しかできなくなってしまう。どんなに普段通りを装っていても、一端こうなってしまうと今の傷だらけの心では自力で立て直せない。


「よーし、よーし。大丈夫、大丈夫だから。泣きたいだけ泣いちゃえ」


 突然泣きじゃくり始めた私を樋口君は抱き寄せ、優しく私の体を包みこむ。


 この状況は傍から見れば変な誤解されるかもしれないけど、ただ単に男友達の胸を借してもらっているだけに過ぎない。そう、私が落ち着くまで貸してももらっているだけなのだ。


 あの三週間前の事件以降、私は何の前触れもなく突然泣き出すことがある。それは授業中であろうとお風呂に入っている時であろうと涙が溢れ出してしまうのだ。しかも、一度泣き出してしまうと自分では止めることが難しくて、下手をすると一時間も涙が止まらない事もあった。教室内でそんな事が最初に起こった時はちょっとした騒ぎになってしまい、授業が止めてしまった。そんな時に樋口君が私を教室から連れ出して、空き教室でこんな風になだめてくれたのだ。それからは学校で私が泣き出したら、樋口君が対応してくれている。


「……ごめん。ごめんね。……毎度、毎度。樋口君だって辛いはずなのに」


 樋口君の肩の辺りに額を押し付けて、樋口君の体に抱きつく。そうする事でなんだか不思議と気持ちが落ち着いてくる。


「いいよ、僕のことは気にしないで。それにこうやって女の子に頼られるのも悪い気はしないからね、男の子としては」


 目から溢れた涙はジワジワと樋口君のシャツを濡らしていく。


 どんなに綺麗ごとを並べようとも、私は犯人達を許せない。それは当然のことなのかもしれない、だけど犯人達を憎いと思うのも辛く苦しい。犯人達を憎いと思えば思うほど、あれら事件の記憶が鮮明に蘇ってくる。もう思い出したくないのに、もう忘れてしまいたいのに。けれど鮮明になった事件の記憶は、嫌でもあの時の痛みや苦しみ、恐怖といった感情も同時に呼び起こしてしまう。一度それらを呼び起こしてしまったら、あとはどうにもならなくなってしまう。


 しばらく泣いて私は落ち着いてくる。それまでの間、樋口君はそっとなだめてくれていた。


「……わたし、気持ちの整理したいのに、整理しようとしても余計にゴチャゴチャになっちゃうんだ。どうしたらいいのか分からなくなっちゃうんだ。逃げちゃいけないのに、ちゃんとあの事件のことも向き合わないといけないのに。……でもね、ダメなんだ。頑張ろうとすると、どんどん嫌な子になっちゃう。犯人達が憎くて、憎くて、憎すぎて、そう思ってしまう自分が嫌いだ…………嫌い」


 胸の内を吐露しまうと、ぶわっと再び涙が溢れ出す。


「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」


 樋口君はゆっくりとした口調で言う。


「人は頑張ろうと思えば限界まで頑張れちゃうけどさ、頑張り過ぎてその限界を超えちゃうと精神的にオーバーヒートしちゃって通常の半分も頑張れなくなっちゃうんだよ。美咲さんは今、そのオーバーヒート状態なんだから無理しちゃいけない。ちゃんと冷まさないと」


「そんなのダメ……ダメなんだ。こんな私を受け入れてくれた浩市くんのためにも、私はちゃんとしなきゃいけないんだ。しっかりとした人間でいないと……浩市くんの彼女でいる資格が無くなっちゃう」


 もうこんな私は、浩市くんは嫌いになってしまうに違いない。


「資格なんていらないよ、とは言ってみても今の君は聞く耳を持たないかもしれない。だけど、福山君は今の美咲さんを受け入れてくれたんだし、こんな弱いところだって受け入れてくれるんじゃないの?」


「そんなの解ってるもん。浩市くんは優しいんだもん。そうだよ、浩市くんならこんな私でも受け入れてくれると思うよ。だけど、それは嫌なんだ。私が彼女だっていう事だけでも負担を掛けているのに、これ以上負担は掛けたくない」


 苦しい。頑張ろうとしても頑張れないことが苦しい。


「頑張り屋さんだなぁ、みさきちは。今みたく少しは福山君にも甘えられたらいいのにね。それに、頑張り過ぎているほど頑張っている好きな人の弱いところを見たからといって、それを負担に感じる人はいないよ。だから、いつもそんなに気を張っている必要はないんだよ」


「……私は、大好きな人には弱いところは見せたくない。特に私のダメなところは浩市くんには知られたくない」


 私の良いところだけではなく、嫌なところやダメなところを浩市くんに見せられるだけの信頼関係はあると思う。けど、何でも話すようにしている浩市くんにさえでも、弱さの核心部分を覗かれるのは抵抗を感じてしまうのだ。いくら恋人関係だといっても。


