12
バスや電車を乗り継いで魔法協会の施設の最寄り駅に着く。この地域は県庁があり、そのため各行政機関が集まっている。そんな県行政を司る中心部に魔法協会の県支部があったりする。
まったく四月までは全然縁がなかったのに、今じゃあ県庁を毎週のように見ているのだから、人生というヤツは分からないなぁ、と思う今日この頃だったりする。
さて、魔法協会の県支部であるが、築十年で地上二十階、地下五階という建物だ。下からじゃ分かりにくいが、この建物は上空から見ると八角形になっている。どうして八角形なのか中井さんに聞いたことがあるが中井さんも知らないそうだ。それで内部はといえば、一階は受付や食堂などが在り、二階から八階は能力者関係のフロアで、これから向かう人材育成部など各部署のオフィスや会議室なんかがある。九・十階は経理や総務などの一般事務職のフロア。地下一階は職員・職務車の駐車場で、地下二・三階が魔法訓練場になっている。これが県支部で私の知る限りの情報です。あとのフロアについては仮眠室なんかが存在するそうだけど私はまったく知りません。
自動ドアを通ってエアコンの効いた建物内に入ると、受付で入管証を受け取る。この紐の付いた入管証は首から提げているだけで建物内の行動をある程度把握できるようになっている。しかも各フロアに入出する際も必要だから無くしちゃうと大変。入管証は免許証と同じように顔写真と名前が載っており、それ以外に所属部署が記載されている。職員の方は入管証を常に携帯しているのだが、私は落としちゃいそうで怖いから、こうして受付に預けているという訳だ。
「おーい、美咲ちゃん」
入管証を首から提げてレベーターを待っていると横から声を掛けられる。顔をそちらに向けたら、そこには白いワンピース姿の佐藤愛さんが歩いてきた。私の近くまでくると互いに挨拶を交わし、並んでエレベーターを待つ。
佐藤愛さんは私と同じ魔法師訓練生。歳は十八歳の高校三年生で訓練生としては四年目なる。訓練などは私と同様に中井さんが担当している為、いろいろと善くしてもらっている先輩だ。その容姿は、肩まである髪はヘアバンドを付けているため額がよく見え、力強い眼を持つ――力強い眼とは言っても恐怖感とかを与えるものではなくて、言うなれば自信に満ち溢れた眼だ。
だけど、私はそんな愛さんの力強い眼が苦手だ。別に愛さんの事を嫌いとかではない(むしろ先輩としては頼れる人だと思う)。ただ、何となく不安にさせられてしまうのだ。この人が見えているものが私にも見えるようになるのかと。
「今日は暑いねぇ」
「そうですね」
「美咲ちゃんは駅からココまで歩いてくるのでしょ、大変だよね」
「そんな事もなかったりします。私、夏が結構好きなんです。だから、このくらいの暑さなら平気です」
「そうなんだ。私は暑いの苦手だなぁ。ほら、どうしても薄着になるから色々気を使わないといけないしね」
愛さんが苦笑いを浮かべながらそう言うと、エレベーターが着いて扉が開く。中の人が降りてから私達はエレベーターに乗ると愛さんが七階のボタンを押す。
「愛さんなら気にする事ないと思いますよ。出るとこは出てるし、引っ込んでるとこは引っ込んでるじゃないですか。私なんてこの体型この丸顔ですよ、改善のしようがないですもん、羨ましい限りですよ」
「ありがと。だけど、美咲ちゃんが思っているほど美咲ちゃんは丸顔じゃないよ」
愛さん、私の体に凹凸がないのは否定してくれないんですね……とほほ。
「そうだ、話は変わるけど、今度美咲ちゃんと同い年の子が準魔法師になるんだって。十五歳でだよ、凄いよね」
愛さんは純粋にそう思っているようだ。けれど私には、その「凄さ」についてピンっとこない。私と同い年で準魔法師になるという「凄さ」を理屈では理解できるけど、だけど実感としては何とも思ってはいない。
「あーあ、なんか悔しい感じする。年下に先を越されるというのは」
前言撤回、本当に悔しそうな薄ら笑いを浮かべる愛さん。
私がどう反応したものか半笑いでいると、エレベーターは目的の七階に着いた。エレベーターが開くと同時に愛さんは普段の表情に戻す。エレベーターを出ると並んで指導室へ向かう。
「でもまあ、なる奴がなる奴なだけに仕方ないような気はするけどね」
「そうなんですか。それで、私と同い年でなる人って、どんな人なんですか?」
「ああ、昇格するのは雪乃恵――って言ったところで美咲ちゃんは分からないよね。彼女は魔法師の名門家の子なんだけど、その名門家の名に恥じない実力の持ち主だよ。遠目で訓練の姿を見てもそれが分かるくらいにね」
「その話し方だと、愛さんはその雪乃恵さんに会ったことはないんですか?」
「面と向かってはね。ここでは美咲ちゃん同様に有名人だから、情報は自然と耳に入ってくるの。その情報が正しかろうと間違っていようとね。でも、準魔試験をパスしたっていう事は、その実力が本物だと認められたのだから、雪乃の名は伊達ではなかったんでしょうね」
