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そんな訳で模擬戦の前半戦は始まった。
両チームの配置はといえば、Aチームが私の右前に伊藤さん、左前に愛さん、そんな二人の前に恵さんという菱形陣形を採っている。一方のBチームは、残念ながら私の立ち位置からはどういう状況かは分からない。それでも、Bチーム攻める側だから、そのうち近づいてくるだろうから、状況はすぐに分かるだろう。
模擬戦が開始された直後、私の前の二人はしゃがみ、手を大きく動かし床に円形の魔法陣を描いていく。それと同時、恵さんは勢いよく前方に走り出すと、両チームの中間のところで止まり、右手を腰にやり余裕をかもしだしている。
「伊藤さん。あれ、完全に挑発してますよ。このままマジックシールド展開しちゃってもいいんでしょうか?」
「展開したままだとシールド内に入れなくなるけど、まあ作戦どおりにやろう。雪乃恵自身の立案だし、あいつがどれくらいやるのか見てみたいからね。ほら、やるよ」
途端、二人の手元の魔法陣が光を帯びはじめると、私を中心にしゃがみ込む二人も覆う形で半球状の何かが発生した。その何かは、ほぼ透明なんだけれど微かに緑帯びていて、何かぼんやりとした印象を受ける。
「やっぱり少し揺らめいてますね」
「仕方ないさ、即席での共同魔法行動だから。もう少し時間があれば、ある程度魔力を協調できたんだろうけど、まあ、これでも即席チームとしては上出来だな」
二人が立ち上がりそんな会話をしていたら、先程まで恵さんが堂々と立っていたところが、気がつけば白煙に覆われていた。そして、その白煙の中では幾つかの影が俊敏な動きをしていた。
《煙幕で接近戦とは、また大変な事をさせるなぁ》
耳に付けたインカムからは中井さんのぼやきに似た声が聞こえる。
このインカムは模擬戦の直前に、質問なんかがあれば、という事で中井さんから渡されたものだ。
さっきの恵さんへの中井さんの印象が強烈だったため、私は緊張しながら口を開く。
「……あの、煙幕の中で戦うのはそんなに大変なのですか?」
《戦うのが大変というよりかは、対象を取り押さえるのが大変かな。視界がかなり限られてしまうから、魔力で空間を認識する技術がそれなりに必要だからね》
と、普段と変わらない中井さんの声を聴いていると、煙幕の中から人影が飛び出してきた。その人影は恵さんで、白煙を帯びながら煙幕から飛び出るとそのまま駆け出した。直後、煙幕の中から赤い何かが白煙を切り裂いて、そのまま恵さん目掛けて一直線に飛んでいく。恵さんはそれを察知したのか百八十度急転回すると、右手を飛んでくる赤い何かに向けて広げた。すると私を覆う物と同じようなのが恵さんの前方にだけ発生し、飛んできた赤い何かがそれに衝突して、両方とも砕けて消えた。
私はその光景に呆気に取られて、恵さんがもう駆け出している事に気づくのは遅れてしまう。
「今、何が起こったんですか? 赤いのがいきなり飛んでいきましたが」
《今のは、恵に向かって魔力の塊を放たれて、それを恵がマジックシールドで防いだんだね。マジックシールドは今、美咲ちゃん達を取り囲んでいる、ソレね、そこの二人は持続時間と安定性を考えて魔法陣で発動させているけど、さっきのは咄嗟だったから思念で発動させたのね》
再び恵さんが駈け出した先、髪が長い女子訓練生は回り込んでいた。その訓練生はそのまま恵さんと正面から対峙すると、腰の警棒を掴むと小さく振りかぶり、恵さん目掛けて振り下ろした。しかし、振り下ろされた警棒は空を切り、次の瞬間には警棒をかわした恵さんによって訓練生は宙を舞う。
恵さんのその行動は、一切無駄がないスマートな動きで警棒をかわし、そのままの動きで相手の体の中心に拳を勢いよく打ち込んでいた。
