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「そりゃ、魔力を上手く扱えて、魔法を生成する精度が高ければ実力があることになるんじゃないの。普通に考えれば」


 そう言う美佳子は、自分のベッドに腰掛けている。


 ここは私の家の前隣にある高橋家の二階、慣れ親しんだ美佳子の部屋。この床が板張りの部屋には、木製の勉強机にキャスターの付いた椅子、木製のベッドには白地に可愛らしいピンクの水玉模様の布団が敷いてあり、そのベッドの上にクマのぬいぐるみがちょこんと座っており、魔法関連本が多数並ぶ本棚にもいろんな動物のぬいぐるみが置いてある。


「だよね、恵さんもそう言ってた」


 私はキャスター付きの椅子に座り、胸部を背もたれにもたれかけて椅子を回転させる。


 あの後、訓練生の件の話し合いは十分くらい掛かり、恵さんとの模擬戦の結果を見てその後処遇を決めるという話で、一応の決着を見た。その後はいつものとおり自分の魔力を体に馴染ませる訓練を受けた。訓練を終えると少しだけ恵さんと話し、その時に携帯電話の電話番号とかを交換し、話し終えると着替えを済ませて、そのまま寄り道をすることなく直接帰宅をしたのだった。


「それにしても、よくそんなわがままが聞いてくれたもんだね。そういう試験結果が気にくわないという抗議をしたからって結果が変わるもんでもないし、普通なら門前払いでしょうに」


「なんか説得してた人が説得するのが面倒になったみたいで、その訓練生と模擬戦をやらせて恵さんの実力を知ってもらうことになったみたいだよ」


「ふーん。その最年少で準魔法師になった、その恵さん自身に実力を証明させるのか。口でいって解らない奴には体で理解させる、まあ、その方が楽といえば楽だよね。説得する方には――って、クルクル回るな。ウザい」


 美佳子はそう言うと、私が座って回っている椅子を蹴っ飛ばした。蹴っ飛ばされた私が座っている椅子は蹴っ飛ばされキャスターが回り、そのまま勉強机に突っ込んだ。幸いにして足ブレーキのおかげで大分勢いは殺せたから痛いところはない。


「それにしても、その準魔法師の恵さんの事、私にベラベラと喋っちゃっていいわけ?」


「もしかして、まずかったかな? でも来週の木曜日には世間に公表するとは言っていたんだけど」

 

 私の言葉に対して、美佳子は心の底から呆れているような表情になる。


「まずかったかな、って。来週、世間に公表するからといって、ココでペラペラと喋ったらダメだと思うよ。仮に喋っていい情報だとしても、喋ってもいいかどうかを訊くべきだよ。これから美咲はそういう情報に対する意識を変えないと痛い目を見ることになるよ」


「……すみません」


 幼馴染に真剣な表情で叱られてしまった。


 当然、美佳子の言う事は間違ってはいない。叱られたのは、私の情報に対する認識の甘さのせいだ。解っている。今まで情報に対する認識は、まったくもって無関心だった。もしかしたら、今まで喋っちゃいけない事を喋っちゃったかもしれないと思うと、誰に対してかは知らないけど罪悪感を覚えてしまう。


「けれど美咲が知りえる情報なんて高が知れてるだろうけどね。機密性の高い情報を下っ端の下っ端の美咲前で言わないだろうから、安心したまえ。それで、あの足の速い樋口君に似た雪乃恵さんはどんな感じだったの」


「その言い方、放課後、樋口君に負けそうになったこと気にしてるの?」


 私のその言葉に美佳子は少し驚いた表情をした。


「どうして部活の時のことを、美咲が知っているの?」


「偶然見かけたから」


「そうなんだ。でも、その事はまったく気にしてないし、あそこで彼が転んでなくても最後には私が逆転してたからね。関係ないよ」


 美佳子はあたかも気にしていない風を装ったけれど、長年の付き合いになる私には判ってしまうのだ。美佳子は少し悔しい時には大袈裟な態度をとるのに、本当に悔しいと思っている時には今のように何でもないような態度をとろうとするからね、この幼馴染は。


「ふーん、そうですか」


「なによ」


「別に何でもないよ。それで恵さんのことだっけ。そうだね、あの人はいきなり私の頬っぺた摘まんでくるし、良くも悪くも思ったことをすぐに口に出しちゃうけど、かなり親しみやすい人だと思う。まあ、当然だけど顔は似ていても樋口君とは性格は違うよね」


 美佳子は私の話を聞きつつ、ベッドのクマのぬいぐるみを抱きかかえる。


 そのクマのぬいぐるみは名前を「クーちゃん」といい、美佳子の小さい頃から一緒にいる。色は茶色で、大きさは少し大きめでランドセルくらいあり 最初は男の子の洋服を着ていたそうだが今は緑色をメインとしたワンピースを着ている。それでいて抱きかかえるのには最適なモコモコ感がある。