そう言いながら愛さんは指導室の扉を開けた。
指導室は七階の各部署が集まるフロアではなく、その手前の会議室とかがある廊下側にある。その指導室の扉の横にはボードが掛かっており、そこには使用時間と使用する指導員の名前が書いてある。
○○時~○○時まで使用予定 訓練生指導課 中井ゆきな
と、いう風に。
「雪乃といえば、おとといの事故対処での魔法行動あったでしょ」
「はい」
指導室の内部はあんまり広くはない。その室内は勉強机四つ分くらいの大きさの机にキャスターが付いた事務用の椅子が四脚あり、私達はホワイトボートが見えるように並んで座る。
「おとといのマスメディアへの会見で解説役だったのが雪乃彰魔法師、雪乃恵ちゃんのお兄さんね。その説明で伏せられた情報があるんだけど、何だか分かる?」
「えっ……魔法で爆発の被害を抑えた人ですか? たしか名前は出ていなかったように思います」
「正解。ちゃんと勉強してるね、えらい、えらい」
実はその事に気が付いたのは、まあ当然ながら美佳子さんなのですけどね。
「そう、魔法実行者の名前が伏せられたの。いつもなら公表しているのにね」
美佳子も同じような事を言っていた。現在の魔法協会の方針として情報公開を積極的に行っているそうだ。能力者は一般の人には持ち得ない能力があり、そのため余計な誤解や疑惑を持たれないようにする為に、大きな魔法行動を行った魔法師・準魔法師の氏名と部署は基本公開される……らしい(知らなかった)。今回の件では一般的な事故対応だったから、事件絡みの場合とは違って伏せるべき情報はないはず、と美佳子さん談。だから美佳子は、今回の魔法協会の対応に疑問を懐いたそうだ。
「そこに、昨日から今日にかけてある噂が流れ始めている。噂では、その魔法実行者は雪乃恵ちゃんという事になっていて、魔法行動に際して隠すような事態が起こり、雪乃恵ちゃんの――というよりは雪乃家の威信を傷つけたくなくて雪乃家が裏から手をまわした、というのが、噂の主流になっているみたいね」
「その言い方、愛さんは噂とは違う見解なんですか?」
机に肘をついて愛さんは頷く。
「こういう陰謀論的なことではない、と私は見ているけどね。確かに雪乃家は、今も昔も魔法協会に影響力を持つのは事実だけどね。ただ、規律に厳しい雪乃家が落ち度のある準魔法師を守るとは思えないよ。でも、実行者の情報を伏せる状況でもないから、何らかの理由で実行者の情報を誰かが出させないようにしてるは違いないだろうけど」
「あの、基本的な事ですみませんが、実行者の情報が伏せられる状況はあるんですか?」
「そうね、今の制度になってからは初めてかな。こんな事故対処での氏名が伏せられるのは。それで情報を伏せられる例としては、情報を公開して対象者に危険が伴う場合だね。でも今回の場合は公開したとこで危険を伴うとは思えないんだよ――」
「それを決めるのは愛、あなたじゃないでしょ」
中井さんがそう言いながら部屋に入ってくる。
今日の中井さんは長袖ブラウスの袖を捲くり、黒の膝丈スカート姿だ。
「立ち聞きですか? そういうのは感心しないぞ、由貴奈ちゃん」
姿勢を正して愛さんが言う。
「立ち聞きではありせん。廊下まで、あなたの話し声が聞えてきただけです。それと、年上をちゃん付けにしない、解った?」
「はーい。それで中井準魔法師殿はいかかが思います? 一昨日の実行者の氏名が伏せられた件につきましては、どのようなご見解をお持ちですかね」
愛さんがそう訊くと、中井さんは口に手を当てて小さく笑った。そして、そのままの表情で私達と向き合って座った。
「見解も何もないわよ。今回は事情があってね、実行者は新米の準魔法師なのだけど、その昇格情報の公開前だから色々と調整しているだけなの」
魔法師や準魔法師はその全員の氏名とかが一般に公開されている。その情報はインターネットからでも見ることができるようになっている。その一方で、それ以外の能力者の情報について魔法協会は非公開としている。もちろんこの事は幼馴染から教えてもらいました。
「でもまあ、その調整もあと少しで済むし、来週の木曜日には一緒に公表できるのではないかしら、新米準魔法師の昇格者と一昨日の事故現場での活躍をね」
「それって広報戦略というやつですか?」
私は小さく手を挙げて質問する。すると中井さんはこちらを向き、
「その通り、広報活動の一環です。どんな組織も都合の良い事は大きく、悪い事は小さく伝えたいものです。それはウチでも変わりません。でもウチの場合、出せる情報はどんどん流しますが、世間一般に出せない情報もありますから、そこ突いて隠蔽体質と言われている場合もあります」
中井さんは教える立場の場合、「です・ます調」になりがち。
「それで由貴奈さん、美咲ちゃんと同い年の雪乃恵ちゃんが準魔法師になるに当たって、先輩準魔法師として感想がありますかぁ」
