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 恵さんと共に大きな訓練ホールに入ると、そこには私の両手両足の指では数えるには足りない人がいた。その人達はスーツ姿の人もいれば、白を基調とした準魔法師の制服姿の人に、黒を全面に出した魔法師の制服姿の人、それに黒いジャージ姿の麻生さんがいる。そのほかに恵さんと同じ色のチョッキを着けた佐藤愛さんと、同じく緑のチョッキを着た二十代前半の長身で茶色の短髪の男の人、それに今回の模擬戦のきっかけを作った昨日の訓練生の男の子が一人に女の子が二人は、黒いチョッキを着ていた。


「はーい、ターゲット役の籠宮美咲ちゃんも到着したので、そろそろ始めます。緑のチョッキと黒のチョッキを着た人は、私の前に整列」


 麻生さんの淡々と声が耳に付けられたインカムを通じてホール内に響きわたる。


 その声に、私も含むチョッキを着た人は麻生さんの前に横一列に並ぶ。それで並び順はといえば、右から赤チョッキの私、続いて恵さんを筆頭に緑チョッキの三人、そして黒チョッキの訓練生三人という感じだ。


「揃ってるわね」


 麻生さんは顔を動かして確認するとインカムを外し、私に向かって、


「籠宮さんは私の隣に立って」


 そう言うと、再びインカムを耳に付ける。


 私は麻生さんの指示どおりに、麻生さんの隣に移動する。そうしたら恵さんや愛さん達と向き合う形となり、ちょっと恥ずかしい気持ちになってしまう。


 そんな私の気持ちとはお構いなく、麻生さんは一歩前に出る。


「おはようございます。今回の模擬戦の責任者を務めます、能力者管理指導部の麻生由香里です。よろしくお願いします。では早速、今回の模擬戦の目的説明に入ります」


 麻生さんの説明によると今日の模擬戦の目的は、将来有望な若手に実戦と近い経験をさせる事によって、各位の実力の向上と各位の実力を評価することにあるそうだ。つまり恵さんの評価が納得できない、昨日の訓練生達の言い分が通った形での模擬戦、っていう事になるみたいだ。


「えーと、次に今回の模擬戦の監督役として管理指導部の芳川魔法師と、警備部の中川魔法師が協力いただきます」


 紹介された監督役の二人の魔法師は軽く頭を下げる。


 監督役の二人は男性で、芳川魔法師は四十代、中川魔法師は三十代に見える。


「さて模擬戦の内容ですが、三人一チーム同士の集団戦という形式で行います。詳細ですが、ここにいる赤いヘルメットの彼女をターゲット役に、攻める側は人質救出を想定して守る側から救出をし、守る側は要人警護を想定して攻める側から守ってください。それを各チームは攻める側、守る側を一戦ずつ行います」


 そしてルール説明。制限時間は十分間で、攻める側は固定位置のターゲットを半径五メートル外に連れ出すか、守る側の三人を押さえ込むことで勝利となる。守る側は制限時間内にターゲットを攻める側から守りきるか、攻める側を押さえ込むことで勝利となる。禁止事項は飛び道具や刃物の使用禁止(木刀や警棒は可)、戦闘の意思のない者またはターゲット役への攻撃禁止などなど、淡々と説明を続ける麻生さん。


「次にチーム分けですが、もう装着してもらっている対衝撃チョッキの色ごとに、緑をAチーム、黒をBチームとします。また、任意ですが指揮官役を置くこともできます」


 指揮官役はここにいる準魔法師と魔法師なら誰でもいいとの事。また、置かなくてもいいそうだけど、その場合、チーム内でリーダーを決める必要があるみたい。


「という事で、今回の模擬戦の説明を終えます。不明な点や質問などは私か監督役にお願いします。では、これから十五分後に模擬戦を開始しますので、作戦なり、指揮官役を決めておいてください。それでは、解散」


