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一週間後。
「そんなの美咲がどうしたいかだよ」
隣に座る浩市くんは笑顔で私を見ながら言った。
夜、家の近所にある小さな公園。その公園の外灯下ベンチに私たちは隣り合って座っている。
公園に誘ったのは私だった。そして話をした。私の置かれている現状について、私が知りえる限りの事柄を。そして私が浩市くんとの関係に悩んでいる事も。
もちろん事件の事を話すのだから、ちゃんと中井さんの許可を得ている。
「俺は危険な目に遭う可能性があるからといって、美咲の彼氏をやめる気はない。たしかに、美咲に何かが起こっても俺じゃあ力不足だけど、それでも俺は美咲と一緒にいたいんだよ。その気持ちは本物だ」
「でも、私とこれからも付き合っていたら危ない目に遭うかもだし、浩市くんは怪我をしたり、下手したら死んじゃうかもしれないんだよ。私のせいで浩市くんがそんな事になったら私……嫌だもん」
入院中や退院してからも、これからも浩市くんと付き合っていいのか考えてきた。しかし、いくら考えても答えはでなかった。私と浩市くんが別れれば、浩市くんが危険な目に遭う可能性は低くなるかもしれない。だけど、私の気持ちとしては浩市くんと別れたくないと思うし、別れるなんて絶対に嫌なのだ。けれど、そんな自分勝手のせいで浩市くんが危険な目に遭ったらと考えると、別れるのが正解なのかもしれない。だけどその反面、浩市くんとこれからも一緒にいたいと強く想ってしまう。そんな風に考えが堂々巡りを繰り返した。繰り返しても答えは出なかった。そして、どうしたらいいのか分からなくなった。
「美咲は家族や友達とも距離を置くのかい? 美咲の近くにいたら危険な目に遭うというなら、美咲は誰とも付き合えなくなってしまうよ。それとも俺以外は危ない目に遭わせても構わないかい?」
「そんな事ないっ! 私のせいで誰にも傷付いてほしくない」
首を横に振って、膝の上の手を握り締めて視点を落として言った。
「考えすぎなんじゃない、美咲は。俺は美咲とこれからも一緒に歩いて行きたいし、美咲の隣は誰にも譲たくないんだ。それとも美咲は俺の顔をもう二度と見たくない?」
「そんなのイヤ。私もずっと浩市くんの隣がいい。でも――」
「なら、いいじゃないか」
私の言葉を遮り、浩市くんは柔らかい口調で言う。
「美咲が俺と一緒にいたいと言うのならそうすればいい。今までだって、そうしてきたじゃないか。自分がやりたい事には他に目もくれずに突っ走っていく、それが籠宮美咲じゃないか」
「でも、でも」
私の頭に浩市くんの手が乗る。
「大丈夫、美咲が危ない目に遭うなら俺も付き合うよ。それで怪我しようと死ぬ事になろうとも、俺は君の傍にいたいんだ。その覚悟はあるつもりだよ。それに知っているんだよ、美咲が入院してた理由も、それこそ君が犯人の狙いだった事も」
「誰から聞いたの? その事はまだ関係者以外には秘密のはずなのに」
「ひどいなぁ、美咲。俺は君の関係者じゃないって言うの」
「そうじゃない、そうじゃないけど」
「なんてね、ひどいというのは冗談。実はかなりごねて、やっと簡単な説明をしてもらったんだぁ、樋口健祐君にさ」
「なんで、そこで樋口君が出てくるの?」
浩市くんは話し始める、私の知らない物語の断片を。
浩市くんの話によれば、浩市くんが私の入院を知ったのは事件の翌日、水曜日の夕方のことだったそうだ。連絡は中井さんからあったとの事。そして連絡を受けた浩市くんは自分の学校から直接病院へと駆けつけた。
「二日も連絡が取れなくてすごく心配はしていたから、入院していると聞いた時は驚いたよ。でも、その時の俺には協会の人から連絡がきたことの不自然さを感じることはできなかった。ってか、その余裕はなかったんだけど」