愛さんは普段どおりの呼び名で中井さんを呼び、そう訊いた。
「特に何も思いません。雪乃恵さんは優秀な魔法使いですので、準魔法師試験に合格するのは当然ですけど――」
中井さんはそう言うと急に俯き、そして無表情に近い顔を上げて口を開いた。
「正直言って納得がいかない部分もあるわね。いくら優秀だからって、十代半ばの子供を危険な現場に行かざるおえない可能性があるのに、どうして上は――特に雪乃家の人達は試験を受けさせたのよ。彼女達なら合格するに決まっているのに。いくら人手不足だからといって、まだ十五歳の子に現場を踏ませるなんて時期尚早なのよ。こういう覚悟のいる仕事はもう少し後になってからでもいいのに」
中井さんは淡々と口早に言った。
「そういう不満かよ。ねえ、由貴菜さんは悔しくはないの? 十五歳の準魔法師の誕生に」
どことなく不満そうな愛さんに対し、中井さんは普段どおりの表情になる。
「悔しい? 私はべ――そうか、愛、あなたは悔しいのか。年下の恵ちゃんに先を越されたものだから」
「……そうですよっ、年下に先を超されて悔しいですよ」
愛さんは若干声を荒げる。そして立ち上がり、机に両手をついて体を前に乗り出す。
「どうして私より年齢的にも経験的にも下なのに、先に試験受けてるんですか? 雪乃家の力ですか? このままじゃ、みんな納得できませんよ!」
愛さんは中井さんを睨みつける。しかし中井さんはそれに動じず、「座りなさい!」と低めの声で、ぴしゃりと愛さんの勢いを止めた。そして愛さんは渋々着席した。
「もう講習の時間ですがいいでしょ。昨日からこの話をする人が少なからずいますし、このままじゃ講習にならなさそうですから説明します。ごめんなさいね、籠宮さん。少し時間をもらいます」
「い、いいえ」
とてもピリピリした空気を感じつつ、私は大人しく二人のやり取りを聞いている事にした。
「その前に愛、訓練生が準魔法師試験を受けるのに必要な条件を言ってみなさい」
「必要な基準ですか……まずは、魔法師の下で訓練生として実力をつけ、一年以上の比較的簡単な実務を積み、ある程度実力がついたと判断すれば自薦他薦に問わず魔法師育成委員会に昇格試験申請ができます。育成委員会で申請が通れば、魔法関連法令の知識を問う学科試験と、魔法の技量を見る実技試験があり、それら試験を合格すると、一ヵ月の実地と委員会の委員による面接が行われ、そこで準魔法師に適任者だと判断されれば準魔法師になれます」
「はい、その通りです。準魔法師になるには知識、実力、経験の三つが必要です。愛、あなたは準魔法師を目指しているからこそ、簡単な実務としてココでの籠宮さんのサポート役に就いています。あと半年、順調にいけば自分で委員会に昇格試験の申請する事も、誰かに推薦してもらう事もできるようになります。条件さえ揃えば誰でも申請でき、申請が通れば試験を受けることができます。年齢、能力者として開花した年数は関係ありません」
「それでも、これまでは慣例として十八歳未満は申請されたとしても委員会はそれを通しませんでした。いくら条件が揃っていたとしても、これまで慣例で通らなかったものが通ったら何らかの権力が動き、または圧力が掛けられたと考えても不思議ではありませんよ。それに、そう考えているのは少なくとも私だけではないですよ」
「愛達がどう考えているは知りませんが、申請はその時々の委員会判断が尊重されます」
「その委員会の去年の委員選定時に交代する三人の新任委員の内、二人が雪乃家の人間だったじゃないですか。そして今回の件ですよ、何があると思うのが自然です。今の魔法協会でこんな不公平が許されるんですか」
「たしかにそれが本当なら不公平感はあるかもしれませんね。しかし、雪乃恵の昇格試験は本来のルールに則り行われたのもで、その後の実務、委員の面接にしたって雪乃家の関係者、委員は外れて行われました。それでも不公平に感じますか?」
「その事が本当なら不公平は感じません。でも委員の中には、雪乃家の恩を売っておけばという思惑が働いたかもしれないじゃないですか」
「各委員がどのような考えで昇格を承認したかは解りません。しかし、雪乃家にコネを作るために承認されたとしたら大変ですよ。なにせ準魔法師は一昨日のような事故現場にも赴き、活動しなければなりません。そんな場に実力が乏しい者が行けば、もしかしたら周りに被害を出しかねませんし、下手をしたら死亡事故になってしまうかもしれません。ですから私の意見になりますが、今回の昇格承認の判断は公正に出されたものと信じます」
もしも未熟なままで現場に出て亡くなってしまえば、恩を売る売らないの話ではなくなってしまうからなぁ。それにしても私と同い年だという雪乃恵さんはどういう人物なんだろう。中井さんも一目置いているみたいだし優秀な能力者なんだろうけど、いつか会える時がくるのだろうか?
