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 樋口君の言うとおり全身を駆け巡った苦痛は徐々に治まっていった。


「……私を置いて、樋口君はどこに行ったの?」


 逃げた? いや、ここで逃げるなら最初から私を放っておいて逃げているはず。だけど、逃げたなら上手く逃げてくれるといいなぁ。なにせ、今回も狙われたのは私なのだろうから、樋口君は思いっきり巻き込まれてしまった訳だから。でもまあ、一人で逃げられないようにしたのも私の意思か。私が生きていたいという思い。


「体が起き上がれない程……重たい……」


 いくら腕や脚に力を入れても上半身すら起こすことができない。


 しかし、樋口君が逃げているというのは、私の都合のいい願望なのだろう。この草草をこんな風にして、さっきまで赤く輝くものを放っていたのは十中八九、私たちを拉致監禁したあの人達に違いない。それなのに、私がこんな状態にもかかわらず私の前には誰も現れていない。という事は、樋口君があの人達を対処していてくれいるのかもしれない。


「まあ、これも希望的観測に過ぎないのだろうけど」


 どっちにしても私が現在独りぼっちだという現実は変えようがない。


「わたしは……生きて帰るんだ! そうして浩市くんとデートするんだからっ」


 どんなに頑張っても体を浮かび上がらせるのはせいぜい十数センチが限界で、すぐに力尽き草の絨毯じゅうたんにお腹や胸がくっ付いてしまう。


「私……ここで死んじゃうのかなぁ……。……いやだ、死にたくない」


 草を握っても力は出ない。


「死にたくない」


 腕や脚をバタつかせたくても、そんな体力はとっくに無い。


「……生きたい」


 一気に弱気になっていく心境が否応なく感じ取れてしまう。


「…………家に帰してよぉ」


 また涙が流れ始め、心の中で諦めの気持ちが広がっていく。


 だけど、巻き込んだのが浩市くんじゃなくて良かった。本当に良かった。もしもこんな目に浩市くんと遭ったなら、たぶん浩市くんは私のことを恨んだに違いない。そして殺されちゃったのだろう。なにより好きな人に恨まれて死んでいくなんて、考えただけで嫌だ。絶対に起こってほしくない。それに浩市くんが私を嫌いのまま殺されちゃうなんて辛すぎるもの。


「……樋口君には悪いけど、これに巻き込まれたのが、樋口君でよかった」


 本当にそう思っている、私。


「……最低だな、私。でも、浩市くんの顔をもう一度見るまでは死ねない。死んでたまるか」


 心がポッキリ折れちゃいそうでも心のどこかでは諦めていない部分がある。こうやって浩市くんの事を想うと不思議と諦めたくない気持ちが膨れ上がってくる。


 顔を前に向ける、すると遠くの方で赤い光が瞬いていた。なんの光だか分らなかったけれど次の瞬間、その光がボアッと一瞬だけ大きく広がる。


「何が光っているんだ――」


 ドサッ!


 目の前、マジックシールドのすぐ外側に大きく黒いものが降ってきた。だけど、暗さと涙のせいですぐには目の前のそれが何であるのか判別できなかった。


「何が落ちて……っ!」


 最初は目の前のそれが何であるのか分からなくても、目は暗さに慣れていて、それなりに周りを照らす満月に近い月が出ていれば、目の前のそれが何であるのかはすぐに分かってしまう。


 目の前のそれは身体が横にさせて、顔の半分が黒く染まり、腕からは黒いものがしずくとなって流れ落ちている。そして、ズボンの太もものあたりが大きく破けて素肌が露出していて、履いていたはずの靴も片方なくなり靴下姿になっていた。


 一言で言えば、ボロボロだった。


「樋口君っ! ……どうして」


 ボロボロな樋口君は目を閉じてピクリとも動かない。まるで死んでいるみたいに。


「……もう、ダメなのかな」


 諦めたくない気持ちが瞬時に消え失せ、力なく顔が草の上に落ちる。


 もう完全に心が折れたのだろう。あれほど感じていた恐怖心や不安感、生きて帰りたいという気持ちまでもが薄らいでいく。だんだん心の中が空っぽになっていく。


 いつの間にか視界が真っ暗になっていて、少しだけ音がよく聞こえるようになる。風が流れて草同士がこすれ合うささめきが聞こえる。トクン、トクンという脈打つ音が聞こえる。


