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 土曜日。


 昨日は普段より早く眠りに就いたのに、起きたのは普段と変わらなかった。普段と変わらなかったという事は学校に着いたのも遅刻ギリギリで、席に着くなりチャイムが鳴り担任が入ってきて学校での一日が始まった。今日は土曜日という事もあるのか、お昼過ぎまでの授業は終始ゆったりとした空気で進んだ、そして授業が終って学校中が一気に賑やかになり、そのまま帰る生徒や部活動に励もうとする生徒が廊下に溢れた。そのなか私はといえば机の上でお弁当を広げて昼食を頂いていた。


 いつもどおりに。


 土曜日と日曜日は、時間が空くという事で魔法制御の訓練は魔法協会の施設で行っている。そのほかに土曜日と日曜日にはやる事があり、それは魔法関連の勉強――つまり、魔法の有効性や危険性を学んで、または魔法関係する法律等を勉強する学習指導みたいなもの。ただ、その講習まで少し時間があるから、いつも土曜日は教室で昼食を食べてから魔法協会に向かっているのだ。ああ、魔法協会の方で食べればいいじゃないか、という意見は却下します。私、あそこの独特の空気が苦手だから、そんな所でお母さんの作ったお弁当は食べたくないです。そんな訳で五月以降の毎週土曜日は教室で昼食を頂いています。


「ふっー。ごちそうさまでした」


 お弁当を食べ終わり、一人きりの教室で手を合わせる。


 部活動を行う生徒のために学食は土曜日にも開かれている。だから教室でこうやって一人きりの昼食をすることないのだけど、ただ私はこの静かな教室の雰囲気が好きなのだ。いつも誰かが居て授業中以外は賑やかな教室が、放課後の教室は静まりかえり外から聞える運動部の掛け声や、校内に響く吹奏楽などの楽器の音がうら悲しさを感じさせ、賑やかな教室との違いがどことなく心地良く思うのだ。


 お弁当を食べ終えた時は協会へと向かう時間には早いし、図書室で読書をするにも遅い時間という微妙な時間だった。ということで少し考えた結果、何か暇つぶししながら行けばいいという結論を私の中で出し、荷物を持って教室を出ると、さほど喉は渇いてはいなかったが図書室横の自動販売機でスポーツドリンクを買った。なんといっても今日は県内の観測所で最高気温が三十度を超える真夏日になるそうだから用心に超したことはない。実際に教室からココまで来ただけで背中はじんわり汗ばんでいる。


 校舎の外に出ると、太陽は約一ヵ月後の夏本番に向けて予行演習をしているかのごとくジリジリと地面を照らし、その日差しの強さと同調して気温も夏そのものになっていた。おかげで外に出た途端、体中の汗腺からジワジワと汗が滲み出し、強い日差しに晒されて肌が痛い。


「……暑い」


 バッグからタオルを取り出し首に掛けながら歩いていると、校庭ではこんなに暑い中でも運動部の人々は走り回っている。その中に風通しの良さそうな半袖に下は体操着のーフパンツ姿の美佳子を見つけた。さすがに身長が高いだけに見つけやすかった。しかしそこで変な事に気が付いた。陸上部である美佳子がグラウンドを走っているのは分かるのだが、その美佳子に追走している制服姿の人がいた。グラウンドに近づいてみると、どうやらグラウンドを周回しているのは陸上部とサッカー部みたいだった。しかも走っているのは皆一年生だけみたいで上級生達は走りを邪魔しないように、リタイヤした人の面倒を見つつ、グラウンドの競争を見守っている感じ。その中でトップ争いをしているのは美佳子と制服姿の…………樋口君でありましたとさ?


「なにやってるの、樋口君」


 つい驚いて素直な気持ちを口に出していた。


「俺の代わりに走ってもらっているんだよ。眠り姫さん」


 そう言ったのは私の隣にいた、身長が美佳子以上あろうサッカー部のユニホームを着た男子生徒。顔を上げ、その男子生徒の顔をよく見ると、昼休みとかに樋口君とよく廊下で話しをしている男の子だった。凸凹コンビの大きい方。


「眠り姫は昨日の件が原因として、この状況はなんなのか教えていただけるかしら、凸凹コンビの大きい方さん」


「へー、健祐に聞いたとおり素直な感じの方のようだね」


 凸凹コンビの大きい方は嫌味混じりの笑みを浮かべた。


「まあ説明すると、七月のグラウンド整備をどっちがやるかを賭けた長距離走競争かな」


 この凸凹コンビの大きい方こと中村君の説明によれば、このグラウンドを部活で使用しているのは美佳子が所属している陸上部と、この中村君が所属しているサッカー部なのそうだ。今月までグラウンド整備は一週間ごとに交代でしてきたのだが、来月からはそのグラウンド整備を丸々一ヵ月間押し付けてしまえるルールなのそうだ、この競争でどうして一年生が走るかといえば、この時期なら体力面でそう大差はつかない事と、部活内のチームワーク強化を狙った恒例行事らしい。