「おっかねえ――チョッキを装着してなかったら病院送りコースだったろう、あれ」
再びしゃがんで魔法陣を構築していた伊藤さんは、その光景を目にすると手を動かすのを止めて、そう呟いた。
強打を受けた訓練生は床に転がり丸くなっている。
それに構うことなく恵さんは右腕を煙幕のほうに伸ばすと、右手の人差し指と中指をくっつけて伸ばす。すると恵さんの周囲の空間に多数の歪みが生まれ、そこから幾つもの赤く丸いものが発生し、その赤いものは一気に輪郭や輝きを鮮明にしていった。そしてその幾つもの赤い魔力の球は恵さんの口元が笑ったかと思ったら放たれ、煙幕の白煙を吹き飛ばしながら、恵さんと煙幕をはさんだ男子訓練生に命中し弾けた。
「爆発性は持たせてないからいいけど、あれは実戦だったら死んでるな。だけど、全発を確実に当てるとは末恐ろしいお嬢さんだねぇ、まったく」
伊藤さんは魔法陣を構築させて、埃を払うように手を叩きながら言った。
男子訓練生が倒れると、さっきの恵さんの行いのおかげで煙幕が晴れたら、もう一人の髪の短い女子訓練生が脇腹を抑えながら中腰で立っていた。
「どうやら煙幕の中でも一戦あったみたいね。ああ、だから煙幕の中から放たれた魔力球は完成度が低かったわけね」
愛さんはそう言い、周りを警戒し続けている。
「あの、中井さん。あの赤いの、魔力球と言うんですか?」
《うん、そうだね。魔力球は魔力を圧縮して塊にしたもので、目標に向けて放つことができる。目標に飛ばすのであれば、速度や距離を落とさないために出来るだけ球体に近いのは理想だね。そうね、いまの恵のは理想的と言えるかも。あと魔力球は魔術を組み込むことによって爆発したり、強烈な閃光を放ったりできるのだけど、ただ当てるだけでもプロ野球の投手が投げるボールくらいの威力があるから、結構痛いよぉ~》
あの男子訓練生は、次から次へとプロ投手が投げるボールと同等の衝撃を受けていたのか。そりゃ痛いだろうけど、そんなものを何発も受けて痛いだけで済むのだろうか? 想像するだけで背筋に寒気が走る。
正直言って、それが自分に向けられ放たらかと考えるだけで、怖い。
「あー、あー、リーダー聞えますか? とりあえず、こっちの準備は完了しました」
伊藤さんは手を耳に当て、インカムを使い恵さんに報告すると、恵さんは頭の上で手を振ってから、口を開いて何か喋っている。
「――了解。あくまでも作戦通りにやると――了解。では待機します」
チーム内のインカム通信は公平を確保するために私には聞えない。
恵さんは通信を終えると駆け足でこちらに戻ってきて、マジックシールド間近に立つ。
「状況確認。相手チームは一時沈黙、一分もすれば再起は可能、っと。次に戦術確認。伊藤さんはある程度相手チームが近づいてきたら、ソレを発動、徐々に威力を強めていってください。佐藤さんはこのままマジックシールドを展開し続けて目標を守ってください。もしも、あたしが取り押さえられたらシールド展開したまま残り時間を耐えてください。たぶん先輩方々なら大丈夫だと思いますので――以上です」
恵さんは口早に色々と確認事項を述べてた。
「はあ、短時間だったから仕方ないけど、大雑把な作戦だよなぁ――」
伊藤さんは溜息混じりに呟くと、急に真剣な表情になり口を開く。
「――了解しました。予定どおり作戦を遂行します」
「こちらも了解です」
愛さんも体勢を変えることなく答えた。
「それにしても弟とは違って君は、躊躇なく人に魔法を放つんだね」
伊藤さんが何気ない素振りでそう言うと、恵さんはBチームのそれぞれ立ち上がったメンバーに目を向けた。
「あいつは優しいから、よっぽどの事がない限り敵意を持って魔法を行使はしないでしょ。誰かを守るためなら躊躇なく魔法を行使できるけど、それは人を傷つけない範囲に限られる。それがあいつの優しさだし、弱さなんだろうけど。一方であたしは、事が早く終るなら効果的に魔法を行使するように心掛けているだけだったりします」
