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この物語はフィクションです。作中の人や組織は実際のそれとは一切関係ないです。ただの設定です。

 嘘をつくのは良くない事だと親や教師から教わるけれど、日々を送る上では止むを得なく嘘をつかねばならない事がある。そういう嘘には相手のことを思っての嘘もあれば、自分のための嘘もあり、相手のための嘘は優しい嘘で、相手を陥れようとする嘘や自分のための嘘は悪い嘘だと言われる。だけど私からしてみれば、他人のためでも自分のためにつく嘘であろうと、嘘をつく事に変わりがないと考えている。だから、できればどんな嘘もつきたくないと思っている。


 そう、私の中では嘘を吐くこと自体が良くない事なのだ。例えどんな嘘であろうと。


「だからと言って、君の考えを僕に押し付けないでくれる。いい迷惑だ」


 目の前に立つ彼は冷淡に淡々と言いながら、真っ直ぐ私を睨みつける。


 知り合って三ヶ月になるけれど、この目の前の彼がこんなにも怒るのは初めての事だった。でも、だからといって私の信念は曲げることはできない。


「『時と場合、必要性によっては嘘を良しとする』なんて、よく言えるよね。嘘を吐かれた方にとってみればどんな嘘であろうと、決して後味は良い物にはならないんだよ!」


「君の言うとおり、嘘を吐くことは良くない事だよ。できれば正直に生きたいさ。だけどそれは理想論だよ。なお更、君の『何かを秘密しとくのも嘘』というのは暴論もいいところだよ。素直なのはいいけど少しは大人になりなよ、もう高校生なのだから」


 誰にでも秘密にしときたい事や言いたくない事の二つや三つあるものだ。それを嘘と言う気はない。だけど、ある事を秘密されてそれがバレた時には、嘘を吐かれた時と同じくらい傷付くこともあるのだ。


「そんなの樋口君に言われなくたって分かっているよ! ただ私はどんな場合でも積極的に嘘を吐きたくないだけだよ。樋口君とは違って」


「僕だって積極的に嘘は吐きたくない。ただ、人は生きていれば立場や環境によって、どうしても嘘を吐かないけない時があるんだよ。その時にいちいち良いだの悪いだの言っていられない」


 声を荒げ気味な私に対して、樋口君は腕を組んで表面上は冷静を装っているものの、言葉の端々からは苛立ちを隠せていない。そうなのです。ただ今、私たちは言い争っている真っ最中だったりします。


「どんな状況でもあっても嘘はいけない事でしょ。だから、どんな嘘を吐いた後でも罪悪感を感じるんでしょうが! それとも樋口君はそうじゃないの。嘘を吐いても何とも思わないの?」


「そんな綺麗事が通用するほど世の中は甘くはないんだよ。誰もが美咲さんのように自分が正しいと思っている事だけを通していたら、世の中は上手く回っていかない。だから時と状況次第によっては嘘を吐くことを良しとして、自分の考えを曲げてでも人に合わせる事が必要なんだろ。それのどこがいけないって言うんだ!」


 樋口君の口調は徐々に荒いものに変わってくる。だからといって私は引かない。


「なによ、人に合わせる事が必要って。ただ単に樋口君自身に自分っていうものが無いだけじゃないの!


 だから誰かの顔色をうかがって、簡単に自分の意見を捨てられちゃうんだ」


 そう言った瞬間、樋口君に思いっきり睨みつけられた。


「なに? 文句があるならさっさと言いなさいよ! さあ、早く」


 すると樋口君は組んでいた腕を解くと、目を閉じて大きく息をはいた。そして目を開くと何も言わずに後ろを向いて、そのまま歩き始める。


「ちょっと待ちなさい、話はまだ終わってないんだから」


「やめやめ。このまま水掛け論をやったところで決着は着かないだろうし、今日はこの辺で止めとくよ。それにこのまま美咲さんと言い争っていたら、いつか手を出しちゃいそうだしね」


「女子に手を上げるなんて最低だね、樋口君は」


 私はさっきまでの勢いのままに挑発的なことを口にしてしまう。


「最低で結構だよ。さっきは本当に殴ってやろうかと思ったのは事実だから」


 一方の樋口君はそう言い残して教室に入っていった。


 廊下に残された私はそこで若干冷静さを取り戻すと、幾つもの視線がこちらに向いていることに気がつ

いた。普通昼休みに、一年生の教室が並ぶ三階の廊下でこんな言い争いを繰り広げれば注目をされるのは当然のことだ。


 だけど、注目を集めた理由は言い争っていたからだけではないかもしれないけど。


「……なによ、大人ぶっちゃって」


 私はそう呟くと周りの視線を気にしつつ、樋口君が入った逆の出入り口から教室に入る。


 教室に入り自分の席に着くと、だんだんと冷静さを取り戻していく。


 そうなのだ、私は同級生の樋口君と言い争いを繰り広げていたのだ。それも他の同級生や他のクラスの一年生たちの前で感情的になってしまったのだ。これはもう今日の放課後には一年生の間に噂が広がっているに違いない。


「最悪だぁ」


 私は頭を抱えて机に突っ伏す。


 思い返せば、『誰かに秘密がある場合、その秘密がバレそうな場合に嘘を吐いてでも秘密にするか』という週刊誌の何かの記事を話題に出したのが始まりだった。最初の内はお互いの意見に寛容だったのが、いつの間にか些細な世間話は熱をもち始め、最終的には教室の前で口論をしていた。


 だけど、いつもなら私が熱を持って喋っていても樋口君が「まあまあ」と抑えてくれるのだけど、今日の樋口君は私を抑えてはくれなかった。そして、私の意見とは反対意見を言ってきたのだった。


 時間が経つにつれて樋口君への苛立ちと、自分を抑えられなかった事への自己嫌悪が心の中で大きくなってくる。しかし、私がこんな状況でも午後の授業が始まる前の予鈴が校内に響き、学生の本分を否応無く思い出される。


 私は机の中から次の授業に必要な教科書とかを取り出すと、半分無意識的に樋口君の方に顔を向けてしまう。そして気が付けば樋口君と目が合っていて、私は瞬時に顔を背ける。そうしたら、なんとなく変な罪悪感を覚えてしまい、少しだけ居心地がわるい。


 あーあ、どうしてこうなっちゃったんだろう。


 私がどんな気持ちでも、あともう少しで午後の授業が始まる。だったら、できるだけ樋口君との事は考えないようにしょう。


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