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 魔法協会に向かう途中、それはもう日曜日という感じで、電車の車内では平日より乗客が少なくて席に座れ、街を通行する車両も人も平日と比べると少ない気がする。もう少しすれば子供連れの家族とかが目立つのだろうけれど、まだそういう時間ではない。いや、今日は雨が降るみたいだし、私が帰る頃にはいつもの日曜日とは違い、子供連れというのは少なくなるのかもしれない。まあ、そんな事を考えながら魔法協会に到着した。


 到着して入館すると、いきなり受付前で恵さんに呼び止められたと思ったら、挨拶もそこそこに手首を摑まれ、私の疑問を隠さない表情を無視して歩き出し 昨日も使用した地下の更衣室に連れ込まれてしまいました。


 で、今は誰もいない更衣室で恵さんと二人っきり。


「何なんですか。いきなりこんなとこに引っ張ってきて」


 私をここまで引っ張ってきた張本人、私と同い年で最年少準魔法師である雪乃恵さんは、私をここに引っ張ってくると少々の間、黙って俯いてしまった。しかし聞き取れないような小言を言い終えると、大きな深呼吸をして私を正面から見据える。


「ごめんなさい」


 恵さんから出た第一声は謝罪の言葉。しかも頭を下げている。


 謝られる事をされてもいないのに、いきなり謝られても意味が分からない。


「どうしたんですか、急に」


 私がそんな疑問を口にすると、恵さんは顔を上げる。


「実は今日の模擬戦、あたしのせいで美咲ちゃんも参加することになっちゃいました」


 てへッ、と恵さんは可愛らしい笑顔になった。


「笑って誤魔化さないでください。どうして私が模擬戦に参加しなきゃならないんですかっ。というか私、何もできませんよ」


「うん、知ってる。だからターゲット役に選ばれたんだから。だけど美咲ちゃん、落ち着いているね。もう少し驚くかと思ったのだけど」


 私が模擬戦に参加すると聞いて驚きだけど、それ以上に落ち着き払っている自分自身が意外といえば意外だ。


「何にも知りませんから、魔法の事は何も。だから驚きようもないんですよ」


 そうなのだ、私の知っている魔法の知識なんて普通の人と変わりない。だから実戦や模擬戦だろうと魔法を使い戦うという事について、そうは敏感ではないのだ。


「それもそうか」


 恵さんは納得した風に言うと、ベンチに腰を掛ける。


「それで、どういう事なんですか? 模擬戦に私が参加するって。それにその原因は他ならぬ恵さんが作ったそうですが、説明してもらえるんですよね」


「まあね、そのためにココまで連れてきた訳だしね」


 なんだろう、なんだか恵さんが楽しそうに見えるのは微笑んでいるせいだけなのか?


「結論から言っちゃえば、より実戦的な模擬戦をやりませんか? って昨日の夜、あたしが麻生さんに提案したんだ。普通の模擬戦をやったところで面白くないから――実際には『普通の模擬戦より実戦に近づけた方が実力差も判りやすいですし、彼らにも経験になります』みたいな事を言ったんだけどね。まあ半分冗談のつもりだったんだけど、朝来てみたら模擬戦の形式が変わっていてビックリしたよ」


「で、どんな風に変わったんですか」


「ん、簡単に言えば、個人戦からチーム戦になったんだよ。そうだなぁ、一対一の場合相手の行動を封じてしまえばそこで勝負が着くけど、だけどチーム戦はそうはいかないんだよね」


 いまいち想像ができないがチーム戦というのは、柔道や剣道みたく大将や副将がいる団体戦みたいなものなんだろうか? それとも、まったく違うのかな?


「模擬戦の形式がチーム戦に変わった経緯は分かりましたけど、どうして無関係な私が模擬戦に参加することになったんですか。それもターゲット役だなんて意味が解らない役だそうですけれど」


「まあまあ、そんな困った顔をしないで」


 私は表情同様に内心では困惑しっぱなしな訳だけど、それとは裏腹に恵さんはとても気楽そうに見える。


「そうなんだよね、なんで美咲ちゃんが参加するんだろう」


「恵さん、知らないんですか」


「うん。あたしもついさっき麻生さんから聞いたばかりだし、麻生さんに言いだしっぺだからという理由で美咲ちゃんへの説明役を任されちゃったんだけど、詳細なことは聞いてなかったりする。だけどターゲット役を設けるっていうことは、攻撃側と守備側でターゲット役である美咲ちゃんをめぐって競うんじゃないのかなぁ」


 そんな設定の訓練になんの意味があるのか知らないが、昨夜、美佳子に模擬戦をいい機会だから見学してこいみたいな事を言われたけれど。このままいけば思っていた以上に間近なところで見学――もしかしたら参加することになりそうだ。