「んで、これは効果的な魔法の行使になるのかい? リーダー」
伊藤さんが魔法陣を見ながら訊くと、恵さん見るからに何かを企んでいるような悪い笑顔で振り返る。
「なる訳ないでしょ。ソレはあくまでもアノ人たちを怪我させないのと、魔法戦での厳しさを教えてあげるためのものなんだからさ。つーか、普通にボコった方が早く終るよね。まあ正直に言えば、あたしに対して喧嘩を売ったことへのお礼ですよ。ただのお礼」
そう言う恵さんは、恐ろしいほどに可愛らしい笑顔になっていくのでした。
「はい、はい……最後のは聞かなかった事にしとくよ。それに、もうそろそろ相手さんの作戦も固まったみたいだ」
「さてと、気を引き締め直すとしますか」
恵さんは表情を一気に引き締めると、Bチームの方に歩み寄っていく。
立ち直ったBチームは恵さんと田中さんが話しをしている少しの間、インカムを通して何かを話し合っているようでした。その話し合った作戦どおりかは知らないけど、恵さんに向かっていくBチームの面々は先ほどとは違い、ちゃんと連携が取れているようです。
ショートカットの人は緑色のオーラを纏いながら、恵さんに接近戦を挑んでパンチや蹴りを放っています。残りの二人は徐々に恵さんとの距離を詰めつつ、恵さんに向かって魔法球とは違うオレンジ色の閃光が、狙いを定めていない感じ幾重にも走る。
《あのオレンジ色の小さいやつは魔力弾。魔力弾は魔法球とは違い魔術を組み込んでいないの。魔術を用いないで魔力のまま放っているから威力は弱いけど、精度を上げていけば深い傷を負わせることもできる。だけど連射しちゃうと精度は落ちるし、威力も落ちるから……でもなぁ、味方にも当たっているし、どんな狙いがあるんだか》
中井さんが困惑気味なのは声から分かる。
オレンジ色の魔力弾を全身に浴びながら接近戦を繰り広げている二人。一方的に手数を出し続ける訓練生と、それを一心不乱に避けながらジリジリと後退させられている恵さん。そんな二人の表情は、ショートカットの訓練生は歯を食いしばり顔から首筋に至る全身に汗が光ります。一方、パンチなどを避ける瞬間に垣間見る恵さんは怖いほどまでに冷静に見える。
しかし、時間が経つにつれて、避け続ける恵さんにも身体の各所に打撃を受けるようになってきました。
そこでBチームは接近戦繰り広げていた訓練生が退くと同時、控え気味だった二人が恵さんへと向かっていきます。しかし、恵さんは見計らったように一気に後方へ跳躍すると、跳躍中に幾つもの魔法球を発生させ、着地と同時にそれらをホール内全体に放つ。すると、その放たれた魔法球は次々に炸裂し、急速に白煙がホール内に充満していく。そしてホール内は見えなくなり、私から視認できるのはマジックシールドの内側にいる、愛さんと伊藤さんだけになった。
白煙でほとんどの視界が遮られると、私は得体の知らない恐怖心が襲われる。緑がかったシールドが白煙で強調されると共に、薄暗くなったシールド内の切迫感が倍増されて、ここには居たくない――今すぐ、ここから逃げ出して飛び出したい――そういう気持ちが大きくなり、手足を震えさせ、視線を定められなくなっていく。
「美咲ちゃん、一面真っ白になったけど、大丈夫。これも作戦の内だから。この煙幕はすぐ晴れるから安心したまえ。美咲ちゃんに危ないことはないからさ」
愛さんはニッコリ笑顔で近づいてくると、両手で私の手を優しく包んでくれた。
「もうすぐ時間だし、時間がくるまで少し座ってようか」
ゆっくりと愛さんに座らされると、私は自身を抱くようにして震え押さえようとする。
どうして私はこんなにも震えているの?