「……分かりました」
愛さんは先程までの好戦的な言葉使いは止め、降参したかのように声のトーンを落とす。
「由貴菜さんがそこまで言うのなら、まだモヤモヤしてるけど由貴菜さんの言葉を信じます。時間を取らせてしまい、すいませんでした」
と、愛さんは中井さんに向かって頭を下げると、私にも下げられた。
「うん、信用してもらえて嬉しいよ。これからも分からない事や疑問に思う事があれば遠慮なく訊いてきてくれて構わないから。籠宮さんも遠慮はいりませんからね」
中井さんは微笑んでそう言うと、程なく指導モードの真面目な表情になる。
少し遅れたが学習指導が始まる。
今日の受業は「魔法と魔力を使う場合のルール」というもの。なんか小学生の交通安全の冊子みたいな題名だが、それもそのはずで初歩の知識もない私の為の受業だから仕方ない。その内容は、訓練生は魔力や魔法を使う場合は定められた場所で、魔法師または育成指導権限を付託された準魔法師がいけないというものだった。
「その定められた場所とはココのような魔法協会の施設や、籠宮さんの場合のようにどこかを借りる場合があります。基本的に訓練生は定められた場所以外での魔法の発動・魔力の使用は認められていません。それを守らないと罪に問われる場合があります」
中井さんはミニパソコンを操作して、私達の正面にあるホワイトボードにイラストと共に教本の内容が映し出されている。そこに授業の進行に沿って重要ポイントや補足するテロップを出していく。私はそれを説明を聞きつつノートや教本に書いていく。ちなみに教本は素材が紙のものと、同様の内容でデジタルデータのものがあるのだが、私は紙のものを使っている。一応、協会からはタブレットPCは支給されているが、データの更新はして復習に使っているけど、何かを書くのは鉛筆に限ると思っているので普段は使わない。ちなみに愛さんはタブレットPCを自分の手足のように使いこなしている。
「では、籠宮さん。どうして魔法は法律で規制を掛けられていると思う?」
「あ、はい。えーと、危ないからではないでしょうか。技量のない能力者に自由に魔力や魔法を使うことで、人や物に被害を出さない為だと思います。一定以上の技術を使い手に要求しているのは魔法による事故を防ぐ為です」
「それでも間違いではありません。その為の魔法師制度ですからね。ですが、その根本にあるのは私達能力者が一般人を簡単に傷つけ殺してしまう事が可能なチカラを有している事があります。また、過去に魔力や魔法を使った事件が多発したことが公的な規制に繋がった経緯もあります。でも、規制の大きな理由としては一般の人々に安心してもらう事にありました」
私は手を顔の高さまで挙げる。すると中井さんは「質問だね、何かな?」と発言の許可を出した。
「法的に規制されたら能力者への偏見が強まりそうなのですが、そういう事はなかったんですか?」
「そうね、そう思うのも仕方ないかもね。規制というと何となくマイナスの印象があるからね。でも結果から言えば、この規制のおかげで能力者への印象が大きく改善されてきました」
「どうしてですか」
「この法的規制がされたのは約二十年前のことなのだけど、魔法協会は法案が国会を通ったのと同時期に発足しました。それ以前にも能力者を束ねる組織はありましたが、今の魔法協会とは比べ物にならないような権限や権力を有していました、今であれば魔力関連の事故や事件などは原則公開されていますが、前組織の時にはたとえ能力者に落ち度があっったしても公開されませんでした。それに加えて、今に思えば横暴でしかありませんが、能力者が事件を起こした場合は一般の裁判では裁かれずに組織内の部署で処理する事が許されていました。そのほかにも印象を悪くする要因はありましたが、それ以上に能力者への印象を悪くしていたのは、当時の組織内で能力者上位主義が台頭していた事にありました」
そこら辺の話なら美佳子と樋口君から聞いたことがある。
昔の能力者団体は独自の警察権を有していたそうだ。しかし、それは当初、能力者には能力者にしか捕まえる事ができないという事情からのもので、裁判などは能力者の魔力を封印して行われたみたい。でも、月日流れるにつれて団体内部に一般の人を軽視し、能力者を重要視するような勢力が拡大していった。つまり、一般の人より能力者の方が優秀で偉いんだぜ、えっへん、という考え方をする人が増えていったという事。それで、そういう考え方をする人が組織の半数を超えた頃から組織の暴走が始まった。