 麻生さんは説明し終えると、この場の空気が緩まり一気に賑やかになる。


 私は麻生さんから模擬戦での立ち位置を訊くと、まだ開始時間には早いけれどその場所に行き、体育座りで待つことにした。特にやる事もないので。


 しばらくの間、ボーっとホール内を眺めていると、いつの間にかホール内の人の数が増えていて、そして、どうやらその人達の視線が新米準魔法師である雪乃恵さんに集まっていることに気が付く。


「注目の的なんだなぁ」


 他愛無い感想を呟いてしまいました。


 ほかに目をやると、Bチームに人達が白い制服の人を囲んでいる。どうやら指揮官役を見つけて作戦会議を始めているようだ。一方のAチームはといえば――三人揃って勢い良くこちらに向かって走ってきて…………。


「つかまーえーたっ!」


 走ってきた勢いのまま恵さんが抱きついてきて、私と正面衝突した。その瞬間、私の身体は恵さんに抱きつかれた勢いのままに後方へ宙を舞った――はずなんだけど、来るはずの床との衝突の衝撃や痛みが感じられない。


 というより背中と接しているはずの床との感触も感じられず、その代わりに別の感覚が身体を包まれている。そう、これはプールで全身を脱力して浮いている感じに似ている。しかも、ぬるま湯に包まれているみたい。


「もー、まさか雪乃恵がこんなおてんば娘だと知らなかったわよ」


「俺はこのお嬢さんの弟と知り合いだから、こういうだとは聞いていたけどね」


 目を開き、辺りを見回すと足元に愛さんとAチームのもう一人の男の人がいて、私の胸の上に黒い塊があって驚き――それが恵さんの頭というのは数秒で判ったけれど、それ以上に驚いたのは私と恵さんの身体がオレンジ色のオーラに包まれていて、しかも、どうやら下敷きにされているはずなのに恵さんの重さを感じないのだ。


「フッフッフッフッ」


 そんな悪役みたいな笑い声をさせながら恵さんが顔を上げる。


「なにが可笑しいんですか?」


「あ、美咲ちゃん。すぐに重みが回復するよ」


 恵さんが言うや否や背中が床にゆっくりと接地し、恵さんの体重が徐々に私の身体に掛かってくる。すると恵さんは、手を床に着けて四つん這いになる。


「よ、っと。ごめんね、いきなり飛びついちゃって」


 恵さんは笑顔で私にそう言うと立ち上がり、私の足元に立つAチームの二人に振り向く。


「これで、あたしがチームリーダーっていう事でいいよね、お二人さん。二人してあたしを止められなかったんだから、約束は守ってくださいね」


 恵さんはどこか勝ち誇ったような言い方だ。


「身体能力はまあまあだったし、魔力技術も申し分ないよ、さすがだね。まあ俺としては数合わせの身だから文句はないよ」


「分かりました、リーダーはあなたでいいわよ」


 男の人はなんとなく淡々とした感じで、愛さんは渋々といった感じだ。


 一方、私はといえば体を起こして立ち上がり、周りを確認する。


 えっ?


 周りを確認するとある事に気付く。それは、ホールにいる人達の視線がこちらに向いているのが判った。その視線のほとんどが、当然だけど私にではなく恵さんに注がれている。


 しかし、そんな事は私にとってはどうでもいい事で、今はチームリーダーを決めるのにどうやら私が使われたことに対して、文句の一つも言ってやるところだけど……こんなに人の目があると気が引けてしまう。


 はあ。色々とまだ馴染みませんなぁ。


「こらこら、Aチーム。勝手なことをしない」


 私が心の中でため息をついていると、白を基調にした制服に身を包んだ中井さんが、そう言いながら小走りで駆け寄ってきた。


「何か用ですか、中井さん? 私達は美咲ちゃんに最初にタッチしたら、リーダーになれるというゲームをしていただけですよ」


 恵さんの言葉に、中井さんは恵さんの前髪を鷲摑みすると、そのまま恵さんの顔を自分の顔の前まで持ってきて、普段の中井さんからは想像もできないような怖い表情とドスの利いた声で喋り始める。


