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 さてと、先程のような学科の指導は土曜日と日曜日だけであるが、まだまだ魔力制御が未熟な私には実技指導が毎日行われる。魔力を体の一部のように使えるまで慣れてくれば、毎日訓練をする必要はないそうだ。けれど、中井さんに訊いた話によれば、一気に魔力を体に馴染ませようとすると体力がいくらあっても足りなくなるくらい体力を消費してしまうから、日常生活に影響が出ないように一年をかけて毎日少しずつ魔力を体に馴染ませていくそうだ。その間はインフルエンザにでもかからないかぎり休日はないという十五歳の女の子にとってみれば厳しい条件である。これじゃあ、デートも満足に出来やしない。


 そういう訳で魔力制御の訓練をするために、今は魔法協会の地下にある訓練場の更衣室にいる。ロッカーに荷物を置き、高校の制服から訓練用の赤いジャージに着替えると備え付けのハンガーの制服を掛けてロッカーに仕舞う。訓練時にジャージに着替えるのは動きやすい服装という理由と、ほかの魔法師に訓練場内で未熟な訓練生を容易に見分けるためで、ここに初心者がいますから気を付けてくだい、みたいな意味合いらしい。


 着替え終えると更衣室から訓練場に向かう。訓練場は高校の体育館くらいの広さなのが一つに、個人で集中できるような小部屋が六つある。ただ、その小部屋は現在の私には使う機会は少ないだろうけど。


 大きな訓練場に入ると灯りは点いているけれど、その中には誰もいなくて独りぼっち感をすごく感じてしまう。その要因としては天井が五メートルあり、縦と横に五十メートルあるこの空間のせいだ。しかも、歩くと足音が響くような静けさは、十分に私の気持ちを心細くさせるのには足る効果があった。


 その心細さを吹っ飛ばすべく私は想いっきり息を吸い込み、そして、


「あーーーーーーーーーーーっ」


 と、室内に反響するように叫び声を上げた。しかし、その反響音はすぐに収まり、再び広い空間に静けさが戻った。


 このまま突っ立っていても仕方ないので、中井さんが来るまで出入り口の扉横に座って待っていようと思い振りかえると、そこには私と同じくらいの年代の女の子が立っていて、その彼女と目が合ってしまった。


「あっ!」


 私はビックリした。


 彼女は白い半袖シャツに黒いハーフパンツ、白い靴下に白いスニーカーというシンプルな格好をしていたのだが、私が驚いたのは彼女の顔だった。別に変な顔というわけではなく、どっちかと言えば美人――そうじゃなくて、比較しなくても私より断然に可愛く美人なのだけれど驚いたのはそこではない。驚いたのは彼女が似ていたから――四月末に女装した樋口君に。


「なに? 人の顔を見て驚かないでくれるかな、籠宮美咲ちゃん」


 私の反応に女装した樋口君にそっくりな彼女は、半笑い気味にズンズン近づいてきて私の目の前まで顔を近づけてきた。


「いや、その、ごめんなさい。あなたが知り合いにすごく似ていたから」


 気が強そうな彼女に詰め寄られ、私は呆気に取られてしまい彼女から目を離せなくなってしまった。


 しかし、間近で見れば見るほどに彼女の顔が女装姿の樋口君に――いや、普段の樋口君にさえ思えるくらい似ているように見える。違う箇所といえば髪型くらいで、女装姿の樋口君が黒く長い髪のカツラだったのに対し、彼女の髪の毛は少し色素が薄いのか茶色みがかっていて、長さは首筋が隠れるくらいまである。それ以外は目元や口元にいたる顔の造りがそっくりで、まるで双子のように瓜二つだ。


 もしかしたら、樋口君とこの彼女とはどちらかのドッペルゲンガーなのかもしれない。だったら物語としては、その事実を知った私はこれから面白い展開に巻き込まれていくのだろうなぁ。まあ実際は他人の空似だろうし、ある伝説によれば自分に似た人は世界に三人はいるみたいだし、目の前の樋口君に似た彼女はそんな例の一部なんだろう。


「ふーん、本当に丸顔なんだ。ああ、そうか、写真とは違って髪が短いから余計に丸く見えるのか」


 世間一般に出回っている私の写真は中学時代のものがほとんどだ。中学時代、私が髪を長くしていた理由はお姉ちゃんへの憧れもあったけれど、本当のところはこの丸顔を目立たせたくなかったからというのも大きな理由だ。