「……なんで僕がこんな目に遭っているんだろう。まったく嫌になっちゃうね」


 樋口君のどことなく笑っているような声がして、何かと草がこすれ合う音のあとに草を踏みしめる音がした。


 ごめんなさい…………。


 そして、こちらに近づいてくる足音。


「いい加減、抵抗するのをやめなさい。悪いようにはしないから」


 突然女性の声が響いた。


「悪いようにしないですか? よくも平然と嘘を吐けますね、殺す気満々のくせに」


「ええ、殺すよ。だけど君には少し聞きたい事があるから、それまでは生かしといてあげる。そして苦しませずに殺してあげます。ねっ、悪いようにはしないでしょ?」


「聞きたい事? 何にも答えるつもりはありませんよ」


「そうですか」


 こちらに向けて草の上を駆け寄る足音。次に何かと何かがぶつかり、草の上を転がる音。


「まったく聞き分けがない。だから子供は嫌いよ」


 草を踏みしめる音。次に何を殴っているような音が響く。


「いい加減にしないと本当に死んじゃうよー、きみぃ」


 女性の興奮した声。


「黒田くーん、やり過ぎ。本当に殺したら、この子に何をしたのか訊けないでしょ」


 別の足音が私の後ろの方から横へと移り、冷淡な女性の声。


「他人の魔力で魔法を発動させるなんて聞いたことないんだから」


「見てただけの人には言われたくありませんね。こいつ、それなりの魔法戦闘術を身に着けていて、弱々しい魔力ながらそれなりに抵抗されて顔に傷を付けられたんですから」


「ほう、さすがにこの子の報告書を任せられるくらいには信頼されているとは思ったけど、魔法戦もできちゃうのか。すごいなぁ。で、いったい君は何者なんだい、樋口健祐君? 協会のデータベース探ってみても『協力者』という情報だけで、能力者という情報がないっていうのはどういう事なのかな?」


「……放せぇ」


 樋口君の苦しそうな声。


「その様子だとようやく抑制剤が完全に効いたみたいだね。やっぱり即効性はあるんだけど、それなりに実力があると完全に魔力を抑制するには時間が掛かちゃうよなぁ」


 目を横に動かすと白衣の女性が立っていた。


「それで樋口君、どうして君がそんなボロボロになってまで守る必要あるのかな、この籠宮美咲さんを。君は知っていたんだよね? この子の秘密を。だから報告書作成や警護なんかも任された、違う? まあ、来るかどうか分からない助けの時間を稼ぐのはいいけど、今の状態なら魔力を持たない私でも君を簡単に殺せちゃうから覚悟しなさい」