「恵さぁ、解っているとは思うけれど、今は遊んでいい状況ではない訳だよ。一応、今日の模擬戦はあなたのお披露目という目的もあるのだから、ちょっとは真面目にやりなさい。それにだよ、もしもさっきの事で美咲ちゃんが怪我でもしちゃったらさぁ、誰が責任を取ってくれるのかしらねぇ」


「……えーと、それは……あたしがぁ」


 先程までの笑顔とは違い、一気に青ざめた表情になり恵さんは答えた。


「そりゃ恵にも責任は取ってもらいますよ、当然ね。だけど全責任は恵、あなただけでは済まされないという事を自覚しなさい。一緒に加担したチームメイトにも責任が及ぶ場合があるのだから、その事はちゃんと憶えときなさい。いいわね」


 そこで中井さんの表情が戻り、恵さんの前髪を放した。とはいっても、怖い顔やドスの利いた声から戻っただけであって、お叱りモードは継続中みたいで、


「それと、愛と伊藤君。ちゃんとこの子を止めてくれないとさぁ。ふざけている年下がいたらちゃんと叱るのも年上の役目だよ。こいうのに準魔法師とかは気にする必要はないよ、解った?」


 愛さんと伊藤君と呼ばれた男の人は、姿勢正しく起立して中井さんの言葉を聞くと、二人して緊張した表情で「はいっ」と答えた。


「三人とも、しっかりやりなさいよ。それと、美咲ちゃんも慣れない事で大変だけど頑張ってね」


 中井さんは笑顔でそう言って、私とAチームから離れていった。


 しかし、人には色んな面を持ち合わせていることは頭で理解していたけれど、中井さんの普段と全く違う怖い一面を目の当たりにしてしまうと、いままでの親切で面度見の良い印象が崩れていく音は頭の中で響いているような気がする。だけど、両方とも中井さんには変わりないと解っていても、いきなり怖い人という印象が強く印象付けられ、次に会った時に中井さんに対して正面を向いて会えるかどうか不安だ。


「あのー、ご先輩方々と籠宮さん、すいませんでした」


 さっきまでのウザいまでの明るさが消え、恵さんは殊勝な様子で頭を下げた。


 よくもまあ、ころころと態度を変えられるものだと思うけれど、それを素直な性格と取るか、あざとさと受け取るかで印象は大分異なってくるんだろうなぁ。でも恵さんの場合、昨日からの印象ではおそらく天然さんだと思うのだけど、実際のところはどうなんだろう?


「うん。まあ、気にしてないから頭上げて――これから本番だし、頑張ろうぜ、リーダー」


 一番の年上という事もあって、伊藤さんはそう鼓舞した。


 愛さんは愛さんで一言二言苦言をていしてから励ましの言葉を掛けた。


 そして、とりあえずひと段落したところでAチームは作戦会議が始まったのだけど、恵さんの立案した作戦が突拍子のないものだったらしく、チームの他の二人は驚きを隠してはいなかった。しかし、他に作戦案が出てこなかった事と、模擬戦開始時間が迫っていた事もあり、Aチームは恵さんの案を急いで詰めていったようだった。


 それにしても、作戦会議開始時の恵さんはシュンとして落ち込んだ感じだったけれど、模擬戦開始直前にはいつもの明るさを取り戻していた。しかし、落ち込んだ状態でも作戦立案や説明するとなると冷淡までに感情を抑えていた。そんな恵さんの姿を見ていると、普段はお転婆な女の子でも、魔法・魔力関係には真正面から取り組んでいるだろう事は、素人の私から見てもそれは分かるような気がする。


 そんなこんなで時間が経ち、模擬戦の開始時間になるとホール内が徐々に静かになっていき、空気も引き締まっていき緊張感が高まっていくのが、ヒシヒシと感じられた。


 再び、さっきと同じように両チームが並ぶと、ヘルメットなどの装備の最終チェックを行うと、麻生さんが模擬戦の注意事項を確認してから、各位は持ち場に着く。そして、ホール全体に響くような麻生さんの声が轟く。


「始めっ!」


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