 しかし、自分が気にしている事を他人から言われると何でこんなにも腹が立つのだろう。


「あのっ、失礼ではありませんか。初対面の相手にその言い方は」


 目の前にある彼女の眼を見つめて言った。そうしたら彼女は顔を離して一歩後ろにさがった。


「それもそうね」


 そう言う彼女の態度は悪びれる様子もなく、胸を張って姿勢が良くて正々堂々としている。しかも、先程よりも人受けしそうな良い笑顔をしている。


 ムカつく。こういう私よりも美人にこういう態度をされると無性に腹が立つ。


「そう睨まないでって、別に悪気があったわけではないんだからさ。ついね、あなたの事を話に聞いていたから実物に会えて嬉しくなっちゃって。でも、気に障るようなことを言ってしまったなら謝る」


 彼女は私と少し距離をとると、真剣な表情で頭を下げて「ごめんなさい」と謝罪した。


 こうも素直に謝られてしまうと、些細なことで腹を立てていた私が子供っぽく思えてしまい、なんとなく情けない気持ちになってくる。


「顔をあげてください。気持ちは十分に伝わりましたから」


 私は慌ててこう言うと、彼女が面をあげると先程の良い笑顔になる。


「許してくれるの?」


 こんな些細なことで許しをこわわれても困る。


 という訳で私が軽く頷くと、彼女は再び近づいてきて私の手を取った。


「ありがと! 仲直りの印に握手しましょうか」


 驚いた。私以外に仲直りの時に握手をする人なんて初めてだったから。


 それはそうと彼女には仲直りするにしても訊いておかねばならない事がある。


「あの、仲直りもいいですけど、どちら様ですか?」


 そう尋ねた瞬間、彼女は私の手を握ったまま固まった――と思ったら、彼女は満面の笑みをなり私の手を握る力が少し強くなった。


「そういえば、あたし名乗ってなかったよね」


 若干握られている手が痛いけれど、これは表情には出ていないけれど彼女が動揺している表れなのかもしれない。


「あたしは雪乃恵。美咲ちゃんと同じ十五歳――あ、でも、今度の火曜が誕生日だから十六歳になるんだけどね。今度から美咲ちゃんの魔力訓練の補佐をすることになりましたので、よろしく。最近、魔法協会内で話題に上がることの多い者同士、仲良くしてくれると嬉しいかな」


 と、明るく自己紹介されてしまった。話題の雪乃恵さんに。


 とはいえ、魔法協会内では凄い人なんだろうけど、魔法関係の情報にうとい私にとってみれば、目の前にいる雪乃恵さんはどこにでもいる様な女の子にしか見えなかったりする。だから対応もいたって普通にする。


「そうですか、今度からよろしくお願いします。ご存知だと思いますが一応自己紹介をさせてもらいます。私は籠宮美咲。高校一年生で十五歳です。まだまだ未熟者ですがこれからお世話になります。よろしくお願いします」


 型どおりに挨拶をして軽く頭を下げる。いくら同い年とはいっても、これから助けてもらう立場であればこれくらいの礼儀は当然のことだ。


「真面目だなぁ、美咲ちゃんは。でもまあ、聞いていたとおりではあるけどね」


 そう言うと雪乃さんは握っていた私の手を放すと、ガシッと両手で私の顔をはさみ私の視線を正面に向けさせた。すると満面の笑みを浮かべた雪乃さんの顔がかなり近くにあった。


「ほっぺプニプニだぁ――じゃなくて、あたしに対して敬語で接するのは訓練時だけにしてほしいかな。同い年なんだし、そんなに改まる必要はないよ。できれば美咲ちゃんとは訓練以外でも仲良くやっていきたいしさ」


 ああ、この雪乃恵さんは良くも悪くもマイペースな方なんだ。


「では仲良くしていくために言わせていただきますが、この手放してください」


「ダァメ」


 甘えるような声で私の提案はあっさり否決された。


 手の平で頬をもてあそばれながら思う。このマイペースさは生まれ持ってのものなんだろうなぁ、と。


「それで、あたしが誰に似てるって?」


 恵さんは人差し指と親指で私の頬をつまみながら訊いてくる。


 それにしても、どうして目の前の彼女はそんなに楽しそうなんだろうね、まったく。


「はあ、高校の同級生にです。ちなみにその同級生は男の子ですけどね」


「んじゃ、その同級生はイケメンでしょ。あたしに似ているっていう事は結構顔立ちはいいはずだから。顔立ちのいい奴は男でも女であろうと美人なのは変わらないものだからね。それで美咲ちゃんはその同級生のことを気になってたりするの?」


