6話
無理やり分けて投稿しますので、内容のぶつ切りさ加減はご容赦ください。
「どこ、だろうね」
気が抜けたように兎伊が言った。
彼の立つ足もと。
そこは海に臨む崖の際ぎりぎりに佇む、あの、桜の木の真下だった。
「緋斗、意識戻った?」
兎伊が振り向くと、幹に凭れかかるような格好で、緋斗がぼんやりと辺りを見回していた。
兎伊の姿とかけられた言葉に気が付いて、緋斗が立ち上がろうとする。が、少しふらついて、兎伊に支えられる形でどうにか立った。
「ここは、どこだか分かる?」
「……」
まだ頭がはっきりしないのか、兎伊の問いかけにも答えず、崖の先に広がる海を眺めている。
「…。まだ座ってても良いから…」
「記憶の中だ」
焦れて緋斗をもう一度座らせようと話しかけた所で、緋斗が漸く喋った。
それは先程の問いかけに対する答えのようで、兎伊は頷いて緋斗の見つめる先に目を向ける。
「桜の記憶の中って事だね。…なるほど、遷ヶ碕ってこういう意味だったのか」
「…こういう…?」
「遷ヶ碕。遷る碕。碕、つまり『さき』は岬と桜を意味していて、この桜がこの岬からあの公園へ『遷』ったから、遷ヶ碕。もともとは『遷るヶ岬』か、または『遷るヶ桜』だったんじゃないかな? それが語呂合わせやなまったりして…ね」
「へぇ、なるほど…」
「一つ、遷ヶ碕公園の謎が解けたね」
にこっ、と笑いかけると、こちらを向いていた緋斗も軽く笑って返してくれた。
そこへ。
「待ってくれ!」
「ごめんなさい!」
一組の若い男女が走って来た。
双方昔めいた着物を着ており、どうやら、女が男から逃げているようだ。
そして、二人は緋斗と兎伊に気付かない。いや、まるで見えていないかのように振る舞っている。
「何故なんだ!? 何故、こんなにもお前を愛しているというのに、俺と離れるだなんて言うんだ!」
「私じゃ駄目なの! 私じゃあ、あなたを幸せに出来ないのよ!!」
桜の木の下で、男の手が女の手を掴んだ。
「話を聞いてくれ。俺は、俺はお前の事しか愛していないんだ。お前しか愛せないんだ!」
「でも、私があなたと結ばれる事は、出来ないの。無理なのよ!」
「そんな、そんな筈は…」
「あるわっ!」
女が振り向いて男の顔を睨むように見つめる。
その瞳には、今にも零れそうな涙を必死に押さえ込んでいる。
「…私はね、あなたが私を愛してくれるよりもずっと、あなたの事を想ってるの。誰より何より、自分よりもずっと」
「……」
「だから、私はあなたに誰よりも幸せになって貰いたいの。分かる? 私とだと、あなたは幸せにはなれないのよ」
「だから、何故なんだ!?」
「だって!!」
女は男の手を振り解いて崖の先に逃げる。
男は女が離れた事にも気付かない程、女の事を凝視している。
「私といても、少しの間は幸せになれても、直ぐに苦しむ事になるのよ」
「お前となら、どんな苦しみだって平気さ。乗り越えられる」
「嫌なの! 私の所為であなたに苦しみが訪れるのは、絶対に嫌なの!!」
女は、男に分からない程度に、足を崖の先に出す。
海から崖を遡る風が、女の髪を散らす。
「…大丈夫。私じゃなくても、あなたは幸せになれるから…」
「そんな訳があるか!?!」
苛立つ男には、女がまた一歩足を海に進めた事に気付けない。
「あるのよ? だって、あなたには私程ではなくても、あなたを思う素敵な人達がいるじゃない。だからきっと」
「あんなやつら! お前と俺を裂く、あんな奴らのどこが素敵だ?!」
「あの人達も分かっているのよ。私じゃ駄目だって」
「駄目じゃない!!!」
風が、強く吹き抜けた。
「…忘れて、ね? 幸せに、なって欲しいから。…幸せに、なりたいから……」
「…!!!!!!」
風が、刹那に止まった。
その全てを、満開の桜は見届けていた。
薄桃の欠片を散らせる、風がまた、吹き出した。
二人は、二人を見ていた。
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