 白衣の女性はどこからか取り出した黒い銃の銃口を斜め下に向ける。


【――れで、万事休すか。殴られたせいで頭はボーっとするし、一人には馬乗りにされて、もう一人には銃口を向けられている。絶望的な状況だな】


「……分かりました。話します。何でも話しますから、命だけは助けてください」


「素直でよろしい。その素直さに免じて君の望みを最大限取り計らってあげます。だから聞かれた事には素直に答えなさい」


「……了解、です」


 樋口君の覇気のない声。


「それじゃ質問、君は何のためにこの籠宮美咲の近くにいるんだい? 観察と護衛のほかに目的はある?」


「おっしゃるとおり、美咲さんに近くにいるのはそういう目的からです。その為の友人関係ですし、それ以外の目的はありません」


「対象本人を前にしてよくそういう事を言えるなぁ、君は」


「言わせているのはあなたでしょ」


 私たち友達じゃなかったの? と、心のどこかで思い、そしてその思いはすぐに心の闇に消えていく。


「それで、それを命じたのは誰?」


「管理指導部の麻生魔法師です」


「そう。じゃあ、君は麻生魔法師から何て言われて任務に就きましか?」


「新たに認知された特出者の女の子がいるから、それの観察と護衛をやれといわれて」


「次に、協会に君のデータが理由はどうして?」


「知りません。そんな事、兄にでも聞いてください。兄なら僕よりかはそういう事情に詳しいはずですよ」


 白衣の女性が矢継ぎ早に質問を投げかけ、樋口君はそれに答えていく。


「ふーん。話は変わるけど、あの時何をしたの? 魔力を暴走させたこの子にさ」


「簡単なことですよ、暴走を起こしている原因物質をこちら側に移しただけです。彼女には無理でも、僕になら抑え込めると判断しました」


「なるほどね。では、このマジックシールドはどういう仕組みなのかな?」


「彼女の手の平に魔法陣を形成、そこに魔力を溜めて魔法を発動させました」


 パンっ! 爆竹の数倍の破裂音。


 横目で確認できたのは、白衣の女性の拳銃から落ちた薬きょうが地面を跳ねるところ。


「こういう状況で平気な顔で嘘を吐けちゃうヤツは嫌いなんだけどなぁ、私」


「あなたに好かれようとは思いませんけどね、僕はっ」


 頭の上の方で草が舞い散る音。その後に、パンッ、パンッという銃声が響く。


「黒田君! しっかり押さえててよ」


「仕方ないでしょ、あいつの瞬間的に魔力が爆発的に増えたんだから。とりあえず私の後ろに下がって!」


 複数の足音が慌ただしく草を蹴る。


「さすがに今の説明じゃあ、あなた達は騙せませんよね。それなりに魔法の事は研究しているんだろうし、それなりに美咲さんの警護を任せられていた人たちですからね」


 樋口君の声は恐ろしい程に冷淡。


「さすがに甘く見過ぎていたか。きみぃ、どうしてワザと捕まって見せたんだい? よかったら教えてくれないかな」


 白衣の女性の声が少し離れたように感じる。


「もちろん時間稼ぎのためですよ。一応、応援が来るまで穏便に済ませたかったんですが、嘘がばれては仕方ないです。あなた達の手足をへし折ってでも拘束させてもらいますよ。あなた達以外にはここら辺に人がいない事は確認済みですしね」


「もしかして、君たちはおとりなのかっ? だとしたら何で、その彼女に対して行った魔力暴走だなんて真似を許したんだ。あれも演技かっ」


 もう一人の女性が問う。


「もちろん囮ですよ。だから昨日に限って、僕が美咲さんに就いていたんじゃないですか。そういう意味ではあなた達の情報はダダ漏れだったんですよ。残念でした。だから大人しくしてくださいね、悪いようにはしませんから」


「……私……そんなの知らない」


 あまりに理不尽な現実にいきどおりと怒りが口から洩れる。


「はったりだろ! どうせ今の牽制が最後の魔力だったんじゃないのか? なによりそこの彼女が何も知らされずに参加する、私たちを確保する計画があるわけない」


 その瞬間、目映まばゆい光が女性たちの方向へ走り、その直後に空気が切り裂き何かにぶつかったような凄まじい轟音が鳴り響いた。


「残念ですけど、美咲さんは何にも知りませんよ。だって、そのほうが捕まった感じのリアリティが出るじゃないですか。そのために僕が少し抵抗して捕まってあげたんでしょう。という訳で、あなた達とは違って命までは奪いませんから抵抗したり、逃げたりしないでくださいね」


 裏切られたという黒い思いだけが私の心を満たしていく。


「何にも知らせずに――それが、協会がやる事かっ!」


「あなたには言われたくないですね、黒田護衛官」


 ゆっくりとした足音。


「まったく協会も酷い事をするなぁ」


 白衣の女性が呆れた風に言った後、銃声が二回鳴り響いた。


 ドサッ。草の上に何かが落ちる音。


「なんてね。嘘を吐くならもう少し上手く吐きなさい。仮に私たちが標的の計画なら、この施設に入った時点で突入なり確保されるはず。なりより麻生魔法師は君たちみたいな子供を囮に使うような真似は許さないでしょ。例え、他の魔法師の指揮だとしても」


「……よく御存じで。あなたは僕の吐いた嘘を見抜いていたんでしょ?」


「そりゃねぇ。黒田君とは違って私は、君が全く本当の事を言っていない事は解っていたわよ。まったく子供の浅知恵だわ。でも、この状況でハッタリをかませるのだから、いい度胸しているわね、君は。さすが雪乃の血を引いている事はあるわね」


 顔を上げる。そこに映った光景は、座り込んでいる樋口君は肩で息をし、それに対する白衣の女性は樋口君を見下ろして拳銃を向けていた。


「ねえ、どうしてそこまでして籠宮美咲を守ろうとしてるわけ。どうやったかは解らないけど、自分の魔力とその子の魔力を部分的に入れ替えてまで、暴走した魔力を抑え込んだのだから。それなりの理由があるんじゃないの?」


「…………」


 樋口君はゆっくりと顔をこちらに向ける。その表情は今にも泣きだしそうな笑顔をしていて、それはまるで恐怖に顔を歪めているようにも見える。


「……知っているんですよね。知っているから、美咲さんを狙ったんですよね? だったらこれ以上、僕に何を喋れと言うんですかっ! 僕は絶対にあなた達には本当の事は言いませんし、言ってたまるかっ!」


【最初の動機としては、世間体的なことを気にしたり、置いて行ったら後悔しそうだったからという気持ちもあったのは確かだ。でもまあ、実際は桜ママとの約束があったのもあるけど――それに、みっちゃんの苦しい顔は見たくなったんだ、本当に。でも、これで最後なのかな】