 自分の事なのに顔立ちがいいと言える、その自信はどこから来るのだろう。しかし顔立ちがいいのは誰の眼から見てもそうだと思うから、彼女の言ったのは客観的な意見なのかもしれないけど、私は自分を美人だと言っちゃうような人は苦手だ。まあそれは私に無いものを相手が持っていたりするねたみや嫉妬しっとから来ているのだろうけど、自分を肯定的に言えてしまう自信が羨ましく思えたりする。


「残念ながら私には彼氏がいますから、それはないです。あと、確かにその同級生は顔立ちが良いですし客観的に見ればイケメンだと思います。でも今は、その同級生の彼とは一方的に相談に乗ってもらっている友人だからイケメンとかは感じないかな」


 そういえば樋口君は私の話しているのを相づちを打ちながら聞いてくれるけど、自分の悩み事とかは私に話してくれたことはないような気がする。世間話や姉たちの悪口の話はするのに。そうだ今度、悩み事がないか訊いてみようっと。ウザがられちゃうかもしれないけど、私だけ聞いてもらっているのも何か申し訳ない気がするし、一回訊いてみてダメそうなら訊かないようにすればいいや。


「相談に乗ってもらっている関係ってことは信頼してるんだね、その同級生の彼のこと」


 そう言うと恵さんは私の頬をつまんでいた手を放し、急に真面目な表情になる。


「でも気をつけた方がいいかもね、その彼。一方的に相手の相談に乗ってあげるなんて、普通何か魂胆こんたんがあるのか、よっぽどのお人好しかのどっちかだよ。まだ後者ならいいけど、美咲ちゃんは立場上前者ということもあり得るし、それはただならぬ魂胆の可能性という事も考えられるからね」


「彼は――樋口君は何か魂胆があって私に近づいたりするような人ではありません」


 私は強く言った。友達が疑われているのに黙ってはいられない。


「ごめん、怒らせるつもりはなかったんだ。でもね、その彼がそうじゃなくてもあたし達は特殊な立場にあるから、何かしらの魂胆を持って近づいてくる奴らもいるかもしれないし、そのことを頭の片隅にでも置いといた方がいいと言いたかったのだけど、言い方が悪かったよね、ごめん」


 申し訳なさそうな表情になる恵さん。その態度を見る限りは先程までとは違い、恵さんは本当に私の事を心配してくれているように感じる。


「いいえ。私の方こそ強く言っちゃって、すいません」


 私がそう言うと、恵さんは微笑んだ。


「わかってもらえて良かった。でも、魂胆がある奴はこちらを信用させようとするから、やっぱり人の良さそうな奴ほど要注意なんだけどね。特に無条件に優しくしてくる奴とか。あと、妙に魔法なんかの知識が詳しかったりするのも要注意だったりするけど、うちらの知識なんて今の時代ネットを使えば出てくるし、まあ参考程度にしかならないか」


「そうですね、私の幼馴染にも魔法関連に詳しいのがいますし」


「へえ、そうなんだ。でも、初めて知り合った人はうたぐることをした方がいいよ。人を疑うのは気持ちいいものではないけど、あたし達の潜在的なチカラは利用の仕方次第で善にも悪にでもなりえるから、そういうところは少し心掛けておいてもいいかもね」


 悪い事には加担したくないでしょ、と笑顔な恵さん。


 恵さんは自分のことを自分で美人と言ったりするナルシストかもしれないし、もしかしたらただの天然さんなのかもしれない。けれど、他人を心配できる彼女が悪い人ではないと思う。初対面の人は疑れという彼女の言う事も理解できるけれど、私は私を心配してくれた目の前にいる樋口君に似た彼女のことは疑りたくはないのだ。それはほかの人でも同じで、親切にしてくれたり心配してくれたりする人を私は疑りたくない。けれど能力者である私自身の身を守るには、自分が最低限そういう人を疑るといった警戒が必要なのかもしれない。私自身のチカラを誰かに悪用されないためには。


