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 頭が重い。目がぼやける。暗い。


 体が動かない。いや、違う。動かないんじゃない、動かせないんだ。


 手足が何か硬い物で拘束されているみたいだ。


「……ここ、どこ」


 ぼんやりとした頭の思考回路を働かせながら辺りを見回す。けれど、この暗がりではここが屋外ではなく屋内らしいという事しか把握できなかった。ただ、どうやら私は仰向けに寝かされている状態で拘束されている事は把握した。


「う、うーん」


 腕を無理矢理動かそうと力を入れれても、微動はするけど手首に付けられた何かにせいで全然動かせない。それに無理に動かそうとすると何かが手首に食い込んで結構痛い。


 次第に意識がハッキリとしてくると、どうやら手の感覚では私は何か柵のないベッドのようなものに寝かされているようだった。そして、学校からの帰り道に樋口君に尾行された事や、その後の出来事を思い出してきた。だけど、思い出したところで手足は動かせず、暗く周りの様子すら分からない今の状況では、私はどうする事もできない。


「ひっ……」


 とりあえず樋口君を呼ぼうとしたら、まったく声が出てこなかった。しかも、その後何度も樋口君を呼ぼうとしても声は詰まって出てこなかった。


 どうして声が出ないのよ……。


「みさきち、起きた?」


 えっ。


 突然聞えた樋口君の声は、どこか弱弱しく小さい。


「ひっ……ひぐちくん?」


 声を張ろうとしても声は出なかったけど、小さな声なら出せた。


「そうね、僕は樋口健祐だね。それで美咲さんは怪我とかない?」


「うん、たぶん。それより樋口君は大丈夫? あんなに蹴られていたけど」


「おかげで、あっちこっち痛むよ。おまけに眼鏡も壊されちゃったし、まいっちゃうよ」


 樋口君の声を聞く限り、樋口君とはそんなに離れていないように感じる。


「ごめん。私が巻き込んじゃったんだよね」


「――うん、そうだね」


 そう口に出されて認められると、分かっていてもかなり心が痛む。


 だけど、どうして私ばかりがこんな目に遭わなくっちゃならないのだろう。たしかに私は他の能力者と比べれば珍しい特出の能力者だけど、能力者としては特段高い魔力をもっているわけでもないのに、なんで二回も誘拐されなきゃいけないのよ。


 バカ。


「ねえ、樋口君は三月の時にどうして私が狙われたか知らない?」


 今回、どうしてこんな風になってしまったのか、少しでも手掛かりがほしかったのだけど、樋口君の答えは私が期待するのではなかった。


「一応、美咲さんのデータは読んだことはあるけど、三月の事件の記録は概要だけで、犯人の犯行動機までは書いてなかったから」


「じゃあさ、今回は何で狙われたと思う? 樋口君の意見を聞かせて」


 そう訊いた途端、樋口君は黙りこんでしまい、真っ暗な空間にひと時の静寂が訪れる。


 そして、その静寂の中にカツン、カツンという音が響く。その音は次第に大きくなっていき、近くまできたと思ったら急に音はしなくなった――途端、一気に目の前が真っ白なった。


「まったく、やってくれるわね」


 ギー、という錆び付いたなにかが動く音とともに女性の声がして、再びカツンカツンという音も近づいてきて、すぐ側で音はしなくなる。


「樋口健祐君。君の腕時計に小型のGPSと発信機が付いていたみたいだけど。もしかして、君はこの事態を予見していたのではありませんか? ここは正直に白状していただけると我々としては助かるのですが」


「答える必要はないと思いますが」


 樋口君がそう答えると同じ頃、私の目が電灯の光に慣れてきた。その慣れてきた私の目に飛び込んできた光景はあまりに酷いものだった。


 樋口君の顔は半分が晴れ上がり、濡れたままのワイシャツにはところどころに靴跡がくっきりと付いている。しかも両手は、樋口君が座り込んで寄り掛かかっている、天井から床に伸びる銀色の棒に後ろ手にされて、黒い手錠が掛けられていた。でも、そんな状況で樋口君は柔らかい笑顔を浮かべて――お腹を蹴られ、瞬時に苦しそうな表情に変わる。