 ママとの約束?――それより最後って何よ、最後って。


「今の話は何かな、私達の前では一切本当の事は言っていないのかな? あの奪った資料には断片的なことしか載っていなくてさぁ、正直に喋ってくれると助かるのだけど」


「そういう情報はあなた方が自分で集めればいい」


 銃声が響く。


 肩の前で何かが小さく光ったかと思ったら、樋口君は腕を抑えて倒れる。


「弱々しいシールド、もう弾を逸らす力もないじゃない。とりあえず聞くけど、その子のマジックシールドを解く方法はあるのかな? 暴走していた魔力が急に落ち着いたり、突然魔力の色が変わったみたいだし。この短時間にあの子の身体に何が起こったのか、連れて帰って色々しっかりと調べたいのだけどね」


「……そんな事はさせない」


「黒田君、なんとか出来そうかな」


 スーツの女性が私の傍らに立ち、私を覆うマジックシールドに手をかざす。


「なによ、この子。全身に術式が張り巡らされていているじゃない、こんなの調べた時にはなかったのに何で……。無理です。どうやらこのマジックシールドの発生源、この中にいるこの子みたいです。しかも、かなり精度が高くて時間が掛かります」


「くっ。君ィ、何とかしなさい!」


 白衣の女性は樋口君の上に馬乗りになると、樋口君に額に銃口を当てる。


【あー、この目は本気だな。死ぬな、こりゃ。やばいなー】


「早くあれの解き方を言いなさい! さあ、早く!」


【恒久的な術式で正解だったな。解くも解かないも美咲さん次第だけど、助けが来るまではこのままだ。あとは美咲さんの体力が持ちこたえられるかどうかだけ】


 私次第? でも私、これの解き方知らない。ん? 何の音。


 私の耳に届いたのは、遠くの方から聞こえるヘリコプターのエンジン音。


 その時、白衣の女性は自分の耳に手を当てると一言、『了解』と言った。


「黒田君、撤退するよ。もうすぐここに正義のヒーローのお出ましだ」


「でも、この二人はどうするんですか?」


「ん? こうするよ」


 白衣の女性はポケットから黒いものを取り出すと、樋口君の首元に素早く当てた。すると樋口君は腕を押さえていた手が地面に力なく落ちていった。


「気を失わしとけば、この距離だし爆発に巻き込まれてくれるでしょ」


 白衣の女性は立ち上がると、ここに現れた方へと歩きはじめる。


「どうして今殺さないのですか?」


「私は黒田君とは違って直接手を汚す度胸はないの。さあ行くよ。もうその子のマジックシールドはどうこうしている時間はないし、人造能力者の解明は今度の機会としよう」


「相変わらず甘いですね。いいや、結果が同じなら何でもいいんでしたっけ、あなたは」


 スーツの女性はそう言いながら白衣の女性のあとを追って行き、二人の足音は遠くへと遠くへと遠ざかって行った。


 そして、謎の施設と森の間の草地に、傷だらけの樋口君と疲れ切った私が残された。


 体が重たく起き上がれそうにもない私は、顔を上げてジッと傷つき倒れている樋口君を見つめる。そして考えていた。今回こんなに傷だらけになってまでも、私を守ろうとしてくれた嘘つきな友達のことを。


 バカだよ、樋口君は。こんなに傷つくくらいなら逃げちゃえばよかったのに――でも、そうはさせなかったのは私なのだろうけどね。……だけど、今度は本格的に私のせいで人を傷つけてしまった。しかも、その傷つけてしまったのは樋口君で、その理由が私を守ろうとしたおかげなんて、自分をどんなに責めても責め足りない。


 ばかに重たい体を起こすとへたり込んだ私は、そっとマジックシールドに触れる。すると全身の血流が止まったような感じがし、次の瞬間、脳裏に突然変な模様が浮かび上がる。その変な模様はどことなく樋口君が私の手に記した魔法陣に似ているような気がする。そして再び血液が流れ始めると、マジックシールドは手が触れたところから消えていった。


「……何で、こんなに体が重たいのっ。でも行かないと」


 無理やり立とうとすると脚が震えてしまい、膝から手が離せない。それでも前に進まないといけない。


「何が爆発するのか知らないけど、早くここから離れないと」


 しかし、倒れている樋口君との距離が簡単には縮まってくれない。五メートルもないその距離を一歩踏み出してはよろめき、一歩踏み出してはよろめきの繰り返しだからだ。


 なんで私こんなに頑張っちゃっているんだろう。非力な私なのに。どうせ私なんか誰かに助けられてばかりで、誰も助けやできもしないのに。それでも、私を守ろうとしてくれた友達を何にもせずに目の前でみすみす死なせるなんて嫌だ。今、ちゃんとやれる事があるならやる。けれど私にはこの状況は変える事はできない。だけど樋口君なら、樋口君一人をどうにかできるかもしれない。だから私は、樋口君の元に行って樋口君の意識を取り戻さないといけないんだ。