「まあ、大切な人に弱いところを見せたくない気持ちは解らなくはないけどね。僕なんかは、家族に自分の弱い部分は見せたくないしさ。ん、という事は美咲さんにとって僕はどうでもいい存在なのかな?」


「そんな訳ないっ!」


 慌てて言いつつ顔を上げると、何とも言いようのない優しい眼差しをした樋口君と目が合う。


「樋口君は大切な友達。こんな風に素直に弱いところを出せちゃうのは、不思議と樋口君だけなんだ。その理由は、私にも……解らない」


「ふぅ、やっと顔を上げてくれた。これから大好きで堪らない彼と会うのだから、いつまでも泣き顔という訳にはいかないでしょ。みさきちが意地っ張りだという事は高校で会う前から知っていたけど、恋人にまで意地を張る必要はないと思うよ」


 樋口君はそう言いながら、いつの間にか取り出したハンカチで私の顔の涙を優しく拭ってくれる。


「……なんで樋口君は、そんなに私の事を良くしてくれるの?」


「そういう役目だから、って言ったら怒るかい?」


「ううん、怒らないよ。準魔法師としての樋口君も含めて樋口君なんだし、こういう事も役目だと言うなら構わない。だけど今後、なんか負けた気がするから樋口君のこういう優しい行為は全力で拒否るから」


 冗談半分、本気半分みたいな気分だったりする。


「ホント、意地っ張りだよね。でもまあ、準魔法師としての役目だったらもう少し距離を置いた対応するんだろうけどね」


「そうなの?」


「少なくとも、こんな風に抱きしめられたりはしないかな」


 困り笑顔気味の樋口君。


 気が付けば、樋口君の背中に両腕をまわして力いっぱい抱きしめていた。


 ゆっくりと樋口君から両腕を放して、一歩二歩と後ろに下がる。そして、手で目に残る涙を拭い、真っ直ぐ前を向く。


「ありがと――いつも、こんなに優しくしてくれて。樋口君の言うとおり、私は意地っ張りだから、これからもこんな風になっちゃうかもしれないけど、これからも友達でいてくれますか?」


「僕はこれからも美咲さんと友人でありたいと思っているよ」


 樋口君は普段と変わることのない笑顔を浮かべる。


 私もその笑顔につられて笑ってみたけれど、上手くは笑えなかった。


 あの樋口君と巻き込まれた事件後、私の前にいる樋口君は事件前と様子が変わらない。たぶんそれは樋口君の強さであり、優しさなんだと思う。あんな経験をして樋口君だって辛くない訳がない。それでも普段と変わらずにいれる――精神的に乱れて周りに迷惑をかけてしまった私とは違い、樋口君は普段と変わらないようにできている。正直、すごいと思う。それに樋口君が普段通りでいてくれるから、私は樋口君に頼ることができている。少なくとも、独りで色んな想い溜めこまずに済んでいて、周りに迷惑をかけつつも学生生活を送れている。だけど時々、もしかしら樋口君は無理をしているのではと思うことがあって、彼に頼るばかりで何もしてあげる事のできない自分に対して、もどかしい気持ちになる。


「美咲さん、辛いときには誰かを頼ったっていいんだよ。それが家族や友達だっていいし、大好きな恋人だって構わない。要するに、辛いときには誰かにその気持ちを話しちゃったほうが少しは気が楽になると思うよ」


 樋口君はそう言うと、私の二の腕をポンポンと軽く二回叩いて、倒れていた自転車を起こして駅のある方向に足を向ける。


「……樋口君は、そういう話す相手がいるの? もうあの時に事は辛くないの?」


「辛いよ。夜、布団の中に入ったら不安や恐怖に押し潰されそうになるから、寝る前に薬を飲まないと眠れないもん。最近は悪夢で目が覚めるのが当たり前になってるくらいだしね。でも、色んな人に支えてもらっているから、一応自分らしくいられるつもりだよ」


 ニコッと笑う樋口君。


「強いな、樋口君は。私なんて完全に自分を見失っちゃっているもんなぁ」


「そうかな、美咲さんはあんまり変わってないように思えるけどね。普段は率直な物言いは健在で、だけど福山君の事になるとその率直さが鳴りを潜めちゃってさ、乙女チックになっちゃうところも健在だ。時折涙が溢れちゃうだけで、それ以外は普段の美咲さんだよ」


「樋口君、そこは優しく言葉を掛けてるところでしょ。だから、樋口君はモテないんだ」


 そう言った途端、樋口君はニヤついた。


「な、なによ。私は当たり前のことを言っただけなんだからねっ!」


「僕は何も言ってないけどぉ」


「うるさいっ!」


 思いっきり鞄を樋口君に向けて振り回すけれど、簡単に避けられてしまう。


「でもまあ、僕はいつでも美咲さんの話を聞くから。話を聞いてほしいと思ったら、直接でもいいし、電話でもいいから遠慮なく話してきなよ。っていうか、友人としては話を聞く事しかできないんだけどね」