「そうですね。さっき話した罪を犯した能力者を組織内で処罰できたりするようにしたり、各方面に圧力を掛けて法律を変えさせてしまいます。自分達の有利なように。逆に言えば当時の能力者団体にはそれだけの社会的影響力があったという事です。現在でもそうですが、魔力の活用は各分野に及びます。例えば、医療関係でいえば新薬開発に携わったりしたりしていますね。その新薬開発に携わっている魔法師、準魔法師は当然大学や製薬会社の所属です。しかし当時の能力者団体は団体が能力者を一括管理して各分野に能力者を派遣していましたから、魔力関係の社会的利益を独占していたと言っても過言ではありませんでした。それで自然と各分野からの賄賂などの汚職が増えていきました」
能力者を一括管理していたという事は、団体の上層部のさじ加減で各分野の能力者派遣数が決まってしまう。例えば、本当は消防が人手不足なのに、利便を図っていた警察に必要以上に人手を派遣していたみたいな事が起こっていたみたい。そりゃ、自分達のところに能力者を多く派遣してほしいから、お金も動くし、ある程度の事は目を瞑っていたそうだ。
「各分野も能力者を必要としていましたから、団体の言いなりになってしまいました。そういう構造を批判する声はありましたが、法的に規制される五年前くらいまではそういう声は大きくありませんでした。団体関連で黒い噂はあるものの、物事が上手く回っている内は関係者や知識人の多くの人々は見ない振りしていましたからね。それに加えて、マスコミにも団体はいろいろと圧力を掛けていましたから、団体関連の問題は一般市民にはほとんど知られていませんでしたので、当時は殆ど話題になることはありませんでした。しかし、そんな団体の問題点が一気に露呈する出来事が起こります」
その事は私がどんなに能力者について疎くても概要くらいは知っている。
その出来事はある内部告発から始まった。この内部告発の内容が記事として初めに載ったのは、とある地方の小さな新聞社の新聞だったそうだ。一度、世間に発信された情報はどんな情報であっても広まる。その情報が驚きや衝撃が大きいほどに伝達速度は上がっていく、正しかろうと間違っていようと。この地方紙の落とした告発情報という名の水滴は能力者団体のみに止まらず社会全体に大きな波紋をえがくことになっていく。
「その内部告発の情報は当初まったく人々から相手にされませんでした。なにせ団体は表向きは『正義の味方』や『弱い物の味方』というイメージが定着していましたし、実際に困っている人々を助ける活動は行っていましたから、匿名の内部告発では一般の人々には信憑性が低かったのでしょう。しかし、その状況を一変させてしまう出来事が起こります。それは現役の魔力技士が実名を出し、内部告発の内容を追認する記事が大手の週刊誌に載ったのです。しかもその人物が当時、団体のナンバースリーと言われていただけに内部告発の情報は突然信憑性が増しました」
魔法技士は今でいうとこの魔法師という事になる。しかし、何でも昔はその魔法技士には全体数で定員があったそうで、今みたいに試験とかを通っても定員であれば誰かが辞めない限り魔法技士にはなれなかった、と美佳子が言っていた。私は非効率だと思ったのだが、それは魔法技士の全体の質を高いままで維持しようとしたシステムで評価はできるという事だった。でも、樋口君はその仕組みが腐敗の原因だと言っていた。定員が決まっている以上、若手は入りにくくなり上層の権力の固定化に繋がるからだと。私にはどっちが正しいかなんて判らないけど、だから内部告発を追認した人物の証言は人々に与えた衝撃は大きかったのではないだろうか、自分達に不利な証言をしたのが団体の中核をなしていた人物なだけに信憑性は高いものと思っても不思議ではない。
「内部告発を切っ掛けに世間を見る目が変わりました。それまで黙っていたマスコミが内部告発の内容を疑惑と称して追求する動きが始まりました。そこで団体は団体内部に調査委員会を設置、内部告発の真偽について調査をすると発表します」