「でも、魔法関連の話になると美佳子や樋口君とは違って、物言いが厳しいし容赦がなくなって少し怖く感じたんだ」


「そりゃ物好きな興味本位だけの私らと、実際に魔法を使う人とでは魔法に対する考えがだいぶ異なるだろうし、実感が伴っている分、言葉の持つ重みは私らのよりかは重たくなるでしょ」


「言葉の重みねぇ」


 私は背もたれの上に顔を乗せる。


「だけどさぁ、私たちと同い年で準魔法師になる事はすごいのだろうけど、どの程度すごいのか私にはよく解らないんだよね。だって、最年少とは言うものの、ただ単に準魔法師資格の運用方針が変わっただけで、実力があれば年齢関係なく誰でも昇格できるという感じもするし、特に恵さんがすごい訳ではじゃないのかなぁ」


「それ、面と向かって雪乃恵さんに言ったりしてないでしょうね」


 美佳子に半分呆れたような目をされ、私は首を横に振る。


「それなら良かった。じゃあ美咲さぁ、魔法協会に登録されている能力者の中で準魔法師の占める割合がどれくらいか知ってる? たしか一割もいないはずだよ。本来、準魔法師は魔術師の上位職で、魔術師が魔力や魔法を使用するのに事前申告が必要なのに対して、準魔法師はそれらを自分の判断で使用でき、魔術師の監督官も務めるわけ。そこに十年前からは魔法師不足から緊急事態に対する処理も職務に組み込まれたから、準魔法師になるにはそれまで以上に実力が必要になって、準魔法師になる基準が厳しくなったの。たしかにこれまで十八歳以上が昇格試験を受けられる暗黙のルールだったらしいけど、平均準魔法師昇格年齢が二十八歳だという事からも、今回の異様さは際立つと思うけど」


「それはそうだけどさ。なんか納得いかない」


「美咲は準魔法師になるのがどんなに大変か分かってるの。それを十五歳でやってのけたのだから、すごいとしか言いようがないのだから」


「正直、よく分からない」


 美佳子はクーちゃんに顔を沈めた。そして少しの間そうしてから顔を上げた。


「えーと、何でもそうだけど、同じくらい時間を掛けて練習しても万人が同じ実力にはならないし、絶対にバラつきが出てくるよね。それと同じで同じように魔法の訓練を受けていたからといって、実力が近いとは限らない。それに覚醒時期が早ければその分訓練に費やした時間も増えてくるし、一概に同い年だからといって覚醒時期や訓練に費やした時間が同じではない以上、能力者は外見では実力は測りにくいのよ」


「うーん、つまり同じような年齢でも訓練してきた時間はまったく違うってこと?」


「そう、その可能性が高いっていう事。魔力の覚醒時期は個人差があるし、十二歳が覚醒する平均とされているけれど 早い人は十歳以下で覚醒することもあるみたいだし、美咲は十五歳だったし、遅い人は二十歳を超えてから覚醒する場合もある。例えば三ヶ月前に覚醒した美咲と、同い年の誰かが五年前に覚醒してそのまま訓練してきたとしたら、その実力差は確実にそのひらきは大きくなるよね。けれど外見では見分けはつかない。だから、もし天才でもない限り、それが一年、二年という訓練期間の差でも実力差は確実に現れてくるのだけど、その実力差は魔法行動を行うまでは誰にも解らないというわけ」


 なんか、不平等だ。


 でも、それが当たり前なのだろう。色んな人が色んな得意なところがあり、色んな苦手なところを持っている。それと同じで個人によって覚醒時期も違えば、成長速度も違うんだし、同い年くらいでも実力が違ってくるのは当然なのかもしれない。


「でもまあ、その恵さんの実力に疑問を懐くのであれば、明日の模擬戦を実際に見学させてもらえば。口で説明するよりかは解りやすいと思うけどね」


「実は恵さんに『明日見に来なよ、私の実力を見せてあげるからさ』って言われたんだ。しかも、結構な真顔でさ」


「美咲は思っている事が面に出やすいから、納得していない事が見透かされたんだろうね」


「えー。私って、そんなに思っている事が顔に出やすいかなぁ」


「出やすいね。まあ、それはいいとして、いい機会だから、ちゃんと魔法を使った模擬戦を見てきなよ。あっ、でも、東京で魔法師襲撃事件があったし、実力が本物なら準魔法師の彼女は借り出されちゃうかもね」