「……やっと着いた。たったこんな幅なのに」


 なんとか転ばずに樋口君の元にたどり着くと、膝を地面に着いて樋口君をさする。


「樋口君。樋口君起きてよ。起きてったら」


 触れる樋口君の身体は驚くほどに熱く、私にでもこのままでは不味いと分かる。


「ねえっ! 起きてよ、樋口君! 起きて、起きて、起きてよ。ここに居たら死んじゃうんだよっ! お願いだから、起きてよ……バカ」


 今、出る限りの大きな声で呼びかけても樋口君は目を開いてくれません。


 顔の半分が黒く染まっていても、どことなく苦しそうな表儒だということは解ります。


 それでも私には樋口君を背負ってココから離れる事も、爆発から守ることもできません。ただこうやって樋口君の身体をさすったり、目を覚ますように呼びかけ続けることしかできやしないのです。


 無力の一言に尽きる。


 ん? なにか、うるさい。


 気が付いた時にはヘリコプターのエンジン音が真上から降ってきていた。


「……ヘリコプターだ。なんでここに?」


 もしかして助けが来たのでは? と、思い至ったのはヘリを認識してから数秒後のことで、私は慌てて両手を大きく振った。するとヘリコプターの姿は徐々に大きくなってきて、月明かりの下、だんだん青色の機体にオレンジ色のラインが入っているのがはっきり見えてくる。


 ヘリコプターが降下にしてくるにつれ風が吹いてきて、刈られた草が宙に舞う。


 私はヘリコプターを見上げながら助けが来たかもしれないことに安堵する一方で、目の前の警察のヘリコプターらしいそれを疑っていた。疑う理由、それは今の状況を招いた事を考えれば当然だと思う。魔法協会の警備の人に誘拐されて、樋口君がこんなに傷付けられれば、いくら警察だろうと疑いたくなる。それでも何もできない私には、目の前のヘリコプターを助けのものだと願う事しかできないのだった。


 と、そこで目の端で光が走ったかと思ったら、次の瞬間には鼓膜こまくが破けそうな程の爆発音。一瞬、何が起こったのか分からなかった。けれど、次から次に謎の建物から爆発の炎が上がり、爆発音は立て続けに鳴り響くのを見て、あの人達が言っていたのはこれの事だったんだと理解する。


 爆発は私たちがいる反対側で起こっている。だけど、どんどんこちら側に迫りくるのが、立ち上る火柱の大きさや爆発音で私にでも分かる。そして、もうすぐここも炎の中という事も容易に想像ができた、


 あまりにも絶望的な状況に思わずヘリコプターを見上げる。


 ヘリコプターの機影はどんどん小さくなっていく。


 私はとっさに樋口君に覆いかぶさると、樋口君の頭を胸に抱いて目をつむる。


 次の瞬間、聞いたこともないような爆発音がして全身が熱に包まれた――。


 死んだ、と思った。しかし、こうやって考える事ができているという事はまだ生きているのは? と、考え直し、恐る恐る目を開けた。すると目の前が緑一色だった。


「……? そうかぁ、ここが天国かぁ」


「残念ながら、まだ天国ではないよ。美咲ちゃん」


 声をした方に顔を向けると、そこには樋口君がいた。


「……なんだ、樋口君かぁ」


「残念だけど、それも違うよ。健祐なら君が抱きしめているからね」


 私は下を見る。そうしたら目を閉じた樋口君の傷だらけの顔があった。


「ひぐちくんがぁ、二人いるぅ? おかしいなぁ」


「おっと、そろそろ限界みたいだね。意識がある内に言ってこう。ごめんね、二回もこんな目に遭わせちゃって。もっと僕が上手く立ち回れていたら……とにかく、ごめん」


 樋口君は頭を下げる。


「それと健祐をかばってくれて、ありがとう」


「わたしにぃ、ひぐちくんがぁ、おれいをいわないでぇ。あやまらないと、いけないのは、わたしのほう、なんだから――」


 急に意識が遠のいていく。


「あとは安心し――りなさい。気が付くころにはベッドの上だから――――弟を守ってくれて本当にありがとう」


 そう言って樋口君は微笑んだ。


 だんだん真っ暗になる。でも怖さは感じなく、安心感だけが広がっていく。


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