「はい、先輩から後輩への伝授はそこまでにしてちょうだい。これから魔力制御訓練を始めますよ」


 と、女性としては低めの耳慣れない声がした。声のした方に振り向くと、そこには身長が美佳子と同じくらいの三十台半ばの女性が歩いてくる。その女性は上下黒のジャージ姿に右手にはタブレット端末を持ち、左手には何か色々入ったスーパーのカゴに似た物を持っている。


「あれ麻生さん、由貴菜ちゃんはどうしたの?」


「由貴菜は他の用件ができたら、手が空いていた私がその代理」


 恵さんの質問に麻生さんは表情を変えることなく答えた。


 麻生由香里さんは準の付かない魔法師であり、中井さんの上司である。そして訓練生である籠宮美咲の魔力指導に関する総責任者なのだ。けれど、お会いする機会は少なく、私が能力者だと知る切っ掛けとなった三ヶ月前の件の時にはこの麻生さんから色々と説明されたが、それ以降の訓練等では現場責任者であるところの中井さんが指導されているので、正直どんな人だかよくは知らない。


「とりあえず、ここで整列」


 麻生さんの号令の下、私は麻生さんの前に一メートルくらい間を取り姿勢正しく立つ。これがいつもどおりの訓練の始まり方。けれど今日は隣に恵さんが立っているのだけど、本来サポート役なら恵さんは麻生さんの隣に立つべきなのではないだろうか?


「今日から恵はこっち側でしょ」


「ああ、そうだった」


 麻生さんに指摘され、恵さんは照れ笑いを浮かべながら麻生さんの隣に移動する。


「ではこれから魔力制御の訓練を始めます。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 麻生さんは挨拶をするとタブレット端末を操作する。そして少し画面を眺めてから、隣の真面目な表情の恵さんを見てから私を見る。


「今日から土日限定でこの雪乃恵があなたの魔力訓練のサポート役として参加します。なおこれは雪乃恵の準魔法師としての研修になりますが、籠宮さんはいつもどおり訓練に励めばいいですので。えーと、もう顔合わせとかは済ませたみたいだし、報告することはもうないね。んじゃ、準備運動はじめます」


 どういう巡り会わせか、話題の最年少準魔法師になった雪乃恵さんとお知り合いになってしまったわけなのだが、やっぱり私と彼女とでは鍛え方が違った。準備運動後、この柱が一本もない広い地下空間の壁に沿って走りはじめる。いわゆる体力強化のための走り込みだが、走り始めて三十分も経つと私の息が切れ始め、全身から汗が滲み出きたのに対し、伴走する恵さんは汗をちょこっとかいているだけで呼吸を乱れてはおらず表情も変わりない。私が言うのもなんだけど、なんだかんだ言われていても恵さんは雪乃家の名前に甘えないでちゃんと肉体的に鍛えられている人なんだろうと思う。


「ラスト十分、もう少しスピード上げていくよ」


「は……はいっ」


 惠さんは徐々に走る速度を上げていく。それに合わせて私は恵さんの後について走る速度を上げていった。


 そういえば外は真夏のように暑かったけれど室内はエアコンが効いていて過ごしやすいはずなのだが、現在私の全身は汗まみれで、息が絶え絶えの状態だ。まあ、運動しているのだから当然だけど。ただ、私もこの二ヶ月走り込みは続けていたはずなのだが、たったラスト数分間だけ恵さんの後について走っただけなのに、どうして私はいま息を荒くして仰向けで寝そべっているのだろう。


「恵、あなたはもう少し回りに気を配ることを覚えなさい。ただ相手を見ているだけではなく、相手の様子を観察して実力を見極められるようになりなさい。そうならないと今の様に相手に必要以上の負荷をかけてしまう事になってしまうよ」


 麻生さんは若干厳しい口調で恵さんを注意している。


 注意されている恵さんはこぶしを握りしめ怒っているとも、悲しんでいるとも見てとれるような表情をしている。そんな表情をさせてしまっている要因は私にある。ラスト十分で恵さんは走る速度を上げたのだけど、私は三十秒くらいそれに付いて併走できていた。二ヶ月間走りこんでいたからそれなりに自信はあったから、たった十分だけなら付いていくのは何ていう事はないと思った。しかし、それは思い上がりもいいところだった。恵さんの速度に付いていくことはできたものの、それ速度は私にとっての全力疾走といっていいもので、例えば、素人がマラソン選手を全力で追いかけるという図に近いものだったと思う。走るスピードもスタミナも段違いに上回るマラソン選手に素人が無理に付いていこうとすれば――まあ、結果は誰の眼からも明らかだよね。そう、力尽きて倒れたのだ。