「で、何でサッカー部の君が走らないで、どうして天文部であるはずの樋口君があんな風に美佳子とトップ争いを繰り広げているのかな?」


「一週間前に怪我をしちゃいまして、怪我は大した事はなかったんだけど一週間運動禁止という医者の指示が出ちゃいました。という訳で代役を立ててもいいかと訊いたら、なんとすんなりと両部活ともに許可が下りたというわけ」


「ふーん、そういうこと」


 それにしても中学でも陸上部で長い距離を走るのが得意だった美佳子がトップなのは納得できるが、その後ろで淡々と美佳子の後ろをピタリとついていく樋口君というのは意外だった。しかも、上のワイシャツは袖を捲くり上げているのに、ズボンの裾はたくし上げないし、見ているだけでこっちが更に暑くなってきそうだよ。


「なんで樋口君は半袖じゃないのだろう」


「気にするとこ、そこなんだ」


「じゃあ、気にするところ他にある? 今日はこんな暑いのだから半袖着ればいいのに」


「まあ、その方が楽なんじゃないの。アイツにとっては」


「ラクねえ」


 こんな暑いのに長袖なのも理解し難いが、こんな暑い中を友人の代わりに走る樋口君の気が知れない。だが、美佳子の後につく樋口君は顔に汗を目一杯掻いているにも関わらず、その表情はそんなにキツそうではなくて、走ればいつまでも走れそうな余裕の表情に見えた。どちらかといえばキツそうなのは美佳子の方で、歯を食いしばり、顎が上がり、フォームが崩れ始めている。それでも抜かされないのは意地があるからなのだろう。走ることでは誰にも負けたくない意地。それでも負けるにしたって友人の代わりに急きょ走っている奴なんかに絶対に負けたくないという意地が表情に出ている。


 私にはそんなに熱くなれるものが無いだけに、今の美佳子は眩しく映るよ。


「ラスト一周ぅぅ」


 どこからか、そんな声がグラウンド中に響いた。


 すると樋口君は美佳子の真後ろから外側にコース取りをし、そのまま美佳子を抜きにかかる。そこは負けじと美佳子は走る速度を上げる。しかし、あと半周というところで樋口君に追いつかれ、そのまま追い抜かれると徐々に差がついていく。このまま勝負が決したと誰もが思った瞬間、樋口君の足がもつれてしまい大胆にずっこけてしまった。その横を全力で駆け抜いていく美佳子。そこで勝負は決した。なにせ転んだ場所が最後の直線だったから、転んだ樋口君が立ち上がる頃には美佳子はゴール寸前だったのだ。


 ゴールした美佳子は部の人達に囲まれていた。一方の樋口君は軽く流すように走ってゴールするとこっちに向かって来た。


「さすが陸上部だね。彼女、最後まで力抜かないのな」


 中村君に笑顔を向けながら美佳子を褒める樋口君は、汗でワイシャツの下の下着が透けて見えるくらい濡れていて、ズボンは膝部分を中心に白くなっていた。そこで気がついた、樋口君の右足の靴紐が結び目そのままに切れていた。


「ご苦労さん。最後は残念だったけど、代走にしてはよくやった」


 田中君はそう言いながら樋口君の肩を叩き、樋口君に透明な液体が入ったペットボトルを手渡した。


「その割りに、すごく僕に対する周りの視線が冷たいように感じるのですが」


「まあ、それは仕方ないでしょ。あともう少しで朝夕のグラウンド整備やらないで済んだのだから」


 私がそう言う途中で、樋口君は凄く驚いたように体をビクンとさせ私を見る。


「マジでびっくりした、美咲さん居たんだ。英樹の影になって見えなかったよ」


 そう言われ方をすると、私が小さい(身長が低い)と言われているような気がするから止めてほしいのだが、ここで言うべき事ではないので言わない。けれど普段は気にも留めていないが、そう思うという事は、私にとって身長の低さは数あるコンプレックスの中の一つであるのは間違いなさそうだ。


「結構頑張って走ったつもりだったけど、結果がでないと意味はないか」


 樋口君は誰にも聞えないような小さな声で呟いた。


「健祐、なんか言ったか」


「ん、別に。それより僕は顔を洗って帰ることにする。じゃあ後はよろしく」


 樋口君は少し疲れた表情をして、校庭の隅にある水道の方に靴紐が切れた方の足を引きずって向かっていく。周りを見渡すと先程まで他部の人も観戦していたのだが、もうその姿はなくなっていた。美佳子も部員の輪にいて話せそうもないから私もその場から離れて下校することにした。腕時計を見ると協会に向かうにはいい時間だった。


 だけど、こんな炎天下の中で競争をするのだから、運動部は元気がいいよなぁ。それにしても美佳子の走る姿はいつ見ても苦しそうだけど、でもどこか楽しそうなのは、走る事が本当に好きで情熱を持って打ち込んでいるからなのだろう。


「……羨ましい」


「何が?」


 驚いて足を止めると、声のした方へ顔を向ける(独り言に返事をされれば誰だってビックリするよ)。そこに立っていたのは樋口君だった。樋口君は校庭にいた時とリュックを背負っている事と首に白いタオルを掛けている以外はそんなに変わってはいないが、顔の汗はさっぱり洗い流され、足元に目をやると切れた靴紐は小さく結ばれていた。