病室に到着した浩市くんは、私が寝ている姿を見ると安心したそうだ。でも、病室には私以外におらず、しばらく浩市くんは寝ていた私の顔を眺めていた。そこに頭に包帯を巻いた同世代に見える男子が病室に入ってきて、軽く頭を下げて挨拶をした。その彼が普段私との会話で名前が出てくる樋口君だと判ったのは、挨拶した後に準魔法師として名乗ったその時だったそうだ。
「俺と歳がそう変わらない奴と病室に二人っきりだぜ、しかも美咲の同級生は準魔法師だと名乗るんだから少し緊張したし、混乱もした。たぶんその直後に中井さんが入ってこなかったら彼の言う事は信じられなかっただろうね」
「そこで説明されたの?」
「いいや、最初は訓練中に突然倒れたというものだったんだ」
だけど、浩市くんはその説明では納得できなかった。病室に入った時は動揺していて何にも考えられなかったけど、病室で私の顔を見ていて疑問を懐いたのだと言う。その疑問とは、『どうして連絡が二日も掛かったのか』というのと、『なんで連絡が魔法協会からのものなんだろう』というものだった。前者は勘に近いものだったけど、でも後者は違和感があったらしい。
「連絡が来るとしたら美咲の両親か里香さんからじゃないか、って思ったんだよね。それで月曜日に倒れたのに、その連絡が水曜日に来たことにも違和感を覚えたんだ。それで、その疑問を二人にぶつけてみたんだよ」
それでも答えは変わらない。いくら訊いても二人の答えは変わらなかった。
「結構しつこく訊いたつもりだったけど、そこでは教えてもらえなかったんだ」
「じゃあ、いつ樋口君から聞いたの?」
「それは病院からの帰り道。樋口健祐君が追いかけてきて断片的に教えてくれたんだ。美咲が再び事件に巻き込まれた事や、それに今後、美咲の近くにいれば事件に巻き込まれる可能性がある事を聞かされた」
樋口君はどういうつもりで浩市くんにそんな話をしたんだろう。
「もちろん、なんで教える気になってくれたのか、って訊いたよ。そうしたら彼はこう言ったんだ。『君に選択してもらうためだよ。美咲さんの彼氏である君に危害が及ぶ可能性はゼロではないんでね。その時に何も知らないよりも、事前に少しでも事情を知っていた方が驚かないでしょ。これは大きなお世話だけど、これからの君達が歩んでいく道を考える材料になるんじゃない?』、だってさ。だったら、お前の彼女は付き合っていると危険な事があるぞ、これからも付き合っていくなら彼女との関係をちゃんと考えろ、っていう風に直接的な言い方をしてほしかったよ」
「樋口君のお節介。それは私から言う事なのに」
「うん、そうだね。でも彼、『更に大きなお世話だという事は承知で言わせてもらえば、この事を知ったからといって美咲ちゃんと別れないであげてくれませんか。彼女にとって君は大きな存在で、心の支えになっている存在だからね。だからお願いします。続けるにしろ、別れるにしろ、これからの彼女との関係をちゃんと考えてください』って、言って頭下げちゃうのだから、美咲は良い友達をもっていると思うよ」
少し妬けたよ、と浩市くんは私の肩に手をまわし私の体を引き寄せる。
「美咲の隣は誰にも譲らない。だって、ここはこれからずっと俺の特定席なのだから」
「いいの? このまま浩市くんの隣に私が居ても」
「いいよ。誰になんと言われようとも、この気持ちは変わらないからね」
私の不安な心を包み込むように優しい声で言ってくれた浩市くん。
まだまだ引け目みたいなものを感じるけれど、私はこれからも浩市くんの彼女でいたいんだ。その為なら何でもやってやるんだ。なんて言ったって私は浩市くんが大好きなのだ。その浩市くんが私のために覚悟を決めてくれたんだ、私が覚悟を決めないでどうするのっ!
「ありがとうね、コウちゃん。大好きだよ」
「俺も大好きだ」
外灯の下、ふたりは見つめ合って抱き合った。そして――。