分からないけど、分からないけど……視界一面が真っ白になった瞬間、心の底から泣きたくなるほどに冷たい記憶が思い出され、今にも私自身が消え去ってしまうかもしれないという恐怖心や不安感が、体験した瞬間に感じたあの感覚が、ぶわっと蘇って……
「えっ? 今すぐ中止ですか――はい、分かりました。魔法効力増幅魔法陣を解除します」
伊藤さんは疑問の表情を隠さず、インカムで誰かに指示されたどおり、いつの間にか発動されていたもう一つの魔法陣の輝きを止めた。
「何か、あったんですか?」
愛さんは私の肩に手を回しながら伊藤さんに訊いた。
「さあね。いきなり監督役の芳川さんから、早急にコレの発動を止めろって。しかも、かなり慌てている様子だったから、白煙の中で何かあったのかもしれないな」
「えーとじゃあ、次の指示があるまで、マジックシールドを展開しつつ待機ですか?」
「そうだね、一応現状維持しとこ。次の指示もないし、この白煙が晴れてきて状況が分かるまでは様子を見よう」
「了解」
伊藤さんと愛さんは静かに状況確認をした。
「ビックリしたよね、ごめん。前もってこうなる事は言っておけば、驚かさないで済んだかもしれないね」
愛さんはそう言ってくれました。
だけど、私の心は一面に広がった白煙に恐れおののいたりはしてはいなかった。そう、このおぞましい感覚は、忘れたくても忘れられない冷たい記憶を無理矢理呼び起こされ、あの身体中を襲った辛い記憶を思い出すほどに、感覚が似ていた。
「――リーダー聞えますか? ――駄目だ。雪乃との通信が利かない。ったく、この白煙の中で何が起こっているんだ」
どうやら恵さんとの通信ができないらしく、伊藤さんは表情を曇らせる。
ホール中に充満した白煙は時間が経つにつれて薄くなっていき、それに伴い徐々に視界が回復していく。最初に見えてきたのは片膝を着いて肩で息をしている恵さんと、その恵さんと向き合っている中井さんの姿だった。そして、さらに視界が回復していくと、恵さん達よりも先のほうには、緑色のオーラを纏ったまま倒れている三人の訓練生の姿があった。
「マジックシールド、もう解いていいよ」
恵さんを他の人に任せて中井さんは、こちらに駆け寄ってきてそう言う。
中井さんに言われ、愛さんと伊藤さんはほぼ同時に魔法陣を解く。
「二人共、マジックシールドの展開維持は良い判断でした。――それで、Bチームがあの状態だし Aチームはどういう作戦だったかをとりあえず聞かせてもらいます」
倒れたままのBチームの面々はすでにオーラが消え失せ、制服姿の魔法師や準魔法師に介抱されている。
伊藤さんが中井さんに作戦内容を説明したところによれば、Aチームの作戦は愛さんと伊藤さんでシールドを展開させて、恵さんが単独でBチームの三人を行動不能に追い込むというもの。模擬戦開始直後は相手がどういう作戦でくるのか分からないので様子を見つつ挨拶をし、模擬戦が進むにつれて恵さんが囮になりつつ私達がいたシールドの近くに誘導させる。その誘導の意味は、伊藤さんがあとから構築した魔法陣の有効範囲に関係したもの。恵さんが伊藤さんに魔法の効果を増幅させて実行したのは、魔力抑制魔法というもの。それを発動したあとは、恵さんが魔力を使えない一人ひとりを取り押さえる予定だったそうだ。
「だいたいの作戦内容は把握しました」
中井さんは伊藤さんから大体の作戦内容を聞くと辺りを見回す。
「うーん。そうだな、状況が落ち着くまで少しココで待機しといてくれる」
「それで白煙の中で何があったんですか? 中井さんならこうなった原因やら何やら、そこら辺はもう見当がついているんじゃないんですか」