「君さぁ、このまま何も喋らないと殺しちゃうよ」


「そうですか、もう僕には人質の価値はありませんか。でも、あなたたち、喋ったとしても僕を殺す気ですよね。そんなんで喋るわけないでしょ」


「そう。苦しまずに殺してあげるつもりだったけど、死ぬ間際まで苦しみなさい。そうだ、あと、君の腕時計は排水溝で見つかったそうよ。よかったわね、見つかって」


 そう言って黒田と名乗った女性は笑顔になり、また樋口君のお腹を蹴りこんだ。


 樋口君は苦しそうにうなだれる。


 なんとかしないと樋口君が殺されちゃう。でも、今の私には何もできることがない。


「も……もう、やめて」


 思わず私の口から発せられた言葉。それに女性は一瞬驚いた表情を浮かべたけれど、すぐに完璧な営業スマイルを顔に貼り付けて、ゆっくりと私の側までやってくる。


「お目覚めですか、モルモットちゃん。おそらく――いや、絶対にあなたは、どうして自分がこういう状況に置かれているか分からないでしょう。でも、それでいいのです。だって、あなたは実験動物なのですから、これから行われる事を知る必要はありません。ただ私達に大人しく素直に従っていればいいのです。解りましたか?」


 どうして私がモルモットで、実験動物なのよ。それに、そんな意味不明な事を従える訳がないでしょ。この人、頭がどうかしている……。


「嫌です」


 途端、女性は私のお腹に直接手を置く。その行動で気がついた、今の私がブラジャーとパンツしか身に付けていないことに。


「バカな子」


 女性がそう言った瞬間、全身に無数の針を刺されたかのような激痛が走る。


 その激痛は瞬時に治まったけれど、私の言葉にならない叫び声が部屋中に響いた。


「理解できたかな? あなたに否定権はないの。だから、素直に従ってちょうだい。もう今のような痛いのはもう嫌でしょ」


 この人、私にこんな事をして、いったい何が目的なの……。


「ハァ、ハァ、そんなの理解できる訳ない」


「聞き分けない子って、私嫌い」


 女性はものすごく冷淡な顔になる。


 そして、再び激痛が全身を包み、今にも意識が飛んでしまいそう。


 ……この痛み、三月のあの時みたい……もう、いや……このまま、殺して……。


「やめろーっ!」


 涙で視界が歪んできた頃、息苦しそうな叫び声が響いた。その瞬間、痛みは治まり全身の力が抜けていく。そして、自分の息が弾み、鼓動も早いことを自覚した。


「まだ十秒も経っていないのに止めてあげるなんて、君は優しいなぁ」


「まだ十秒? それだけ体内の魔力を暴走させれば……十分だろ!」


 女性は振り向くと、三メートルくらい離れた樋口君を見る。


「へー、知っているんだ。こんな風に魔力を暴走させると体力を奪わせることと同時に、全身に針が突き抜けるような痛みが走ること。でも知っていたとしても不思議ではないか、雪乃の落ちこぼれ君」


「僕は雪乃じゃない、樋口健祐だ。間違えないでもらいたい」


「どっちでもいいのよ、そんな事は。君の喋るべきことは、この子の魔力の源が誰なのかを知っているのか、知らないか、それだけなんだよ」


 私の魔力の源が誰かって、どういう意味?


「何度でも言う、知っていても答えるつもりはない」


 私が気を失っている間に、樋口君とこの女性はこういうやり取りを繰り返していたのかもしれない。


「ふーん、そう。なんだか君で遊ぶのも飽きちゃったから、少し眠っててくれる」


 女性は手を樋口君に向けた瞬間、空気中に光が走った。そして次の瞬間には、樋口君は床に倒れこんでいた。


「さーてと、あなたの意識が戻ったことだし、実験を始めますか」


 女性はそう言うと、部屋を出っていった。


 静かな部屋に気を失った樋口君と残されて、これから何をされるのかと考えてしまうと、さっきまでの緊張感が一気に不安感や恐怖心にへと変わっていく。それらの感情で心が押し潰されそうで手足を無理に動かそうとしても、手首や足首に付けられた黒い手錠はびくともしない。


「……お願いだから、誰か助けてよ――」


 自分の力ではどうしようもできないこの状況に、新たに涙が溢れてくる。


 また三月の時のように殴られたり、蹴られたりされるかもしれない。それは嫌だし、ものすごく怖いけど、それらを防ぐ術は私にはない。だけど、あの女性の言う事を大人しく従っていれば暴力は振るわれないかもしれない。そうだ、なされるままにしていれば、もうあんな痛い目に遭わなくて済むかもしれない。もう痛い思いをするのは嫌だ。なら、無駄な抵抗をせずに嵐が通り過ぎるのを待つべきなんじゃないの?