「あたし、あれでも抑えた方ですよ。ここの訓練生って予想以上に体力がないんですか」


「偉そうに何を言っちゃってるんだか、この子は。たしかに雪乃家で教育された愛から見ればそう映るのは仕方ないけど、あなたは今日からその体力のない人達のサポートをし、育てていく立場だっていうことを自覚しなさい」


「それは理解っているつもりです。でも、こういう他人の実力を見極めることなら、あたしよりももう一人の方が適任だと思います」


「この研修に適任者を適任な場所に当ててどうするの。この研修はあなた達、新米準魔法師が自分達の苦手とする事を自覚し、それを改善する為のものなのだから。いつまでも訓練生気分でいない」


 と言い、麻生さんは恵さんの頭を髪が乱れるくらい撫でまわす。しかし恵さんは少し抵抗したけれど本格的な抵抗の意思は見せなかった、


「次からはサポート役だという事を意識して籠宮さんの実力に合わせなさい。大丈夫、あなたの実力は認めるからこそ、このサポート役に選んだのだから」


 麻生さんはそう言うと、恵さんの二の腕をポンッと軽く叩く。


「当たり前じゃないですか。あたしは兄貴の記録を抜いて最年少準魔法師になったんですから、次からは上手くやってみせますよ」


 恵さんは自信満々という表情で言ってみせた。


 二人がそんなやり取りをしている間、私は仰向けに寝そべりながら息を整えつつ、麻生さんから受け取ったペットボトルで水分補給をする。この飲み口が細くなったペットボトルは、私が力尽きて倒れた時に麻生さんがカゴから出してきたタオルと酸素スプレー缶と一緒に出してきた物。その中身は市販のスポーツドリンクより倍は濃い味の液体で、その甘く微かに塩っ気のある液体は一口飲めば身体に染み渡り幾分かは楽になる。体力を目一杯使いきった今の私にとってはまさに命の水といった感じ。


「十五分、休憩だそうです」


 恵さんは淡々とした口調で告げながら私の隣に腰を下ろす。


「それ、疲れている時はいいけど普段飲むには甘すぎだよね」


「そうなんですか」


 私がそう答えると、恵さんは出入り口付近で携帯電話を使い通話している麻生さんを眺める。その表情はどことなく気を張っているような感じがする。


「ごめんなさいね。無理させちゃって」


 恵さんは顔の向きをそのままに言う。


「あたしの中では加減したつもりだったのだけど。そうね、次からは無理そうなら言ってちょうだい。そうすれば籠宮さんの体力に合わせることができると思うの、でも、あたしはこうゆう誰かをサポートするのは経験も少ないし苦手なところがあるから、また無理させちゃうかもしれないけど、その時はごめんなさいね。先に謝っておく」


 表情を変えずに言った恵さんを見るに、どんなに優等生な人だからといっても苦手なものがあり、そして間違った時はそれを認めて改善するようにするのは、恵さんが最年少で準魔法師になりえた理由なんだろうと思う。


「いえいえ、私の方も無理をせずにそう言えばよかったんだと思います」


 私がそう言うと、恵さんは顔をこちらに向ける、


「でも、本格的に魔法や魔力を使う気があるのではあれば、今の美咲ちゃんの体力じゃあ全然話にならないよ。今は自分の魔力を抑えるだけの訓練だから今の状態で許されているけれど、本格的に魔力を使いこなすつもりなら無理をしてでも体力強化をする必要があるから、憶えておいてね。それと、あたしの考えを言えば、本気で魔法にたずさわる気がない奴はとっとと魔力を封印しちゃって、魔力関係は最低限関わるだけにした方がいいと思う」


 そう提言する恵さんの表情からは優しさというものは感じられず、その冷淡な表情で言われた事を例えるならこうなる。「魔力を本気で使う気がないならさっさと辞めちまえ。こんなんで倒れるなんて甘えなんだよ」と言われたような気がした。