 樋口君はこういう事を恥ずかし気なく言えてしまうところが、すごいと思う。


「だったら樋口君も私に話してよ。いつも話を聞いてもらうばかりじゃあ、嫌だ」


 樋口君は神妙な顔つきで私を見たと思ったら、一気に意地悪そうな笑みを浮かべた。


「泣きべそをかいている泣き虫ちゃんに話して大丈夫なのかなぁ」


「大丈夫だもん。私だって友達の話を聞くくらいはできるよ」


「そうかい」


 柔らかい笑顔になる樋口君。


「それじゃ、その内ね。それより、待ち合わせの時間が過ぎてますがいいんですか?」


 腕時計を確認すると、確かに浩市くんとの待ち合わせ時間は過ぎていた。


 私は脚に少し力を入れて、前に走り始める、


「樋口君、走るよっ! ちゃんと付いてきてね、とりあえず護衛役なんだから」


「大人達としては、本当はちゃんと後ろから付いてくる護衛の車に乗ってもらいたいところなんだろうけどね」


 後ろから樋口君の走って付いてくる足音が聞こえる。


「嫌だ。だって今は、いくら協会の人とはいっても信用できないし、怖いもん。だけど、樋口君には迷惑を掛けてると思っているよ」


「いいよ、別に。気持ちは理解しているつもりだから。それに、困ってる友人を放ってはおけないよ」


 本当に不思議だな、樋口君は。


 私は何でこんなにも素直に自分の気持ちを言っちゃえるのだろう? 友達だから? 一緒に危険な目に遭ったからだろうか? 自分でもどうして樋口君にこんなに心を許しているのか解らない。この気持ちは恋人に懐く熱いものとも、家族に懐く温かいものとも違うけれど、なんだろう、この樋口君に懐くポカポカする気持ちは。たまに考え方の違いからケンカをしちゃうし、お互いにだいぶ頑固なところがあるけれど、一緒にいると私らしくいられる不思議なパワーを樋口君は持っているみたい。


「すごく頼りになる友達だよ、樋口君は」


「そう言ってもらえるのは光栄だね」


 後ろから聞こえる樋口君の声に安心感を覚える、私がいる。


 誰かが近くいる事でこんなにもホッとするだなんて、十五年間生きてきて初めてそう強く思う。同時に、樋口君に心を許して弱音を吐けてしまえるほどに、私は自分の中で樋口君の存在の大きさを思い知った。でも、だからと言って樋口君に対して恋愛感情と呼べるものは感じていない。そう、どっちかと言えば里香お姉ちゃんや歩美、美佳子のように姉妹や兄弟みたいな感覚に近いものを感じている。どうしてそうんな風に感じてしまうのは解らないけれど、だから自分の弱い部分でさらけ出せてしまえる。


 交差点まで来ると赤信号で止まり、若干息が上がりつつ私は後ろに振り返る。


「こんな意地っ張りな私だけど、これからもよろしくね。樋口君」


「こちらこそ、よろしく」


 一瞬だけ意表を突かれたような表情を浮かべたけれど樋口君は、すぐに可笑しそうに笑顔を浮かべる。


「って、どうしてこのタイミング? すこし驚いたじゃん」


「言いたかったから。ただそれだけ」


「ふーん、そう。言いたかっただけかぁ」


 樋口君とはこのままケンカもするれど良き友達であり続けたいと思う。ただ、そう思うのは私にとって樋口君が都合のいい存在であるからなのかもしれない。この事は今の私には完全に否定する事はできない。それでも、樋口君が私の大切な友達という事は変えられないし、変える気もない。


「美咲さん、信号が青に変わったよ」


「本当だ。ねえ帆口君、駅まで競争しよう――」


 私は勢いよく走り始める。


「負けた人は私にケーキをおごりねっ!」


「あっ、ずりーぞ。っていうか、なんで僕が負ける前提なんだよ」


 そうやって私たちは浩市くんが待つ駅まで競争した。


 こんな樋口君は私にとって一緒に危機を乗り越えた仲間であり、命を助けてくれた恩人でもある。しかし、やっぱり一番しっくりくるのは仲の良い友達という関係なのだろう。樋口君と一緒にいるとムカついたり怒ったりしちゃう時もあるけれど、それを上回る以上に一緒にいて楽しいのだ。だから、どんなに意見がぶつかろうとも、どんなに意地を張り合おうとも、最後には仲直りしたいと思ってしうような関係を築けたらいいと思う。


 大切な友人である樋口君とはね。


 □■□■□■□■□


 そうそう競争の結果は、また私が自分の事を話す機会があれば教えてあげます。でも、たぶんは話しません。なぜって、こんな面倒なことに三度も巻き込まれるつもりはありませんから、今回のが最初で最後だからです。絶対そうなのです。

 では最後に、私のつまらない話を最後まで読んでくれて有難うございました。絶対に次はありませんからご安心してページを閉じてください。それでは、さようなら。

                                   おわり。


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