「……痛いのは嫌」


 心の中は、抵抗することをあきらめる気持ちが広がっていく。


「いやだ……諦めたくない」


 本当は無抵抗にされるがままなんて嫌だ。私が無抵抗にしてたからって、生きて帰れるとは限らないのだから。だけど、抵抗する術はない私が反抗的態度を取ったら、そこに横たわっている樋口君みたいに一方的に暴力を振るわれるかもしれない。


「樋口君、起きてよ。なんでそこで寝てるのよ。準魔法師なら私を助けてよ」


 そこで思い出す。樋口君が能力者であり、準魔法師であることを。


 そうだ、樋口君は準魔法師なのだ。今の状況を何とかできるとしたら、そこに横たわっている樋口君しかいない。惠ちゃんよりも魔法を上手く使いこなすという樋口君しか、今は頼れる人はいないのだ。だから――


「お願いだから、目を覚ましてよ。ねえ、樋口君」


 しかし、樋口君は目を閉じたまま動かない。


「なんで起きないのよ、バカ」


 怖くて、不安で心細くて、このどうしようもできない状況からも逃げられない。


「怖い……怖いよ。誰でもいいから助けてよ……助けてよっ!」


 ようやく自分の意思で大きな声を出せたけれど、状況が変わる訳もなくて、私の心は得体の知れない不安感が大きくなっていき、心の勇気の部分が今にも押し潰されそうで、そんな心の状態に耐えられなくて――再び、涙が溢れだした。


 ……いやだ、このまま死にたくない。まだやりたい事がいっぱいあるのに、こんな訳の分からない事に巻き込まれて……。


「起きてよ、樋口君! 惠ちゃんよりすごい魔法使いなんでしょ」


「それはないわよ」


 私の願いに返ってきた返事は樋口君のものではなく、女性の声だった。


「この樋口君に何を言われたかは知らないけど、この子には魔力の欠片だってないのだから」


 その声の持ち主はさっきまでの女性とは違い、スタイリッシュな眼鏡を掛けた白衣姿をしている。そして、白衣の女性は樋口君の側まで行くと、自分の前髪をかき上げた、


「やり過ぎ。一応この子には、暴走魔力下における人体への影響を調べるための実験台になってもらうのだから死なせちゃダメ」


「だって、コイツ生意気だったから、つい」


 頭の上の方から、さっきのスーツの女性の声がする。


「まあ、いいわ。とりあえず生きているみたいだし。さてと、実験の続きを始めますか。あなたはこの被験体に観測装置を取り付けなさい」


 白衣の女性はスーツの女性にそう指示を出すと、私の側に立つ。


「やっぱりお金で素人に任せるもんじゃないわね、こういう事は。一応、それなりのデータは得られたけれど、薬の投与する量を間違えて魔力を暴走させちゃうのだから」


 そう言いながら白衣の女性は、私の拘束されて曲げられない腕を、そっと指で撫でた。


 腕を撫でられた瞬間、全身にゾワゾワとした感覚は走り、頭の中が白くなりかける。


「ねえ、君もそう思わない? 籠宮美咲さん」


「いったい何者なんですか、あなた達。魔法協会の人だなんて嘘なんですよね」


 私の疑問に対し、白衣の女性は薄い笑みを浮かべる、


「今の状況でそれを拘束している者に言うんだ。勇気あるね、君。いいわ、その疑問に答えてあげる。君の指摘は、半分正解で半分間違い。私は協会の人間ではないけど、そこにいる黒田は正真正銘、魔法協会に所属する警護担当者で、魔術師だ」


