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樋口家から帰宅すると、私はすぐにベッドに寝そべった。
あの後すぐ、お父さんがワゴンタイプの自家用車で迎えに来た。樋口君とはあのまま険悪な状態で樋口君の部屋を後にした。その時、樋口君から『美咲さんが僕をどう思おうと勝手だけど、僕の事は他言無用でお願いしますよ』と、事務的な対応で念を押された。
「お姉ちゃんはさ、樋口君が能力者だったことを知っていたんだよね? じゃあ何で樋口君は、その事を私には教えてくれなかったのだろう」
私は寝そべりながら、本のページをめくる音をされているお姉ちゃんに言った。
「帰りの車の中で一言も喋らないと思ったら、そんな事を考えていたの?」
「別に、そればかり考えてたわけじゃない」
そうは言ったけれど、ほかに考えていた事は特に大した事ではなく、あの神社で樋口君に会ったのは偶然だったのか、それとも私を探していた上での作為的なものだったのかを考えていたりしていた。
「まあ、いいか。私と智子の付き合いは結構長いからね、健祐くんが能力者だっていう事は知らないうちに自然と知っていた感じだったんだ。でも、四年くらい前かな、健祐くんが能力者だという事は秘密にしといて、って智子から頼まれたんだよね。だから、健祐くんが私に教えたわけではないんだよ」
「どうして秘密なのか、理由は聞かなかったの?」
そう訊くと、お姉ちゃんは本を畳む音をさせた。
「聞いたよ。能力者だという事を秘密のする理由が分からなかったからね。だけど、智子は『解らない』と答えるだけだった。まあ、私に直接関係なかったし、その言葉を信じることにしたのだけどね。でも、今になって想えば、智子は理由を知っていて言わなかった――は、ちょっと違うな。正確には、知っていたけれど言えなかった、だな。その理由はなんとなくだけど分かるような気がする」
と、そこでいきなりベッドのカーテンが開かれ、お姉ちゃんがベッドの柵に腰を掛けてきた。
「まあ、そう思えたのは美咲の件があったからなんだけどね」
私は顔だけをお姉ちゃんの方に向ける。
「私の件?」
「そう、三ヶ月前の美咲の件。あの時、私達が病院に到着してベッドに横たわった、真っ白い髪の毛をした美咲を見た時のお父さんとお母さんが意外と冷静で、魔法協会の人との受け答えも落ち着いていたんだよ。その一方で、なにも知らなかった私と歩美は度肝を抜かされた。なにしろ自分の妹や姉が突然能力者だと知らされたもんだから、かなり驚ろかされたよ。もちろん真っ白い髪で、手足に包帯が巻かれていた状態で横たわっていた美咲の姿にも驚かされたけどね」
お姉ちゃんの口から三ヶ月前の話を聞くのは初めてのことで、なんだか新鮮な感じがする。
「でもあの時、お父さんが魔法協会の人に『もっと早く本人に伝えていれば、こんな事にならずに済んだのでしょうか』って、個室で言っているのを偶然聞いちゃったんだよね。そこで頭に過ぎったのは智子のことだった。お父さんはお父さんなりに美咲のためだと考えて、美咲が能力者だという事を秘密にしてきた。それと同じように、智子は健祐くんのために言わなかったんだと実感させられたんだ」
「でもそれは、おそらく智子さんの意思ではないよね。誰かに言われた事だよね」
「たぶんね。それでも、今に至るまで秘密にしておく理由は聞いたことがないから、そこには智子の強い意思が働いていると思う。だって、人はそうそう秘密を秘密のままにはできないからね、今日の健祐くんみたいに」
そこでお姉ちゃんは何かを思い出したように小さく笑う。
「それにしても言わなくてもいい事まで喋っちゃうところは、おっちょこちょいな健祐くんらしいよなぁ。そういえば美咲の報告者を自分で作成するか、他の人に任せるか悩んでいるのをうっかり喋っちゃって、それが原因で私たちに女装させられちゃったんだよね。しかも、かなり様になっていて結構可愛かったんだから」