それまで正義の味方と見ていた世間に疑念を懐かせた内部告発だが、当初はある企業との不正な巨額の金銭のやり取りという情報だけだったから、問題を早く決着を着けたかったのかもしれない。樋口君みたく厳しい見方をすれば、内部告発を追認した人物は疑惑として問題を長引かせるのではなくて、この問題だけを表面化させて、その他の問題は伏せたまま早期の決着を図ったとも見ることもできる。まあ本当のところは分からないけど、真っ白な布にそれほど小さくない黒い染みができれば結構目立ったのはないだろうか。
「調査の結果、団体は内部告発の内容を認め、その件に携わった関係者を処分すると発表しました。しかし、それでは世間は納得しませんでした。納得しなかった理由として大きかったのは企業側には警察や検察が捜査に入り逮捕者まで出したのにも関わらず、一方の団体側にはそういった法的処分は行われませんでしたから、多くの人々が不可解に感じたのでしょう。次第に追求の矛先は警察や検察にも向けられていき、結局は団体に有利な作られた法律という問題まで波及し、能力者団体や各行政機関、企業や政治家を巻き込んだ社会を揺るがした大事件に発展していきます。その事件を教訓として法的規制の強化が進められていきました。これが世間一般に知られている法的厳化の理由ですが、それに加えて能力者を法的に守るという一面がありました」
法的に規制することで能力者を守ることになる?
「二十年前以前は能力者に関する法的整備はまったく行われていませんでした。能力者関係の事柄は能力者団体が処理してきましたから、人々の認識としては規制の必要性を感じていませんでしたし、団体もそう感じませんでしたから。ところがその状態は団体内部で異常事態を招いていきます。さっきも言ったような一般人を軽視する――ここで言う『軽視』とは一般の人を見下すことを意味します。まあ、簡単に言えば、『何もできない君達凡人ために我々は魔法を使ってあげているのですから感謝しなさい』、という感じの考えを持った勢力が世間の批判を受けた事によって団体内の多数派になってしまいました。そしてもう一つの考え方が問題視されていきます。それは内部告発以前からあった能力者団体内部の純血主義と特異者の差別です」
能力者は一般的に血統でなると言われている。例えば、親が能力者ならその子供も能力者という感じのだ。だから、両方または片方の親が能力者の血を受け継いでいないと基本的に能力者の子は生まれない。ただし例外はある。まだ原因は分かっていないが一般の人同士にも突然能力を宿した子供が生まれることがあり、それを『特異者』、血を受け継いだのが『純血者』とか呼ばれていたんだっけ? 樋口君から聞いた話によれば。
「能力者団体には今の魔法協会のように情報公開義務がありませんでしたから、監督する組織もありませんでした。ですから、新たに報告をされた能力者の人数も公開されていませんでしたし、当然特異者の人数も公開されてはいませんでした。情報公開されないという事は外部から情報の比較ができませんから、能力者が一人や十人がいなくなったとしても外からでは判りません。これが例え話だったら良かったのですが、実際に失踪扱いにされた能力者は判明しているだけで百数十人にものぼります。そのほかにも今では考えられないほど人権が無視した数多くの行為がありました。それらが特異者や名門家とは程遠い能力者の多くが犠牲になりました。華やかな活動は自らが純血者だと自負する名門家といわれる、かつて地方各地の能力者をまとめていた家や組織の関係者が担い、俗に言う汚い仕事や人体実験などの被献体には純血度が低いとみなした能力者や特異者が多く選ばれました」
中井さんが淡々と喋るものだから、私は感情の揺れは抑えられているが、同じ特異者としては複雑な気分になってしまう。だって、例えば生まれくる時代が違えば『そう』なっていたのは私だったのかもしれなかったのだから、思うところがあっても不思議ではない。
「そんな状況もあり、規制すると共にそんな能力者を守る為にそういった行為を取り締まれるように法整備も進められました。ただ、勘違いしてはほしくないのですが、そういった非道な行為を行っていたのは、あくまでも一部名門家の関係者だけという事です。多数派に属していた能力者はそんな事が行われていることは知る余地もありませんした。考え方は偉ぶってはいてもそれは心中での話であって、実際には社会に貢献をしていました。けれど、そんな彼らが上層部の暴走を止めていればという意見は否定しません」
今、中井さんが話をしているのは魔法協会が結成される以前の組織における主流派の話で、この派閥は一般的に強硬派という認識らしい。逆に現在の魔法協会で主流派が当時の少数派で、能力者として権利を確保しつつ、世間と協力していこうというのが穏健派みたい。