「どうせ協会側にはすでにバレているとは思いますけど、ひとの情報を勝手に喋らないでもらえますか」


「特に問題はないでしょ。だって、この子には死んでもらうのだから」


 そんなことを無表情で言う白衣の女性。


 正直、死ぬのではないかと思っていたけど、こうして口に出されて死の宣告をされてしまうと、恐怖心が増大して心が折れそうになる。


「な、なにを……人の命をなんだと……」


 心の中は恐怖心いっぱいでも、何かを言わないと気が済まない――いや、何かを言わないとそのまま絶望感に囚われて、このまま生きる事を諦めちゃいそうで怖いのだ。


「そうね、社会倫理的には問題発言ね」


 そう言うと白衣の女性は、私の頭の上らへんに立つと、両手で私の顔を挟んで固定し、私から見れば逆さまの顔を近づけて口を開く。


「でも、私達からしてみたら君の命なんて、実験用マウスとそう変わらないというだけだよ。それが私達の君に対する価値観。君が死んでくれる事によって得られる価値は、君が生存して得られる価値よりも大きいのよ。私達の組織にとってはね」


「だから……大人しくあなた達のために死ねと言うの! そんな横暴が許されてたまるか!」


 私の叫びに近い抗議に対し、白衣の女性は私の顔から手を放すと、樋口君の側に近づいていく。


「君はさ、どうして自分がこんな目に遭うのか分かる? 分からないでしょ。だって、君は知らないでしょ、君の秘密を」


「余計なことは言わないでくださいよ。組織としては魔法協会側に、この計画の推進状況は知られる事は避けたいところなんですから」


 そう言いつつスーツの女性は、私の足から頭までに変な機械にコードで繋がった白い丸い物を付けていく。途中、体をよじって抵抗してみたけれど、私の魔力を暴走させてその抵抗を無力化された。


「乱暴なことはしないでね。あんまり体力を衰退されると、実験で影響が出るから」


「だったら少しは手伝ってくださいよ」


 スーツの女性のいう事をスルーして、白衣の女性はしゃがんで棒に繋がれて倒れている樋口君を見つめる。


「これが雪乃桜の忘れ形見か」


 白衣の女性は倒れている樋口君の体をあっちこっち触っている。


「なるほど、意外な発見かもしれないな。双子の姉は母親の才能を受け継ぎ、その弟はまったく受け継げなかったと、これまで我々は考えてきた。けれど、君のさっきの発言で少し見方が変わるかもしれない」


「……なんのこと?」


 私にはさっぱり意味が分からなかった。


「黒田君、ケースから注射器取って、そのままこっちに投げて」


「どういう事ですか? 魔力が存在しないヤツになにかあるとでも」


 注射器が私の上を飛んで、白衣の女性の元へと届く。


「あらがち嘘ではなさそうだよ。この子が魔法使いである事は」


「それはあり得ないですよ。だって、魔力がないから夫の弟夫婦のところに引き取られたんですから。もしも、魔力が少しでもあるのなら双子の姉同様に雪乃家に引き取られているはずですよ。それに、その樋口健祐のことなら何度も調査を行いましたから、そいつが能力者であるはずないですよ」


「だけど、この子の手の平に微かだけど魔法焼けがあるのよ。少なくともこの子は、三日から一週間以内に手袋着けずに魔法を発動させた可能性が高い」


 白衣の女性は注射針のキャップを取ると、樋口君のシャツの袖を捲くって腕に注射を打ち、素早く血抜き採る。そして立ち上がると、再び私の側までやってくる。


「ですが、その樋口健祐からは魔力のオーラは感じませんでしたし、それに捕まえた時にも魔法による抵抗は見せませんでした」


「どうして魔法を使わなかったのは、私には分からない。だけど魔法焼けがあるという事は、魔法陣を構築しないで魔法を発動させたという事だから、それなりに技術はあるという推測は成り立つ」


 突然、機械の動く音が鳴り響く。


「観測装置、順調に起動開始」


 そのスーツの女性の発言は、たぶん私に対して行われる何かの実験の準備が着々と進行している証。それは同時に、私の死へのカウントダウンが着実にその残り時間を減らしている事でもある。


「私の秘密って何ですか」


 本当は「もう、やめて」とか叫びたいけれど、どうせ叫んだところで今の状況は変わらない。だとしたら、私が今できる事といえば、こうやって来るかどうか分からない助けを待つために時間を稼ぐ事くらいしか考えつかなかった。


「私、どうせ死んじゃうんですよね。だったら教えてください、私の秘密を」


「時間稼ぎのつもり?」


 スーツの女性に、私の浅知恵はあっという間に見抜かれてしまった。


「大丈夫よ、そんな小細工しないで。捜査員に発見される頃には、君達は冷たくなっているから」


「それでも知りたいんです。もう自分の事なのに知らない事があるなんて嫌だから」


 これは本心だった。


 何も知らされないで、十五年間生きてきた私。それが周りの優しさだとしても、本心としては本当の事を教えておいてもらいたかった。そうすれば心の準備ができたと思うから。そして、今もまた、私の知らない私の秘密とかで殺されようとしている。死ぬのは嫌だけど、どうせ死ぬのなら殺される理由は知っておきたい。