「あの、そのターゲット役って怖くありませんか? どんな事をさせられるのか想像できないのですが」


 私が素直に不安な気持ちを口にすると、恵さんは少し意外そうな表情を浮かべた。


「へー」


「なんですか?」


「いや、別になんでもない。まあ最初は驚くかもしれないけれど、あくまでも訓練だから怖いことは少ないと思うよ。それに美咲ちゃんはターゲット役で何もする事はないし、特等席で観戦できてラッキー、っていう感じで気楽に構えてればいいんじゃない」


 はっきり言って、今の恵さんの説明ではかなり不安だ。しかも言い方が、なんだか絶叫マシーン好きな人が乗りなれたジェットクースターにでも乗る前みたいな感じ。ただ恵さんにはそうだとしても、私は一度も絶叫マシーンに乗った事のないのと同じように、その模擬戦がどの程度のものなのか想像もつかないから、今の説明量の少なさに不安が募る。


「それじゃ全然説明になってないよ、恵」


 そう言いつつ中井さんはダンボール箱を抱えて更衣室に入ってきた。


「ゆきなさん、おはようございます。でもですね、あたし概要は聞いたけど、模擬戦の詳細な事は聞いてませんもん。説明しろという方が無理なんです」


「概要は知っているなら、今以上の説明ができるでしょ」


 中井さんはダンボール箱をベンチの上に置くと、ダンボール箱の上部を開く。


「あなたは自分の興味が無いと手を抜く傾向があるのだし、そこを自覚して気をつけなさい。常に百パーセントの力を出せとは言わない、だけど準魔法師の職務中は常に五十パーセントの力を出して、緊張感を維持しなさい」


「解ってますよ、そのくらいは。でも、ここで私が説明したところで籠宮さんの不安の解消には繋がらないと思いますが? それに時間が来れば模擬戦前に監督者が説明するのですし、別にあたしがちゃんと説明しなくても」


「それでも説明しなさい」


 落ち着いた声で言う中井さんは、ダンボール箱から赤いヘルメットや、赤く重たそうな防弾チョッキみたいな物を取り出している。


「不安解消に繋がらなくても、説明することで不安の軽減になることもあるのだから。それにこの説明役は麻生さんから頼まれたものなのだから責任を持ちなさい。説明することも準魔法師の職務の一環なのだからね」


「……解りましたよ。ちゃんと説明します」


 渋々という感じで恵さんは立ち上がる。それに対して中井さんは、私に訓練着に着替えるように命じ、私の着替え終えるとダンボール箱の中身を装着させていく。


「あの、これ防具一式ですよね、そんなに危ないのですか?」


 私は中井さんに尋ねた。でも後ろの中井さんは、


「おーい、説明役さん、説明したまえ――というか恵、なんで学校の制服姿なの?」


 と、あくまでも説明は恵さんにさせるつもりらしい。


「制服なのは、今日が両親の命日なので、午後に父の実家に行く予定だからです」


 結構大変な話をしているはずなのに恵さんは顔色一つ変えずに答える。


「今日だっけ、雪乃魔法師が亡くなられたのは」


「いいえ、実際の命日は明日ですよ。ただ、集まるなら日曜日の方がいいだろうという事みたいです」


「そうか。――はい、それは分かったから、さっさと説明しなさい」


 (面倒くさそうな)恵さんのしっかりとした説明? によれば。今日の模擬戦での私の役割はそんなに危なくはないという事だ。あくまでも怪我をするとすれば恵さんや訓練生の方であって、私が怪我をする可能性は低いだろう、とのこと。それと模擬戦の形式としては、三人構成の二チームでの対戦方式。攻める側は立てこもり事件での人質救出等を想定し、守る側は要人警護等を想定した実戦的な模擬戦を、交互に攻守を代えて一戦ずつ行なうみたい。そして、私の役割は救出される役であり、警護される役でもあるようだ。


「ところで中井さん、どうして美咲ちゃんがターゲット役に選ばれたか知ってますか?」


 恵さんは私の後ろにいる中井さんに訊いた。


「麻生さんの要望だよ。籠宮さんに近くで見せたいとかで。いやぁ、大変だったよ。いきなり模擬戦の形式を変えて、籠宮さんの事を組み入れた訓練プランを作れと言われて」


昼行灯ひるあんどんと評されている麻生魔法師の右腕として有名なだけあって、仕事早いですね。でもまあ麻生さんは、ほとんどの仕事を部下に任せてるし、いつもの事か」


「バイタルデータリンク、よし。恵ちゃん、麻生さんを昼行灯とは失礼でしょう」


 中井さんは特に怒っている風ではなく、軽く注意したという口調。


「でも麻生魔法師といえば、魔法協会内で昼行灯として大分認知されちゃっているもの事実ですけどね」


「まあ、あの人は周りの評価を気にしないから。任せられる仕事は部下にやらせちゃうから何もしてない様に映るのかもね。それでも任せられる方としては大変だけど――よし、各種データリンクを確認、っと。恵もそろそろ準備しなさいよ」