「まあ厳しいことを言っちゃったけど、未熟な者同士がんばりましょうね」


 そう言うと恵さんはニコッと微笑んでみせると、恵さんは正面を向いた。


 その恵さんの行為にどんな意味があるのかは解らないけれど、いい気分はしなかった。しかし、私の魔力に対する姿勢は消極的で中途半端なのは認めているだけに言い返すことはしない。けれど私の言い分が無いわけではない。私が能力者だと判明したのはたったの三ヶ月前のことだ。悩みに悩んで解らない事も多いながらも訓練を受ける事に決めて、この二ヶ月間は私なりに頑張ってきたつもりだ。それなのに今の恵さんの思いやりの欠片もない態度は、かなりカチンとくるものがあった。


 息が落ち着いてきて、身体の調子が比較的取り戻すと上半身を起こす。そうして周りを見回すと恵さんは体育座りをしてその膝の上に目を閉じて顔を伏せていた。

 

 こうして私の隣で座っている、この最年少準魔法師になるくらいの天才は今なにを考えているのだろう。案外同い年である彼女とは、私とそう変わらなかったりするのかもしいれないけど、さっき言われた事を気にしているせいで心の中では悪口が浮かんでは消えていく。ああ、なんて器が小さいんだろ、私は。


「そんなの納得できませんよっ!」


 いきなりそんな怒鳴り声がこの広い空間に響く。


 その声の発信源に顔を向けると、出入り口のところで先程まで電話をしていた麻生さんの横に中井さんと愛さんがいて、その前に愛さんと同じ世代くらいの男女数人がいた。その愛さんと同じ世代くらいの男女は私よりも三、四才年上という感じだ。そんな彼等は麻生さんに何かを強く訴えているかのような身振りをしている。私達がいる所からはその声は聞こえるものの何を喋っているかまでは分からない。


「大変だな、麻生さん。まっ、あたしが原因なんだろうけど」


 恵さんは顔を上げると、あんまり興味が無さそうで他人事のように言った。


「どうして、恵さんのせいなんですか?」


「あの人達は私達の世代では優秀とされる訓練生。たぶんあの感じじゃあ、あたしが準魔法師になったことに対して不満があるんでしょう。だから、ここの指導員を統括している麻生さんにああやって言いに来ているわけ。でも分かんないよなぁ、ああやって不満を言ったところで、あたしが準魔法師になったという結果が変わるわけでもないのに」


 淡々と興味無さそうに言う恵さんの言い分は間違ってはいないだろうけど、この情け容赦のない言い方は誰に対してもそうなんだろうか? その言動がエリート意識から来ているのだとしたら、私は目の前の彼女とは少し距離を置きたいと思ってしまう。


「でも、あの人達が不満を懐くのも分かるような気がします」


「ほう、どうして?」


 恵さんは感情を面に出さずに私を見る。


「そりゃ、面白くはないですよ。順当にいけば次に自分達が準魔法師の試験を受けて合格していたかもしれないのに、これまでの慣例を打ち破られ基準が変わって年下の準魔法師が誕生したんです。いくら恵さんが優秀であることが周知の事実だとしても、恵さんと実力が大差ないあの人達にしてみれば納得はできませんよ」


「あたしとあの人達の実力差がないねぇ。少なくともあそこに集まっているなかで、あたしと実力の差があんまり無いのは佐藤愛くらい。それ以外は体力的にも技術的にもあたしの足下にも及ばないわよ。あんな風に言いに来るくらいなら、自主練でもしてた方が賢明」


 相変わらず恵さんは興味がないような喋り方。


「そう言えちゃうなんて、すごい自信ですね」


「別に自信なんかないよ。ただ実力を見極めているだけだよ。あたしくらいの実力で大きな自信を持っていたら、それは過信であり、それは自惚うぬぼれているだけ。だから、ああやってあたしの事で言いに来る方が、すごい自信だと思うよ」


 今の言動からすると案外、恵さんは自分の事を冷静に分析しているだけなのかもしれない。それに、もしかしたら恵さんの冷淡な言い方は特に悪気が無く、ただ単に思っている事をそのまま口にしているだけなのかもしれない。だとしても誰でもかしこに思ったままの事を何でも口にするのはどうかと思うけど。


