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 もう何時間こうしているのだろう。


 何かに座らされ、両手は後ろ手にされて手首を布みたいなもので縛られ、足は足首の辺りに圧迫感があり自由に動かせないから縛られているのだろう。目には目隠しをされ、耳にはヘッドホンがされ、ヘッドホンからは大音量のキーキーうるさい音楽が流れっぱなしにされ、しかも、いくら頭を振ってもずり落ちないから何かテープで張って固定されているのだろう。


 いくら平和ボケの私にだって分かります。この状況が監禁されているという事くらい。


 ただ、不思議な事にこの状況を作られた切っ掛けをまったく憶えていなくて、気が付けば目隠しされ、両手両足を縛られた状態だった。


 意識が戻り最初のうちは大声で助けを呼んでみたり、できるだけ全体をくねらせて何か座らされている物から転げ落ちたりした。その度に何者かに起こされて座らされると、腹部に強烈な鈍い痛みが走り、しばらくの間息が出来なくなった。それを繰り返しているうちに相手は仕舞いには顔を意識が飛ぶかという威力で殴りつけられた。そして、ついに抵抗しようという意思はポッキリと折れた。


 今、心の中はこれから何をされるのだろうという恐怖心は薄れていき、だんだんと何も考えられなくなっていく。


 三十分か、一時間か、五時間かもしれないけど時間が経った頃、いきなり腕を摑まれた。とりあえず抵抗をこころみたけれど、やっぱり息が出来なくなる強烈な打撃をお腹に受けるだけだった。


 抵抗できなくなると地面に押し倒され、手や足、体を何人かに押さえ込まれた。


 次の瞬間、左腕に注射針を刺したような痛みが走り、徐々に体内へと冷たいものが巡っていった。


 何を打たれたのかという恐怖心や不安感はあったけれど、それらを十分に感じる前に体が異変を訴え始めていた。


 何かを注射された部分から何か体内から突き抜けたような耐え難い激痛がしはじめ、その激痛はあっという間に体全体へと広がっていった。その、もう死にたいと思えるほどの激痛のあまり、全身が普通では有り得ない動きをした。


 のたうちまわっている内にヘッドホンや目隠しは外れていた。


 痛みのあまり目から涙が、鼻からは鼻水が、口からはよだれが流れる。そんな中、目の端で複数の人影を見つけると、その顔を見てやろうと睨みつける。そうしたら、その中の二十歳前後の女がおびえた表情をして突然泣き崩れた。それを見た隣の男が、突然お腹を蹴り上げてきた。


 蹴り上げられ、力なく転がる。


 あれだけ死にたいと思えた痛みはすでになく、痛みの代わりに全身が焼けるように熱く、心臓がオーバーヒートしそうなほど鼓動は速く、血管が壊れそうなほど力強く脈打つ。


 熱さのせいで全身から汗が噴出し、体内水分量が低下する。


 意識が朦朧もうろうとして、視界が緑色にぼやける。


 熱さが限界を超えて周りの空気まで燃えているような感じになると、体内から勢いよく緑色の炎が噴出した。


 すこしでも楽な体勢になろうと仰向けになると、いつ間にか拘束が解かれていた手を天井に伸ばす。そうやってかざした腕から手の指までが緑色の炎の包まれていて綺麗だった。本当に、すごく綺麗だった。


 手を上げていられるだけの力もなくなり、手は力なく地面に打ち付けられた。


 だんだんと意識が遠のき、このまま死んじゃうんだろうな、と思いながら目を閉じる。不思議と死への怖さはなくて、これでやっと眠れるんだ、という気持ちのほうが強く感じられた。


 目を閉じて、どれ位の時間が経ったのだろう。


 耳元で嫌という程の大きな声で誰かを呼ぶ声がした。


 あまりの大声に重たい目蓋まぶたを開くと、十代後半くらいの後ろでまとめた髪を揺らす女性と三十台の女性が目に飛び込んできた。


 辺りを見回すと、部屋の隅っこで何人かの倒れている人影を見つけたけれど、すぐに背負われて建物から連れ出された。


 背負われて建物を出ると、桜が咲いてもおかしくない時期なのに一粒でも体の芯を冷やしてしまいそうな冷たい雨が降っていた。


 無意識に寒さを訴えていたらしく、頭からすっぽりと何か被された。


 この毛布を被された時に見た、白く長いものが自分の傷ついた髪の毛だという事に気づくのは、これから一日後の事でした。


 そこで場面が切り替わる。


 肩を揺さぶられる感触と共に、心地よい暖かい声が私の名前を呼ぶ。


「美咲。美咲っ。美咲ったら。おーい、美咲さんやーい」


 私の名前を呼ぶその声をもうしばらく聴いていたかったけれど、不意に唇に柔らかく少し硬い何かが触れる。その触れたものからは優しい温もりを感じられた。


「っぱ。――眠ってる女の子にキスするなんて最低だぞ、コウちゃん」


 目を開き、私が寝ているベッドに腰掛ける浩市くんを茶目っ気たっぷりに見つめる。


「眠り姫を起こすなら……やっぱり王子様の熱い口付けだろ」


 顔を真赤になりながらそう言う浩市くんは、どこにでもいるような普通の男の子だ。だけど私にとっては普通の男の子なんかではなくて、生きてきた中でこれまでにない程に心を惹かれた唯一の男性。