「襲撃事件? いつあったの、それ」


 美佳子さんは私が事件について知らなかったことに対して、まったく信じられない、といった表情を向けられた。


「そんな顔しないでよぉ。仕方ないでしょ、知らないものは知らないのだから」


「したくなくてもこういう顔になるよ。ニュース番組ではトップでやってたし、ネットのニュース欄にも載っていたんだよ。なのに、一応関係者はずの美咲が知らないでどうするの。もうすこし自分が能力者だという自覚を持ちなさい」


 幼馴染に叱られた。しかも今度は、かなり本気な表情で。


「だから恵さん、駅まで一緒に着いてきてくれたのかな」


「なにそれ?」


 今日の訓練が終わり、魔法協会を出たところで恵さんに声を掛けられた。恵さんはブラウスに赤いリボンを着け、下は薄茶色の膝丈スカート、黒い革靴からは白いソックスが伸びていた。そんな恵さんが私に声を掛けてきた理由は、駅まで話さない、というものだった。駅までの約十五分間は主にお互いの家族について話をした。その中で共通点があり、その共通点とは私が三姉妹の真ん中であるのに対して、恵さんも三人兄弟の真ん中であることだった。しかし恵さん場合、上と下が男兄弟だったけれど。ただ、そんな違いは些細なことで上と下の姉妹と兄弟に挟まれた立場の考える事は同じようで、上が何かとうるさいとか、下が何かと生意気だとか、そんな話で盛り上がってしまった。


「話してみて思ったんだけど、最年少で準魔法師になったっていうから取っ付きにくい感じかと思ったんだけど、恵さん以外と普通の女子高生だったよ。話しやすい気さくな感じで、しかも私が能力者だという理由でからまれた時なんて毅然とした態度で相手を追い返してくれたし、なかなか頼れる人だね」


「それは良かったね。でもそれ、ただ美咲に興味があっただけのような気がする。第一、襲われたのはエリートの魔法師だし、今現在下っ端の下っ端の美咲が狙われる可能性は低いしね。まあ、からまれたのは美咲の知名度が世間的に高いから仕方ないとして――」


「仕方ない、って何かひどい。好きで有名になったわけでもないのに」


「実際、美咲は有名なんだし仕方ないでしょ。それに、世間には色んな人がいるんだから、面白がってからんでくる奴もいる。だから、美咲も毅然とした態度をとれるようになりなさい、いつも誰かが助けてくれるとは限らないのだから」


「分かってるけど、赤の他人にそういう態度はとり難いよ。それにそういう態度をとって何かされそうで怖いし、私はそういう事態になったら全力で逃げちゃいたいよ」


「うん。まあ、その方がいいかもね」


 美佳子は先程までの言い分と逆のことを言い出す。


「美咲は強気に出ても相手を逆に怒らせて手に負えなくなっちゃうかもしれないしね。なにせ美咲は能力者だけど、基本的に魔力が抑えられているし、訓練時以外は普通の女子高生と変わらないのだから逃げるのが正解。危ないと思ったらサッサと逃げちゃいなさい、いいわね」


 なんか納得はし難いけれど、美佳子の言う事は事実なのだ。普段は両手首に着けられたブレスレットのおかげで魔力は抑えられているから、普通に高校生活を送れている、もしも、このブレスレットを着けていなければ、自力で魔力を制御できない私の魔力は暴走して周りに被害が出てしまうに違いない。それでも訓練時には片方のブレスレットを外して訓練をする。当然だけど、外しているからといって武術がいきなり強くなったりはしない。元々、私は格闘技なんてやったこともなかったし、魔力制御訓練と同時に受けている簡単な護身術にしたって最近になってやっと形になったばかりなのだ。だから、そんな時この身も守れない私が危険を感じたら、その最善策がその場から即座に逃げることなのだ。