「ねえ、美咲ちゃん。あたしの事、天才だとか優秀だとかだと思っているでしょ」


「……はい。そう思っています」


 どう答えていいものかと少し悩んだけれど、素直に答える。


「違うよ、それは」


 私の返答をあっさり否定すると、恵さんは微かに微笑む。


「あたしの今の実力は努力をすれば誰でも達することのできるレベル。美咲ちゃんもこれから魔力訓練を続けていけば達することのできる領域だよ。それを年齢のわりに優秀だと言うかもしれないけれど、決して天才だとは言わない。本当の天才は……」


 そう言いかけて恵さんは私とは反対側に顔を上に向けた。なぜそうしたかといえば、特に不思議なことではなく、いつの間にか傍らに立っていた麻生さんに呼ばれたからだった。


「なんですか、麻生さん」


 恵さんは立ち上がりながら尋ねた。


「悪いけれど明日、魔力を使用した実戦形式の模擬戦を行なってもらえる」


「あたしは別に構いませんよ。実戦形式なら久しぶりに大きな魔力が使えますしね」


 麻生さんは困ったように前髪をかき上げ、そっと出入り口の方に目をやる。


「できれば全力は出さないでくれる、相手が怪我しかねないから。なにせ相手はあそこの訓練生の一人だからね」


「一応聞きますが、あたしがどうして訓練生を相手にしなきゃいけないんですか」


「そのほうが手っ取り早いから」


「そうですか。要するに説得するのは疲れたから、あたしとの実力差を実感させる事にしたんですね。いいですよ、やります。これも研修の一部ということにします」


「んじゃ、お願いね」


 麻生さんはそう言うとまた出入り口の方に戻っていく。


 麻生さんが遠ざかっていくと、恵さんは小さな声で早口にブツブツ喋りだした。


「はあ、やってられない。訓練生ごときが、あたしと実戦形式の模擬戦だなんて五年早いのよ。そういう事をやらせる麻生さんも麻生さんだけど、そういう事になる前に由貴菜ちゃんもしっかりと説得してちょうだいよ。あたしの事は一週間以上前から噂になっていたんだからさぁ。甘いよ、もう少し強く押さえ込んでもいいのに、相手の気持ちを考慮するのは、そういうのが伴ってこそでしょう。まあ由貴菜ちゃんはお人好しなところがあるし、別にそこが嫌いという訳でもないけど……はあ、まあいいや」


 恵さんは独り言を言い終えると、座ることはしないで壁に寄り掛った。


「大変そうですね、恵さん」


 私がそう言うと、恵さんは半笑い気味な表情を浮かべる。


「まったくだね。そうだ、美咲ちゃんのご友人とでも入れ替わっちゃおかなぁ。あたしと似ているんだし女装させればバレないかもしれないし、いいアイディアだと思わない?」


「まあ確かに女装させればかなり似ますが、彼、野球やってたみたいで運動神経は良い方だと思いますが、格闘技ができるかは知りませんよ」


「大丈夫、運動神経が良ければなんとかなるから」


 そう言う恵さんは本気とも冗談とも取れる表情を浮かべる。


「冗談ですよね?」


 私が念のためそう尋ねると、恵さんは小さな笑った。


「もちろん冗談。麻生さんはあたしに頼んだ事なのだから、あたしが責任を持って事に当たるよ。それでも、なんか面倒くさそうだけど」


「そうなんですか? 実力差があれば楽勝なんじゃありませんか」


「だけど麻生さんの口ぶりからするに、相手をする訓練生には怪我をさせないように手加減しつつ、それでもあたしと訓練生の実力差をはっきりと見せ付けて勝つ必要があるんだ、訓練生が自分達の今の実力がどれくらい未熟なのかを理解させるためには。あたしが全力を出したらすぐに決着が着くけど、どれくらい未熟なのか理解できない。だから時間を掛けて訓練生自身にどこが未熟なのかを解ってもらうつもりなんだろうなぁ、麻生さん」


 同い年の私と恵さんとでは段違いに実力差がある。それは当たり前のことで、たった二ヶ月程度しか訓練を受けていない私と、おそらく何年もの月日を魔法訓練に費やした恵さんとでは比べること自体が間違いだけど。あの訓練生たちも同じように訓練を積んでいるに違いないだろうけど、それでも恵さんとの実力差は明確にあるのだという。じゃあ、能力者にとっての実力とはいったい何なのだろう?


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