さっきから私の傍らに付き添ってくれている、愛さんがそう訊いた。
「そうだなぁ、まだはっきりとした事は判らないけど――」
その瞬間、中井さんと目が合ったような気がしたけれど、すぐに中井さんは振り返りBチームの方を向いた。
「――今、聞いた作戦とはまったくの逆の結果になった、っていうところだろうね。魔力の活発化しただけならよかったのだけど、そこに魔法効力増幅の効果が加わった事で恵の魔力活発化魔法の効果が増進されて、Bチームの彼女たちの魔力制御能力以上に魔力が活発になって、そして瞬間的に体力を使い果たすほどに魔力が暴走してしまった、ってとこかな」
「なんで作戦とは真逆の魔法を発動させたのでしょう? 仮にワザとだとしても自分にも影響が出てまっているし、無謀もいいところですよ」
「そうね、たぶん故意的なものね。あの子は今回、力量の差をはっきりと見せ付けて勝つように言われていたから、少し無理をしたのかもしれない。まあ、魔力を暴走させて瞬間的に体力を奪うというのは、能力者を取り押さえる上では上等手段ではあるけど。それに対人魔法は、同時に複数の標的にピンポイントで魔法を掛けるのは難しいから、自分を中心とした半径数メートルの範囲にいる能力者なら効果があるように魔法を発動させたんでしょうね」
「でも対人魔法は至近距離じゃないと効果はありませんし、距離がある場合はややっこしい魔法陣を構築する必要がありますが、そんな時間があったとは思いませんが?」
「あるでしょう、至近距離でなくても、魔法陣を構築しなくても対人魔法を発動させる方法が」
中井さんはこちらに振り向くと、手の平の上に魔法球を発生させて手を差し出した。
間近で見る魔法球はまるで炎が球体状に揺らめいているように見えるけれど、熱さは特に感じられない。
「まさか、あの白煙はホール内の魔力密度を上げるためのものだったのですか」
「たぶんね。魔力球で発生させた白煙だから魔力の密度は高い、それを利用すれば白煙内にいた魔力を体内に宿した全員の魔力を活発化させるのは容易いです。まったく、やりあっているうちに熱くなっちゃったんだろうなぁ。少しは弟君の冷静さを見習ってほしいものだ」
手品のように魔力球を消すと中井さんが溜息をついた。
でも、どうして白煙内にいた愛さんや伊藤さん、それに私の魔力は恵さんの魔法に反応せずに活発化しなかったのだろう――ああ、その為のマジックシールドか。
「あの、質問いいですか」
身体の震えはもう治まり、私は座ったまま中井さんに質問する。
「私、白煙に包まれた瞬間、あの三月の時と似た感覚を感じたんですが、関係ありますか?」
それを聞いた中井さんは、しゃがんで片膝をついて私の手をとる。
「今もその感覚はある?」
私は「いいえ」と言い、首を横に振る。ついでに身体の震えがあった事を伝える。
「そう。あの時の薬の効力と、今回の魔法の効果は似ているから思い出しちゃったのかもね。それにマジックシールドは魔法効果を防げるけど、今回の恵の魔法が強すぎたから何らかの影響が出てしまったのかもしれない。いずれにしても医務室で診てもらいましょう」
そう言うと中井さんは立ち上がり、そこら辺にいた人を呼んで麻生さんに伝言を頼んでいます。
私はそこでようやく落ち着きを取り戻したのだと思う。
今まで耳に届かなかった周りの騒がしさに気づき、ホール内の色んな人の行動に注意がいくようになった。
麻生さんの周りには五、六人が集まり真剣な表情で話し合っている。
一方で恵さんは、まるで手足に力が入らないようで床に手を着いて俯いている。