「照れないで言ってくれたら、もっとカッコよかったのになぁ」


「無理っ。絶対無理。そんなむずかゆくなるセリフなんて、俺には噛まずに言えないよ」


「無防備に眠ってる女の子にキスはできるのに?」


「それは、そのぉ……気持ち良さそうに寝ている美咲の寝顔を見てたら、ついね。だけど、ひとのベッドであんな無防備に寝られたら、そういう気持ちにならない方が難しいよ」


 私はめちゃくちゃ照れている浩市くんを見つつ、ゆっくりと体を起こす。


「エッチだなぁ、コウちゃんは。もしかして同じシチュエーションになったら、私以外の女の子にも同じ事をしちゃうのかな?」


「そんな事はしない。俺のベッドにこうやって寝るのは美咲だけだから、美咲以外の女の子とそういう事にはならないよ」


「それは、よかった」


 布団から下半身を出すと、浩市くんの隣に腰を掛ける。


「それにしてもさ、そんなに大変なのか? 魔力の訓練は」


「うん、大変かな。基本は体力アップのための走り込みメインなんだけど、まあ、それ自体はそれほど疲れないのだけどね。そのあとの魔力を身体に馴染ませる訓練のほうが、やったあとの疲労感がすごいんだぁ」


「だから最近、うちに来た途端ベッドにバタンキューだったのか」


「ごめんね、コウちゃんとはもっとお話しががしたいんだけど、どうも体力がついていかなくてさ。それに、コウちゃんのベッドは寝心地がいいからすぐに眠れちゃうんだよ」


「そうかなぁ、このベッドそんなに寝心地いいのか?」


いよ。だってコウちゃんの匂いがするんだもん、安心しちゃうよ」


「……っ」


 ようやく赤みが引いてきた顔が再び真赤になるコウちゃんなのでした。


「ところでさ、ひとつ聞いていい。最近、電話やメールによく出てくる『樋口君』ってどんな奴なの」


「ん、樋口君? 樋口君はコウちゃんより顔はカッコよくて、コウちゃんより身長は低いよ。なにせ、女装姿がもろに女の子にしか見えないくらい顔立ちはいいんだよね。男の子であの顔立ちはずるいよ」


「そうなんだ。それで美咲はさ、その樋口君に何かと相談に乗ってもらっているんだよね?」


「うん、乗ってもらっているね。なんか樋口君は話しやすい感じなんだよね」


「そいつと話ししていて楽しい?」


「楽しいけど――どうして、そんなことを聞いてくるの?」


 浩市くんに目を向けると、浩市くんはなんか心中複雑そうな表情をしていた。


「――もしかして、樋口君に焼きもちを妬いているの?」


「……別に、嫉妬なんかしてないっ」


 私は立ち上がりベッドに腰掛ける浩市くんの前に立つと、腰を軽く曲げて顔をグイっと浩市くんの顔の間近まで近づける。


「本当に? 本当に私と樋口君とが楽しくお話ししていても、コウちゃんは嫉妬しないの?」


「本当に、ほんとっ。別に美咲が誰とどんな話をしようと気にならない」


「そーか、気にならないのか。だけど私としては、ちょっとくらいは妬いてほしかったりするんだけどね。彼氏のコウちゃんにはさ」


「……認める。本当は嫉妬してました。美咲が俺以外の男に相談していて面白くありませんでした。……でも、その一方ではさ、少し安心してはいるんだよ。美咲に相談相手がいる事に。二ヶ月半前の事件直後はさ、美咲は人を寄せ付けない感じだったのに、ここ一ヵ月の美咲はそれ以前の明るさを取り戻しつつある事に。だからかな、俺にはできなかったそういう手伝いをされて、その樋口君に少し腹が立った」


「そりゃ樋口君に相談して気持ちが楽になった部分もあるよ。だけど――」


 私は腕を浩市くんの頭の後ろにまわすと、そっと引き寄せる。


「一番はコウちゃんだよ。コウちゃんがいなかったら私、樋口君とだって今のようにお話しできなかったと思うもん。憶えてる? 前にコウちゃんが私に言った言葉」


「俺、何か言った?」


「うん、言った。事件から二週間後くらいにコウちゃんはこう言ってくたんだよ、『いくら髪が短くなったって、能力者だって判ったって俺は美咲を大好きだし、美咲の事を世界で一番好きだという自信がある。だから美咲は変化を怖がらないで前に進んでほしい。美咲がどんなに変わろうとも、俺の美咲に対する気持ちは変わらないからさ』って。あの言葉がなかったら私は今でも立ち止まっていたままだったよ。だからコウちゃん、自分が何もしていないなんて思わないでほしい。こうやってコウちゃんが近くにいるから、私は今だって前に進めるのだから」


「よくもまあ、その時の俺は噛まずにそんな恥ずかしいセリフを言えたもんだ。まったく自分でその時の自分を褒めてあげたいよ」


 そう言うコウちゃんの耳は真赤になっていました。


 そうなのだ。コウちゃんがいたから私は、あの辛い経験をしても前を向いて進んでいけるんだ。たとえ歩みのスピードは遅くても着実に前に進んでいけるんだ。


「コウちゃん、私もコウちゃんのことが大好きだよっ」


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