「な、なにって、樋口君には関係ないでしょ」


 驚いたせいで上ずった口調になってしまった。そんな私を見て樋口君は、何か考え事をしているような表情になって、次に「そう」と言って何でもない表情になり、正門近くの駐輪場へと足を向ける。私もそれに同調する。


「それにしても、さっきは残念だったね。靴紐が切れてなければ勝てたのに」


「靴紐が切れようと切れまいと負けは負けだけどね。それでも紐が切れてなければ勝ててはいたと思うけど、それは負け惜しみだな。やっぱり、どんなに頑張ったとしても結果が伴わないと結局意味がないよ」


「そうかな、私はそうは思わないよ。一生懸命頑張った事に対してはたとえ結果が伴わなくても意味があると思うけどな。だって、失敗しても次に繋げる事ができるからこそ人は成功する事だって出来るのだから」


「みさきちは前向きだよね、ほんと。どんな事からにも逃げないような感じがするよ」


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、私は全然前向きではないよ。でも樋口君はすごいよ。美佳子以外の陸上部とサッカー部の全員を周回遅れにしちゃうのだから。どうして運動系の部活に入らなかったのか不思議」


「去年の今頃は野球やってたんだけどね。今は――そうだな、違うことに取り組まないといけなくなった、っていうところかな」


 樋口君が言葉を濁した言い方をしたところで、まばらに自転車が並ぶ駐輪場に到着した。


「その言い方は、私に対して言いたくありませんよ、アピールですかね?」


「そうかもね」


 樋口君はズボンのポケットから自転車の鍵を取り出すと、普通にカゴの付いた自転車の鍵を開錠し、リュックを前カゴに入れて自転車を駐輪場から出す。


「みさきちが親しい友人でも言えないものは言えないからね。何に取り組んでいるかは秘密」


 友達に隠し事があるのは当然である。むしろ言えない事の方が多いのではないだろうか。親や姉妹にだって隠し事の一つや二つあるのだから、誰だって友達に言えない事はあるものだと思う。もちろん私にだってある。


「気になるところではあるけど、どうせ訊いたって教えてくれないだろうし、今は何に取り組んでいるのかは訊かない。だけど、危ない事ではないんでしょうね。もしも危ない事だと分かったら、私は樋口君を全力で何がなんでも止めるよ。いい?」


「頼もしい限りだね。美咲さんのそういう真っ直ぐな正義感は――というより優しさか」


 私の問いに頷くと樋口君はそう言った。そこで思い出す、おとといのケーキ屋さんでの美佳子との会話を。もしも、私の正義感がおとといの喧嘩の一因だとすると言っておかなくてはならない事があるように思う。


「ねえ樋口君、こういう私の自分の正しさを押し付けるところってウザい? もしそうだとしても直せないからね、私のこういうところは。他人と意見が違えば自分の意見を通そうとしちゃうし、友達が間違った事をしていると思えば出来る限りそれを止めるよ、私は」


 この言葉に付け加えて「こんな友人でいい?」とは訊けなかった。


「そういう事は昨日言えば格好良かったのにね」


 樋口君は自転車に跨り、私をからかうような笑顔を向ける。


「でもまあ、そういう真っ直ぐなところは良くも悪くも美咲さんらしいよ。僕はそういうところが嫌いではないけどね。ただ、僕も自分の意見を譲れない部分もあるから木曜日みたいな事はあるとは思うけど、それでも良かったら美咲さんの友人にしといてくださいな」


「なにそれ、喧嘩を前提にした友達関係だなんて聞いたことないよ」


 そう言いつつも、樋口君の言葉が嬉しくないといえば嘘になる。たとえ樋口君の本心がどこにあるとしても、その言葉は、ありのままの自分を出せる友達がいるという事は今の私にとってみれば大切な意味を持つのだから。


「喧嘩友達っていう言葉もあるくらいだし、言いたい事を言い合える友人関係というのも、有りなんじゃないのかな。そりゃ、お互いの意見が食い違ってムカつくこともあるとは思うけどね」


 樋口君は先程とは違って親しみを持てるような笑顔で言った。


「その時は河原で殴り合ってあげる、そしてその後、二人して寝っころがって笑いあって仲直りしましょう」


 もちろん冗談だ。


「いつの熱血マンガだよ、まったく。――じゃあ頑張ってね」


「ん?」


 樋口君はツッコミをいれると、ペダルに足を掛けて自転車をこぎ出す姿勢になった。


「これから魔法協会で訓練でしょ。だから頑張ってね、って」


「ああ。ありがとう」


「じゃあ、また月曜日に。バイバ~イ」


 そう言って樋口君は自転車に乗って行っちゃった。


「ばいばい、我が友よ」


 って、格好つけている場合ではない。腕時計を見ればもうすぐバスが来てしまう時刻だった。このバスに乗り遅れれば遅刻決定で、そうしたら中井さんに怒られる。魔法協会は時間には厳しく遅れたら職種に関係なく何らかの罰があるそうだ。だから私は走る。強い日差しに暑い空気の中、荷物を振り回しながら校門を抜け、バス停に向かう。


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