落ち着いてホール全体を見回すと、Bチームの訓練生たちは点滴をされながら背負われて運ばれていき、そのほかに走り回っている人もいれば、ただ様子を見守っている人もいるような、そんな慌しい光景が繰り広げられていた。
その光景を黙って見ていると、中井さんに肩をポンッと軽く叩かれた。
「みんなさぁ、予想外の事が起きて慌てているように見えるけど、実際こんな事は大した出来事ではないんだけどね。まあ予想外といえば、もう少し上手くやると思っていた恵が無茶をして、恵自身やBチームの面々を自力で立てなくしちゃった事なんだけど」
「最年少準魔法師でも失敗はするんですね」
今、口に出した言葉は嫌味ではなく、心の底から出た本心だった。
「そりゃ、人間だから失敗くらいするさ」
失敗しない人間はいない、そんな事は頭では理解しているつもりだ。でも心のどこかでは魔法師は完璧超人というイメージが私の中に確かにあって、それが幻想であることも分かっているのだけれど、訓練を受ける上でその完璧超人を心のどこかで理想像としまっているから、すぐには考え方を変え難いのだと思う。
「それで雪乃恵さんとBチームの彼女達の具合はどうなのですか?」
ストレッチしながら伊藤さんが訊いた。
「恵は少し休めば立てるようにはなるよ。訓練生たちは、一応、恵の魔法が発動してすぐに監督役が保護に入ったから一晩寝れば体力は回復するかな。いずれにしても深刻なダメージは負ってないはず。まあ、そこら辺はぬかりないよ」
「それはなりよりです。それで俺たちはいつまで、ここで待機なのですか?」
「そうだねぇ、もう模擬戦は中止だろうから――うん、解散していいかな」
中井さんは私達と向き合うように立つ。
「では解散します。今後については、伊藤君は加藤さんに指示を仰いでください。愛は着替えてから七階の指導室で準魔法師試験勉強。美咲ちゃんは私と一緒に医務室に行きます。それでは解散」
中井さんは緊張感なく解散を告げた。
「お疲れでした。それじゃ、またお役に立てる事がありましたら呼んでください」
伊藤さんはそうお辞儀してホールを出て行く。
「急に参加してもらって。ありがとーね」
中井さんは伊藤さんの背中に向かってそう声を掛けた。
そして、愛さんは「私は勉強、勉強」と言って、この場を離れていった。
「んじゃ、美咲ちゃん行こうか。立てる?」
私は「はい」と返事をして立ち上がり、中井さんと共に医務室に向かう。
ホールを出て行こうとする中、私は目の端で恵さんの姿を捉える。
どうして恵さんは、中井さんの言うところの『無茶な事』をしたんだろう。最年少で準魔法師になった私と同い年の天才少女が何を考えているかなんて、初心者もいいところの私には分かるわけがないけれど、ただ普通の十五歳の女の子としての気持ちなら少し分かるかもしれない。今回の模擬戦が行なわれた経緯からすれば、恵さんは自分の頑張りを否定されたも同然な訳で、少しは癇に障ったはずだ。ならば、少しは痛い目に遭わせてやろうと思っても不思議ではないのではないだろうか? というか私ならそう思ってしまう。それにあの性格である。もしかしたら良いところを見せ付けたかったのかもしれない。昨日今日で恵さんが、お調子者っぽい一面があると感じただけにそう思ってしまう。
しかし、この今の考えは私の勝手な憶測でしかない。実際のところは恵さんにしか分からない事だから、いくら考えたところで分かる訳ではない。だからといって、真相は別に知りたくはないが、自分以外の誰かの失敗談なら蜜の味だし興味はある――そんな自分勝手な思いが、確かに私の中に存在している。
だんだん小さくなっていく恵さんの小さく丸まった後ろ姿を見つつ、こんなくだらない事を考えながらホールの出入り口へと歩いていく、私なのでした。