「内部告発後、能力者団体では様々なことが起こりました。まずは先程言ったような非人道的な行為などが次々と暴露されていきます。そういった情報が報道されるにつれ批判の声も日々大きくなっていきました。しかし、強硬派の台頭していたことによって現状維持しようとした団体と変革を求める社会の間に軋轢を生じさせ、仕舞いには強硬派の一部が暴走しテロ行為に走ってしまいます。その事により能力者団体は世間から猛烈な批判を受け、テロに当時の上層部の人間が多数関わっていた為に団体内部の指揮命令系統は混乱し、組織として一時的に機能しなくなりました」
テロで社会を押さえ込もうなんて愚かとしか言えない。どんな主張があろうとも暴力で何かを変えられるなんていう事はないし、あったとしても反発されるだけなのに。当時の上層部の多くは馬鹿が多かったに違いない。
「能力者団体が混乱している間もテロ行為は続いていきます。ですから、いくら団体内で犯罪行為を処分してきましたが、団体上層部が絡んだ社会に対してのテロ行為となると当時の政府も動かざるを得なくなり、警察などと一部の魔法技士が対応しましたが、基本的に能力者には能力者にしか対応できませんし、このテロに加担していたのが予想以上に実力者が多かったこともあり押さえ込みは苦戦しました。それと同じ頃、能力者団体内部では早急な組織の立て直しが図られていました。能力者団体でテロに加担していたのは極一部でしたが、しかし指揮命令系統で要所となる多くの人物がこのテロに加担した為に組織として意思決定ができなくなっていましたからね。そして暫定的に組織をまとめると、まず創めに行ったのは能力者団体としてテロ行為の関与の否定と、連続しているテロ行為の早期終結に尽力することの表明でした。それまで能力者団体がテロ行為にどの程度関与しているか不明慮だったことから世間で不信感しかないような状況でしたから、テロに関わった人物の除籍と身柄確保に全力で当たっていく事と、テロ行為の責任の一端が団体にあることを認めることで不信感の緩和を図りました」
たしかその能力達が起こした連続テロでの犠牲者は百名以上、怪我をした人を含めれば千人は超えるはずだから、そりゃ当時の人々が能力者団体や能力者に対して不信感を持つのは当然だよね。そして今も昔程あからさまに嫌悪な態度をとる人は少なくなったというけれど、このテロの影響で未だに世間の能力者に対する不信感は薄くなったとはいえ確実に存在する。これはこの三ヶ月間、私が能力者として過ごしてきた実感したことだ。
「そのあと政府と暫定組織は新しい組織作りのために政治家や各種専門家を集めて改革委員会を作り、二度とこういうテロ行為が起きないような組織構想と法的整備のあり方と方針を話し合いました。その間も暫定組織はテロ行為の首謀者や実行犯を拘束に協力し、魔力の無力化をして警察に引き渡しました。まあ、その魔力の無力化の技術は先程話しした人体実験で確立した技術だったのですから皮肉な話ですがね。その後、現在の魔法協会が発足するための組織改革と法的整備が行われ、同時に魔法協会の監督する目的で国会議員や各種専門家が中心となった第三者委員会が設置されます。簡単に説明しましたが、これが法的規制された流れと理由です」
魔法や魔力を自由に使わせないのは二度とこういう事件が起こさない為にある程度の制限を設けたのか。だけど、一部とはいえ能力者のテロを防げなかった能力者団体に対する社会的処分が組織改革と魔法の使用制限だけで済んだのは――それまでの社会貢献度が高くて社会に必要だったからではないか、と言うのは美佳子の意見だ。一方で樋口君は、殺傷能力を持った能力者を管理する組織が必要だったから、という意見だった。そして私の意見といえば、
「正直言って、ココら辺の事って私達が生まれる前でピンっと来ないよなぁ」
と、愛さんが小さな声で呟いたとおり、私も同様な感じだ。
「こういった経緯で魔力の制限はなされました。要するに公的に規制したことによって能力者は魔力使用の自由度は低くなりましたが、その一方で能力者の社会的立場を守ることに繋がりました。そして、多くの先輩方や関係者の努力のお蔭で魔法協会の信頼度は徐々にではありますが回復してきています――」