「死ぬ時まで、何にも知らないでいるなんて嫌だ」


 そう小さく呟いた。


「黒田君、念の為にそっちの子に魔力抑制剤ね」


 残りの命の時間がどんどん短くなっていく。


「君はね、創られた能力者だから死ぬの」


 白衣の女性は突然、無表情で私に喋りはじめた。


「創られた能力者だから……」


「もう少し詳しく言えば、ほかの能力者の魔力を移植されて人工的に生み出された能力者――それが君。それで、魔力の移植には高度な魔力制御と魔法技術が必要で、おまけに移植された人間の一日の生存率が五パーセントにも届かないから、魔法協会設立時に正式な禁止事項になったはずだったのだけど」


「そんなのあなた達の勝手な想像じゃないのですか? 私の受けた説明と違います」


「君がどう思おうと勝手。しかし、我々の組織は君の存在を有益だとも、有害だとも考えている。君の魔力定着方法が分かれば、これまで能力者を増やすには妊娠・出産という過程を踏む必要があったが、それが普通の人間を能力者に変える事が容易になるだろう。そうすれば組織と魔法協会との力関係は引っくり返ると、組織は考えているらしい」


 この人達は能力者を増やして何をやろうというの。


「その一方で、組織にとって君の存在は許されないものらしい。なんでも、自然交配を経て生まれなかった能力者や純血能力者以外は、一般人と同様に劣等種――そうね、実験動物程度にしか感じていないらしい。いいわよね、この論理的な考えと、ある種の宗教的な考えの矛盾した二つの考え方が一つの組織に混在している、そういうところは、自ら見下している私達と変わらないのだから、人間味があって好きよ。ねえ、黒田君」


「余計なお喋りしていないで実験を進めてください。それがあなたの仕事ですよ」


 そう言われて白衣の女性は私から目線を外す。そして、頭の上のほうに足音をさせる。


「私自身には君に思うところはないけれど、そういう訳だから実験材料になって死んでちょうだい。できるだけ苦しまずに逝かせてあげるから」


 今にも心が壊れそう。


 こんな理不尽な理由で私の命が奪われようとしている。そんなの許したくないし、許される事ではない。だけど、こんなどうにもならない状況で精神がおかしくならない方が無理というものだと思う。でも、今でも張り詰めた気持ちがバラバラならずにいられるのは、三月の経験があるからかもしれないし、そこに樋口君という存在がいるからかもしれない。それでも、浩市くんにもう会えないと思うと……


 もう浩市くんに会えないなんて嫌だ。これからも浩市くんとはずっと一緒にいたいし、もっと色んな経験をしていきたいのに、こんな事で終っちゃうなんて嫌だ! もっと浩市くんと人生を歩んで生きたいのにっ!


「……まだ死にたくない、死にたくない!」


 もう恥じも外聞も気にする事はない。


「放せ! 放してよ! まだ私にはやりたい事があるんだーーっ!」


 そう叫んで手足をバタつかせると、拘束具が擦りあってガチャガチャと音が響く。


「黒田君。このままだと、実験にならないからこの子の意識を飛ばしちゃってくれる。また精神安定剤を取ってくるのも面倒だし、たぶん実験結果にはほとんど影響はないから」


「どうして私なのよ。どうしてこんな目に遭わないといけないのよ。もうこの世の中に神様なんているもんかーーっ! お前もそこに寝てないで目を覚ましなさいよ、バカ樋口! 恵さんが言うように、あなたは恵さん以上の魔法使いなら私を助けてよ! 助けなさいよ! お願いだから助けてよ……助けて……」


 もう涙は止められない程に溢れだし、精神は錯乱に近い状態で口を動かすことしか、私にはできなかった。


 スーツの女性がやってくる。そして、私の顔面を鷲摑みにする。


「おやすみなさい、もう目を覚ますことはないと思うけど」


「嫌だ、私はまだ生きたいんだ! 生きて、浩市くんと――――


 その瞬間、私の意識はテレビの電源を落としたように、あっという間に途切れた。


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