「……樋口君、悩んでたの?」
「うん。私たちに不意に尋ねられて思わず喋っちゃうくらいには、悩んでいたんじゃないのかな。すぐに慌てて口に手をやっていたけど、もうすでに後の祭りだったけどね」
だったら他の人に任せちゃえばよかったのに。そうすれば私がこんな気持ちにならずに済んだのに……というのは自分勝手な考えなんだろうなぁ。今の私、樋口君に対して許せない気持ちと、お世話になっておいて大分酷い事を言ってしまったことへの申し訳ない気持ちが、心の中でせめぎ合っていて、心がチクチク痛い。
「だから、健祐くんも好き好んで美咲の報告書を書いていたわけじゃないんだし、早めに仲直りをした方がいいと思うよ」
「……いやだ。どうして、私の事を隠れて調べて報告する人なんかと仲直りしなくちゃいけないの。あっちから謝ってくるなら別だけど、私から仲直りするつもりはない」
私はそう言うと顔を枕に埋め、もう話しはしたくありませんという意思を示す。すると、お姉ちゃんは深い溜息をついた。
「意地っ張り」
「……お姉ちゃんに言われなくても、そんなこと自分が一番分かってるもん」
それでも樋口君がやっていた事は許せないのだ。私に秘密で、私自身や私の交友関係を勝手に樋口君の主観で報告書を作っていた事に、私はなんだか受け入れがたい嫌悪感を懐いている。例え樋口君が積極的に報告書を作ったのではないのだとしても、それは変わらない。
「仲直りするかどうかは美咲の自由だけど、嫌でも同じクラスの健祐くんとは、明日以降も顔を合わせなきゃならないのだという事を覚えておきなさいよ」
「もお、どうして私と樋口君は同じクラスなのよ。樋口君の言うとおり作為的なものなのかな? いやだ、顔を合わせたくない」
「それは健祐くんも同じだと思うけど。まあ、これは美咲たちの問題だから私はもう口は出さないけど、健祐くんには健祐くんなりの報告書を作成する事情があるということを忘れちゃダメだよ」
お姉ちゃんはそう言い終えると、私の頭をクシャクシャ撫でまわしてからベッドの柵から腰を上げた。
「さてと、明日は学校だし、とっとと風呂に入って寝ますかな」
そう言ってお姉ちゃんは、部屋を出ていった、
部屋に残された私は、今の体勢を変える気力もなかったけれど、枕に顔を埋めたまっまだと息苦しかったので顔を自分の部屋の方に向ける。
「……樋口君の事情かぁ」
そういえば、どうして樋口君は報告書を作成することを引き受けたのだろう? お姉ちゃんの話だと引き受けるかどうか迷っていたみたいだけど、だったら断っちゃえばよかったのに。そうすれば、こんな喧嘩になることもなかったのだから。でも、迷っていたという事は、樋口君はこうなる事も予想していたのかもしれない。
「……それでも引き受けたんだよね、樋口君は。私に嫌われるかもしれないのに……樋口君にとって私がそれだけの友達だったっていう事なのかな……」
そう考えてしまうと気分が落ち込む。
「……今日は色々とあり過ぎ。おかげで全然気持ちの整理ができないや」
今、机の上の携帯電話を取って誰かに相談したいのに、それができない程に気が重たく、体も疲労感でいっぱいだった。
「……なんていう酷い一日だったんだろう。最悪な日曜日だった」
いきなり変な人には追いかけられるは、何でも相談できた友達は能力者で私の報告書を隠れて作っていて、しかも、その事を告白されてその友達との関係は悪くなっちゃうし、本当に酷い一日だ。
次第に瞬きで目を閉じている時間が長くなってくる。
「だけど……樋口君が私と同じ……能力者だったなんて、夢にも……思ってもみなかったよ」
手首にはめられた銀色の腕輪を眠い目で見つめる。
この銀色の腕輪は、私が自分の魔力を上手く制御できないから……万が一にも魔力が暴走しないために……着けられているんだよね。だけど……樋口君も恵さんもこんな腕輪は着けてはいなかった。たぶんそれは、その心配が…………。