そこまで真面目に喋っていた中井さんだったが、急に茶目っ気たっぷりの笑顔と喋り方になり、
「――だから美咲ちゃん、どんな状況であろうと私のような指導者がいないところで魔力を使っちゃあダメだからね。美咲ちゃんはそんな事はないと思うけれど、もしも勝手に使ってバレたら偉い人に散々怒られちゃいます。だから絶対しないでね」
「……えーと、あ、はい」
私は意表を突かれてしまいどんな風に答えていいものかと戸惑っていると、隣の愛さんが口を開いた。
「そうなった場合、由貴菜さんもその偉い人たちからお叱りを受けちゃいますもんね」
「正直それもあるけど、実際にルールを破ったらお小言くらいでは済まないんだよね。十年くらい前にそういう事が起こったのだけど――というか、私がルールを無視して魔力を使っちゃってエラい目に遭っちゃったのだけどね」
中井さんの表情は若干苦笑い気味になる。
「へー、ちょっと意外だなぁ。由貴菜さんって、お茶目な部分もあるけど基本は真面目な印象なのに」
中井さんとは知り合って日は浅いが、そこは愛さんと同感である。私を指導している以外にも相談に乗っていただく時なんかの態度からもその印象は変わらない。
「いまは真面目ぶってるだけなんだけどね。まあ、それで十年前の私は悪い意味で怖いもの知らずというか、そうだな、同じ世代のなかで自分が一番魔力を上手く使えると思い込んでいたわけ。そうしたら同い年で私より魔力を上手く使える子が現れて、当時の私はその子に軽い気持ちで魔力勝負をふっかけたんだ。最初は相手も渋っていたのだけど諦めずに挑発し続けたら、相手の癇に障ることを言ったらしく勝負を受けてくれました。そして、そのケンカに近い勝負の結果は私の惨敗、私の慢心したプライドはズタズタに傷つきました。――まあ今に思えば、このとき負けて上には上がいることが知れてよかったと思うけど。――で、勝負の決着が着いた後が大変だった。この事はすぐに指導員やその上にも知れちゃって、協会内の各部署から散々事情は訊かれるは、処分としてケンカ相手と共に二ヵ月間魔力を使用禁止されるは――ああ、ここでの処分は協会の内規違反のものです。なにせケンカは協会の施設内でやったものでしたから、魔法関連の法律には触れていなかったのです。それでも内規にはばっちり違反していますから処分されました。――それでこの件は問題を起こした私達が処分された事では終らなかったの。協会はこの件を私たちの実名を伏せて公表して、しかも私達の指導員やその上司にも減給等の処分をしたわけ。今と同様に協会は信頼回復のために小さな事も隠さず公表してましたから仕方ないけど、しかし、私達以外の処分には参ったわね。変なプライドのために軽い気持ちで始めたケンカだったし、もしもバレて処分される事はあっても当事者だけだと思っていたから、予想に反して多くの人を巻き込んで迷惑を掛けてしまったことには、かなり心苦しかったし気持ちが落ち込んだわ。一時的に心が荒むくらいにはね。だから、ルールは守った方がいいよ。後悔したくないならね」
そう言い終えると中井さんは笑顔で愛さんを見つめる。
「どうして、そんな話をしたあとで私を見るんですか」
中井さんはそう訊かれると、「さーね」と恍けたように言い、話しを続けた。
「まあ、軽い気持ちであれ硬い気持ちであれ行動をすると、自分の行為で多くの人に迷惑を掛けることがあるから気を付けなさいよ。まっ、そういう事だよ」
「それって、私に対して釘を刺してますよね。無茶な事はするな、って」
「そういう意味合いもあるけど、基本的にあなたにはそういう心配はしていません。ただ、お願いしたいのよ、十年前の私と同じようなしそうな子がいたら、やめるように説得をしてほしいんだよ。彼らの気持ちも解らない訳ではないけれど、やったところで結果は変わらないと思うからさ、お願い」
「……はい、わかりました。ちゃんと説得はしますよ」
愛さんは渋々、中井さんの『お願い』とやらを了承した。
私には二人の会話内容はちゃんとは理解できないが推測するに、今度準魔法師になった雪乃恵さんにケンカを仕掛けるような人がいたら愛さんに止めてほしい、そういう事みたいだね。
その後は中井さんが真面目モードに戻り法律・内規の指導は続いて、終了時間を五分過ぎてやっと指導という名の講義は終了した。
しかし、今ここで知ったことは外部から見ていては知ることのなかった事だけど、魔法協会も色々と大変だなぁ、と思う。