「はーい」


 恵さんは私のロッカーより入り口近いロッカーを開き、制服を脱ぎ始める。


 私の能力者としての総責任者である麻生魔法師、魔法協会内での評価はあんまり芳しくないようだ。昨日の出来事からも思ったのだが、あの人のやる気の無そうな態度はどうやら普段からだったらしい。


 とは思うけれど、それに対して特には不安に感じたりはしなかった。


「大丈夫、麻生さんが昼行灯と呼ばれているのは本当だけど、面倒見はいいし、結構しっかりとした人だから心配ないよ。それでも、面倒くさい仕事なんかは部下に任せちゃう時もあるから、部下としては大変だけどね」


 中井さんはタブレット端末を片手に苦笑いを浮かべる。


「あの、さっきから何をやっていたんですか? これ着けてから」


 私は両手をチョッキの胸らへんに手をやり、中井さんに質問する。


「ああ、そのチョッキやサポータ、ヘルメットに内蔵されているセンサーで籠宮さんの各身体データを取って記録しているのだけど、そのデータを施設のネットワークにリンクさせて施設内で限られた端末で見られるようにした、っていうところかな」


「限られた端末ですか?」


「そう、今日の模擬戦で現場にいる人にあなた達の身体データを共有する為に。一応、施設内で独立したネットワークを使っているから、インターネットへのデータの流出は起きにくいはずだから、そこは安心していいよ」


 中井さんはタブレット端末の画面を私に見せて説明してくれた。


 そのデータ採取は今日の模擬戦に参加する、恵さんや訓練生のも記録されるそうだ。そして中井さんのタブレット端末画面には、私の顔写真に基本的身体データに加えて、現在の心拍数や血圧、呼吸数や各部体温がリアルタイムに表示されている。


「なんだか、なにかの実験の被験者みたいですね」


 説明を聞いた、これが私の正直な感想。


「今後の参考の為と、万が一の事態が起こった時の為だから我慢してちょうだい」


 中井さんはそう言うと、安心感がある微笑みを向けてくれる。


「でも、少しだけ恥ずかしい気がします。裸を見られている訳ではないんですが。何か大切なところが覗かれているような感じがします」


「ははは、そんなの気にしない、しない」


 着替え終わった恵さんがそう言いながら近寄ってきて、横から抱きついてきた。


「大丈夫だよ、そんなデータで欲情する奴なんていないから」


 そういう事ではないのだけど、まっ、いいか。


 恵さんに目をやると、チョッキやヘルメットの色や形が私のと違い、濃い緑色をしていて、形は私のと比べると全体的に軽そうな印象を受ける。


「ほら恵、動かないで。端子が接続できないでしょ」


 中井さんは恵さんの後ろに立ち、タブレット端末からコードを伸ばしている。


「はーい」


 端子を恵さんのチョッキの首の後ろあたりに接続すると、中井さんはタブペンで画面を素早くタッチしていき、一分も掛からずに設定し終えた。


「リンク完了っと。お、そろそろ時間だから二人とも、大きい訓練ホールに向かって」


 中井さんにそう言われ、私と恵さんは更衣室を出て大きい訓練ホールに向かう。


「ねえ、ちょっと聞いていい――どうしてターゲット役を断らなかったの?」


 廊下に出てすぐ恵さんがそう訊いてきた。


「どうしてって、断る理由も無いですし、何事も経験だと思いますから」


 私は歩きながら答える。


「それに、無理とはいかないまでも私は私なりに頑張っていこうと思っているので」


 私がそう言うのを聞いて恵さんは小さく笑う。


「やっぱりそうだ。聞いたとおり意地っ張りだなぁ、美咲ちゃんは。昨日、あたしが言った事なんて気にしているんでしょ」


「なんの事ですか、私は昨日の事なんて気にしてませんよ」


 うん、嘘だ。


 ターゲット役を断らなかったのは前者の理由もあったけれど、昨日の恵さんに言われた言葉を心のどこかでまだ上手く処理できてなくて変な意地を張ってしまったのだと思う。


「でも、昨日も言ってましたが、誰から私の事を聞いたんですか?」


「秘密。今は秘密」


 てっきり私が有名だとかという答えが返ってくるかと思っていたから、秘密という答えは意外だった。


「とは言っても、大した秘密でもないんだけどね」


 そう言う恵さんの横顔はなぜか困った様な笑顔を浮かべていた。


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