「けど、そんな言い方されると毅然とした態度を取りたくなっちゃうよね」


「ばーか。そこで意地を張ってどうするの」


 美佳子は半分呆れた感じで言った。


「まあ、それは冗談だけどね。――そうだ明日の午後、暇?」


「急になに?」


「暇だったら映画でも一緒に行かない? お姉ちゃんから期限が明日までのチケット貰ったんだけど」


 それを聞いた途端、美佳子はニヤニヤ顔になった。


「私以外に一緒に行く人がいないんだ。彼はどうしたの? 当然誘ったんでしょ」


「うん、昨日の夜に。でも断られちゃった。明日は部活で忙しいんだってさ」


「ふーん、そう。でも、ごめん。私も明日は先約があるから行けないや」


「そうか。それなら仕方ないね。私一人で行くことにする」


 私は立ち上がり、手を頭の上で組んで背伸びをする。


「帰るの?」


 美佳子はクーちゃんを脇に置いて立ち上がる。


「うん、帰る。明日も結構早いからね」


 私達は美佳子の部屋を出ると、階段を下りて玄関に向かう。途中、美佳子の母親――私はおばさんと呼んでいるのだけど、そのおばさんに挨拶をして玄関に立った。


「ねえ、美咲。頑張ってるの知っているから無理をするなとは言えないけど、でも時には頑張らない事も大切だよ」


 私がサンダルを履いていると、後ろから美佳子はそう声を掛けてきた。


「だからこうやって美佳子とお喋りしに来ているのでしょ」


 サンダルを履くと、クルリと回り美佳子と向き合う。見上げた美佳子の表情は不安な気持ちを隠してはいなかった。


「でも、ありがと。こうやってお喋りが出来るから、少しくらい無理ができるんだよ。それにね、私には心置きなく何でも言える幼馴染がいるからこそ、独りじゃ落ち込んじゃうところでも落ち込まずに頑張れるんだよ。だから感謝してるよ、美佳子には」


 私がそう言うと、美佳子は少しだけ目を泳がせて、ぎこちない笑顔を見せた。


「ばーか、急に変なこと言うな。そんなこと言っている暇があるなら、さっさとお風呂入って寝なさい。昨日みたく、また倒れても知らないからね」


「はーい。それじゃ、おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


 そうやって私は高橋家を後にした。


 どうして美佳子にあんなこっ恥ずかしい事を言っちゃったかといえば、たぶん美佳子があんなに不安そうな顔をしていたからだと思う。普段の美佳子なら、「頑張らなくてもいいんだよ」とは言わず、「美咲は抜けてるところがあるのだから、しっかりしなさい」と甘やかさず叱咤激励をしてくれるのだ。たぶん美佳子に嗚呼ああ言わせたのは、昨日の出来事が一因に違いないと思う。なにしろ目の前で私が意識を失い倒れたのだから、心境に多少影響があって当然だろう。しかし、心配かけっちゃっておいてなんだけど、けれど私は今まで通り、美佳子と真面目な事や馬鹿な事を言い合いたいし、美佳子には変な気の使われ方はされたくないのだ。だから、こっ恥ずかしいセリフも言えたんだ。大切な私の幼馴染だからこそ。


 家に戻ると美佳子に言われた通り、すぐにお風呂に入ることにした。


 そこでちょっとした発見をしたのだ。それは、ブラジャーを取り外し、洗面台の鏡を覗いた時に気がついた。胸の下のあたりに青アザが出来ていたことに。その青アザはそんなに大きくはなくて私の指二本分くらいの大きさだった。


「どこかにぶつけたかな?」


 最初、青アザができた心当たりはなかったのだけど、ふと昨日の朝のことを思い出した。


「樋口君に受け止められた時にできたのかな、このアザ。あーあ、乙女の柔肌にこんなアザを作っちゃって、って美佳子に見せたら言われるなぁ、絶対」


 まあ、こんなアザを作ることなんて珍しい事ではないのだけど、今までアザに気が付かなかった事に少しだけ驚き、そのアザが、記憶に無い昨日の出来事が現実にあったのだと少しだけ実感させた。そして、アザを押してみるとやっぱり鈍い痛みが走り、そのことが昨日の出来事が本当にあったのだと現実味を増して実感させてくれるのだった。


 美佳子から昨日の階段で気を失った時の話は聞いているけれど、私自身にはその時の記憶は無く、その事がどこか不安で落ち着かない気持ちにさせる。この不安な気持ちは、再び気を失って誰かに迷惑を掛けてしまうのではという思いもあるが、正直に言えば、気を失っている間の記憶が無いことの不安感の方が大きい。過去二回の気を失った時には幸いにして大事にならずに済んでいる。でも、今度は私の知らないうちに誰かを傷つけてしまっていたり、何か大切なものを失ってしまうのではないかと考えてしまうと、なんとなく落ち着かない気持ちになる。それに今回は樋口君に受け止めてもらい、このアザだけで済んだから良かったけれど、もしも誰にも助けてもらえなかったら、こんな青アザ程度では済まなかったはずだ。だから樋口君には感謝してもし足りないと思っているし、再びこんな事が起こらないように頑張ろうとも思っている。しかし心のどこかでは、頑張ったところでどうにもならないのではという弱い気持ちが確かにあって、時には大きくなり、時には小さくなる。そんな気持ちには負けたくないけれど、時々ポッキリと負けてしまいそうになる。そんな時には美佳子に相談に乗ってもらい、折れそうな心を立て直す助けになってもらっている。だから、私の知らないところで大切な幼馴染に余計な心配を掛けないように、私は出来る限り頑張ろうと思うのだ。選択肢は少なかったけれど、これは私の選んだ道なのだから。


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